222帖 ダンジョン

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 今日、日夏っちゃんは街に出て迷子になったらしい。ホテルの名前も忘れて困ってた所を地元の大学生くんが親身になって一緒にホテルを探してくれたと言う。2時間程歩いてやっと見つけ、無事に帰ってた日夏っちゃんは、僕と日本食を食べに行きお腹も膨れて今はベッドに入ってる。


 僕はと言うと、日夏っちゃんが熟睡するまでまた訳の分からんフセイン大統領の対談番組を見る事に。イラクは戦況的に日々苦しくなってるはずやのに余裕の表情で談笑してる映像がなんとも滑稽に見える。


 僕もそろそろ眠たくなってきたんでベッドに向かう。案の定、日夏っちゃんは右の方へ寝返りを打って寝てる。エアコンのタイマーをセットして布団に入ってみると、今朝言うてた通りにちゃんとTシャツを着て寝てくれてるけど、やっぱり下はパンイチで小さいお尻が少しはみ出てる。

 僕は日夏っちゃんの左側に入り背を向けて寝た。



 8月14日の水曜日。

 少し外が薄明るくなっきた頃、僕は日夏っちゃんの寝返りで目が覚めた。

 右に寝返りを打つもんやとばかり思てたけど、左側で上を向いて寝てた僕に日夏っちゃんが覆いかぶさってくる。日夏ちゃんの右腕が僕のお腹の上に、右足が僕の足に絡まってる。

 足を動かして僕の股間をいじっとる!

 目が覚めてて冗談でやってるんかと思て、


「日夏っちゃーん」


 と声を掛けてみたけど反応はない。それどころか日夏ちゃんの顔を見ると、薄明かりでもはっきり分かる程に目から涙が溢れてた。怖い夢でも見たんか、それとも異国の地で寂しくなったんか分からんけど随分と悲しい顔をしてる。

 僕は自分の右腕をそっと日夏ちゃんの首に回しギュッと惹きつける。いつの間にTシャツを脱いだんか分からんけど、日夏っちゃんはやっぱりパンイチで寝てる。

 小さいけど柔らかいおっぱいが僕の体に触れ、僕の首元で息を吐く日夏ちゃんが少し愛おしく感じてしもた。不思議とドキドキは無かったけど、なんで涙を流してるんかが気になって、あれやこれやと想像してる内に僕もまた眠ってしもた。



「憲ちゃん。憲ちゃん!」


 と言う日夏ちゃんの声で起きた。


「おはよう」

「おはようやけど、私もう出るよ」


 既に外出の準備を終えた日夏っちゃんがベッドの脇に立ってる。


「ええ、早いなぁ」

「今日はなぁ、あの大学生くんが街を案内してくれるんよ」


 なんでかちょっと嫉妬してしもた僕。それでも平静を装って、


「ほな、気ぃ付けて行けよー」


 と言うと直ぐに、


「うん。そしたらお先ー」


 と日夏っちゃんは笑顔で出ていってしもた。

 昨晩の涙は何やったんか聞くことも出来ず、確かに可愛いんやけど幼馴染みってだけでそれ以上の感情は無いはずやのに、僕はその大学生くんの事に腹が立ってくる。なんでそんな事を思うんかと考えながらボーッとしてたらまた寝てしもたわ。


 10時前にシーツの交換に来た従業員に起こされ、僕も外出の用意をしてテントを持ち、従業員と一緒に部屋を出る。



 外は今日も快晴で太陽が眩しいけど、風が幾らか吹いてたんで歩いても汗はかかへん。

 朝飯も食ってないし喉が乾いてたんで街角の果物屋兼ジュース屋でコーラを買って飲むと、炭酸が朝の鈍ってる体を起こしてくれる。

 ふと果物が並んでる奥の棚を見るといろいろな缶詰が置いてあって、その中に昨日食べたキャビアの瓶詰も置いてある。それを手に取りなんぼするんか聞いてみたけど、言葉が分からんかったんで紙に書いて貰う。

