223帖 謎の呪文

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 頭の中で地図を描きながらダンジョン(=バザール)に再度突入した僕は、たまに店主に声を掛けられながらも無視して進む。ペルシャ語やし何を言うてるんか分からんけど、「チャイ」と言う言葉は見逃さず、その時はヘコヘコ近付いて行きチャイを頂いてた。


 そんなんで2時間位歩いた時、バザールの奥の綺麗な建物に辿り着く。入り口の方へ回ってみると、反対側の入り口からはあの石畳の広場が見え、モスクの様な建物も見える。これで頭の中の地図が結びついた。


 なるほど、こういう構造になってるんか。


 とダンジョンを少し攻略できた気分になれて喜んだ。

 で、「この綺麗な建物はなんぞ」と中に入ってびっくり。なんと公衆トイレやったわ。

 天井はモスクの様に丸いドーム型になってて、壁も天井も綺麗なモザイクで装飾されてる。ここがトイレにも関わらず思わず写真に撮ってしまう程綺麗なトイレや。


 折角やし用を足し、トイレを後にして再びダンジョンに向かう。今度は広場の違う入り口から入り、目指すは昨日チャイをご馳走して貰ろたKurdishクルディッシュの絨毯屋や。


 今まで歩いたデータを元に推測して歩いてみたけど、やっぱり同じとこには行けへん。迷って立ち止まって考えてると大抵声が掛かる。それも英語で声を掛けられる時は必ずイランに住んでるクルディッシュで、僕がイラクのクルディッシュに会いに行きたいと言うと皆喜んで歓迎してくれる。その度にイラクの行き方を聞くけど、なかなか最適な方法は見つからんかった。


 そろそろ帰らんとベンザディ氏の待ち合わせに間に合わん様になると思い、出口を探すも、これがまた見つからへん。一旦迷うと体の中にある方位磁石が狂い出し、方角を見失う。それでも外の明かりを求めて彷徨ってると何とかバザールの出口に着いた。思ってたより東に移動してたみたい。


 そのまま電話局の方へ向かってビジネス街の中を歩いてると新聞を売ってるスタンドがある。面白そうやとペルシャ語の新聞を買うて、読めへんのに読んでるふりをしながら歩いてた時や。


「Hey、ヤポン! こっちへ来い」


 急に何処からか英語で僕を呼ばれた様な気がする。


「ヤポン!」


 新聞を閉じて辺りを見回してみると、半地下になってる店のおっちゃんが僕を呼んでた。

 こっちを見て手招きしてるし、僕は恐る恐る階段を降りる。バザールで声を掛けられるんは慣れたけど、こんなオフィス街の店で声を掛けられるんは初めてや。


 ゆっくりと店に入る。この店は仕立て屋さんなんやろう、幾つかのビジネススーツが飾ってあり、奥では職人がミシンでスーツを縫ってる。


「ここへ座りなさい」


 と言われテーブルの前の椅子に座る。ただの暇つぶしに誘われたんやったらおっちゃんの顔ももう少し砕けてそうやのに、元々いかつそうな顔が更に厳しくなってるさかい緊張感が漂ってくる。

 黙ってるとおっちゃんから話しを切り出してくる。


「お前はヤポンだな」

「はい、日本人です」


 なんか変な間がある。ジロジロ見られて値踏みされてるみたいや。


「イラクのクルディッシュに会いたいと言うヤポンか?」


 なんで僕がイラクに行きたい、しかもクルディッシュに会いたいという事まで知ってるんや!


 それが不思議やったけど、いらん事を聞いたら怒られそうな雰囲気やったんで質問の返事だけをする。


「そうです。イラクに行ってクルディッシュに会って話しを聞きたいです」


 また変な間が空く。ミシンの音だけが響いてる。


「そうか。分かった……。何か書くものは持っているか?」

「はい、ノートで良ければあります」

「それを出しなさい」


 僕はサブザックからノートとペンを出し新しいページを開く。それを受け取るとおっちゃんはノートの半分が埋まる程にスラスラとペルシャ語で何か呪文の様なものを書いてる。


「これは何ですか?」

「もし旅の途中でお前に困った事があればこれを見せるがいい」

「見せたらどうなるんですか?」

「見せたら良いのだ。分かったか?」

「は、はい」


 なんか怒ってる? 僕は「Yesはい」と返事するのみやった。


「それで、まずここTehrānテヘランを出て、トルコの国境を目指してBazarganバザルガンへ行くんだ。OK?」

「は、はい。OKです!」

「次に、トルコに入ったらDoğuドゥーbeyazıtバヤジットを目指せ」

「ドゥーバヤジットは街の名前ですか?」

「そうだ。そして次はDiyarbakırディヤルバクルへ行くんだ」

「ディヤルバクルっと」


 僕はおっちゃんが言うがままノートに写す。


「そして国境の街Silopiシロピへ行けば北部イラクへの国境に行ける」

「シロピで、イラク国境っと」

「分かったか」

「はい、分かりました」

「そしたら直ぐに行き給え」

「ありがとうございます」

「気を付けてな」


 僕は追い出される様に店を出た。最後まであのおっちゃんは怒ってるみたいやったわ。


 何やったんやろう。なんで僕がイラクに行きたい事を知ってたんやろう?


 バザールの至る所でイラクへの行き方を聞いてたけど、イランのクルディッシュ同士で連絡網みたいなんがあるんやろか。そのクルディッシュの地下組織のボスが仕立て屋のおっちゃんで、それでマークされてた僕はさっき声を掛けられたんと違うかと考えた。

 考えれば考えるほど不思議に思えてきて、ちょっと寒けもしたわ。


 まぁそれにしてもイラクへの行き方とあの謎の呪文をゲット出来た事は大きな収穫やった。



 つづく

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