 小さな瓶1つで五千リアルやった。日本円にして500円程やけど、これが高いんか安いんか分からん。そやけど面白そうやしそれを買うて持ってたテントの中に押し込む。これは美穂へ送るヤツやし、お土産の先送りという事で美穂に食べて貰おうという魂胆や。


 店を後にし郵便局に行く。梱包に手間取ったけどなんとか無事に発送できた。

 その後腹ごしらえを兼ねてバザールへ向かう。昨日と同じ所から入ったつもりやったけど、まるで風景が変わってた。頭の中で描いた地図を参考に、こっちへ曲がったらあの絨毯屋に行けると思たのに、それが全く見当たらへん。更に同じ様に繰り返すけど、初めて見る光景ばかりや。そんでもそれはそれで楽しくで、いろんな店や人々の生業を見てたら面白かったし写真もいっぱい撮れた。


 唯一不満なんは自分が行きたいとこに行けへん事。知らん間に2階を歩いてた時はびっくりしてしもた。1階へ降りるとこを探してたら行き止まりになったり、やっと1階に戻れると思て階段を降りると、今度は地下街に入ってたりと、まるでRPGのダンジョンみたいになってる。


 恐るべしバザール。


 さっきからお腹が空いてたけど現在地が何処なんか確認出来るまでは食べへんと決めてたさかい歩き回る。ほんで漸く外の明かりが見えて出てみたけど、全く身に覚えのないとこに出てしもた。

 まぁ地上に出られたしええわと思てたら、相当お腹が減った顔をしてたんやろう、角のケバーブ屋のおっちゃんに声を掛けられる。


「どうだ。飯でも食べないか」

「ええ、食べたいです」


 とチェロケバーブとチキンスープを注文し、歩道にはみ出たテーブルに座って待つ。

 ふと疑問に思た事は、一般のイラン人は殆ど英語が通じへんのにこのケバーブ屋のおっちゃんは僕に英語で話し掛けて来た事と僕の英語が通じた事。料理を運んで来てくれた時におっちゃんにその訳を聞いてみた。


「なんでおっちゃんは英語が話せるんや」

「あはは。私はKurdishクルディッシュ(クルド人)なんだ。クルディッシュは英語が話せる人が多いんだぞ」

「そうなんや。という事は、おっちゃんはイランのクルディッシュか?」

「昔はイラクに住んでいたが、今はイランだ」

「おお、そうなんや。僕はイラク北部に住んでるクルディッシュに会いに行きたいんやけど、どうやったら行けるか知ってますか?」

「うーん……、すまねー。昔は行けたんだが、戦争が始まってからは行けなくなってるんだ。それでも行き方はあるはずだから、なんとか探してみよう」


 へっ?


 探してみるよと言われたけど、このおっちゃんどうやって探すんやろと疑問に思う。それでも、


「分かったら教えてやるから、またここへ来い」


 と言われたんで、地図で現在地を教えて貰ろて飯を食べる。

 それで分かったんは、僕はなんと1ブロックも南に来てた事。つまりこのバザールは縦横の1ブロックが全てバザールやという事。そりゃ迷子にもなるわと思うと同時に、RPGでダンジョンを攻略する様にこの大規模のバザール街を攻略してみたくなってきた。


 攻略と言うても、ただ単に自由に行き来できたらそれで攻略になるんやけど、食べ終わった後おっちゃんにお礼を言うて再度バザールに突入する。


 おっと!


 咄嗟に立ち止まる。さっきの店でお代を払ろてない事を思い出したからや。

 戻って店主に、


「すんません。飯のお金、払ろてませんでした」


 と言うと怒られる事もなく、


「ああ、お金は要らないよ」


 と普通に言われる。


「ええっ! いいんですか」

「そうだ、サービスだ。その代りイラクのクルディッシュの所へ行ってくれ」

「分かりました。ありがとうございます。必ずイラクへ行きます」

「頼んだぞ!」


 と言われ、感謝してその店を後にする。


 何を頼まれたんやろう?


 と疑問に思いながら。



 つづく

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