221帖 イランのクルディッシュ
『今は昔、広く
無事解放されてホッとするとお腹が空いてきた。もう2時を回ってたし僕は昼飯を食べにもう一度バザールに向けて南へ向かう。
大きな公園の横を通りバザールのさっきとは別のアーケードに着くと、かなりの人で賑わってて正に異国情緒たっぷりの風景や。
入って直ぐのケバーブ屋でケバーブを2本買うて食べながら雑踏を眺めてた。
これを写真に撮れたらおもろいなぁと思て店のおっちゃんに、
「この風景を写真に撮っても大丈夫か?」
と聞いてみる。
「もちろん、OKだ」
「写真撮ったら、死刑になるんとちゃうの?」
と首を切る仕草をすると、
「あはははは。そんな事はある訳がない。平気だ」
と言い張ってる。実際に捕まったんやけどね。
どうやらさっき僕が捕まったんは国立の建物の写真を撮ってたから捕まったんかも知れんと勝手に解釈し、それならと構図を決め思い切ってシャッターを切ると、雑踏にケバブ屋の煙が掛かってなんとも怪しい感じのええ写真が撮れた。
その後、羊肉のホシュレ(煮込み料理)を食べてから、アーケードに入って行く。
全く聞き取れへん言葉が飛び交うのも異国情緒を感じさせてくれる。たまたま前を通った雑貨屋を見てみると、まだここでも勢力を誇示するかの様に中国製品が目立ってる。いったい何処まで追っかけてくるんか楽しみになってきたわ。
いろんな店を冷やかしながら歩いて行くと、暇そうな絨毯屋のおっちゃんに呼び止められる。
「チャイでも飲まないか?」
「いいっすか。おおきに」
通路より一段高くなってる店先に上がらせて貰うと、これまた偶然に通り掛かったチャイ屋に出前を通してくれる。
「何処から来たんだ」
「ヤポンです」
「おお、ヤポンかぁ。よく来たなぁ。歓迎するよ」
このおっちゃん、なんと英語をペラペラと話してくる。いつも通りの質問をされたさかいに、いつも通りに答える。
更に日本の事をいろいろ聞かれた後、何故か話題は湾岸戦争の事になり、イラクのフセイン大統領に対する文句が出てくる。特にクルド人に対する無差別攻撃については語気が荒れてた。
「僕はそのイラクに住んでる
「なんと。そうなのかぁ」
おっちゃんはめっちゃ嬉しそうに握手を求めてくる。なんでかなと思てたらおっちゃんは、
「私はクルディッシュなんだ」
と言うてる。
「ええ。おっちゃんはクルディッシュ?」
「そうだ、イランのクルディッシュだ」
「イランにもクルディッシュがいるんやぁ」
「そうなんだ。トルコにも居るぞ」
「へー、いろんな国に居るんや」
「そだな。シリアにもソビエトにもクルディッシュは居るんだ」
「へぇー」
そう言うおっちゃんの顔はなんや少し悲しそうやったわ。おっちゃんは立って一度奥へ行き、紙とペンを持ってきて、
「分かるか。これが昔の
と大きな楕円を描く。
「そして今はこうなってるんだ」
と、楕円を5分割する。そして分割したそれぞに
「戦争の後に、分割されたんだ」
「ああ、だからおっちゃんはイランに居るクルディッシュなんやね」
「そうだ。だからクルディッシュに国は無い。今までに何度も国を作ろうとしたんだが、それは叶えられなかった」
「なるほど」
「だから私達クルディッシュは各国で少数派なんだ」
「そうなんや」
「少数派だから辛いよ。その中でもイラクに居るクルディッシュは今一番大変なんだ。だから君には是非イラクに行って欲しいと思う」
と言われ固い握手をされる。すると隣の生地屋のおっちゃんも上がり込んできて、絨毯屋のおっちゃんと言葉を交わす。
すると生地屋のおっちゃんまでが僕に握手をしてきて、
「無事にイラクへ行ける事を祈ってるよ。クルディッシュを助けてくれ」
と頼まれてしもた。こんな僕に何が出来るかは分からんけど、
「兎に角、イラクに行ってみます」
と言うておっちゃん達を励ます。
「で、イランからイラクのクルディッシュのとこへはどうやった行けるんか知ってますか?」
と訪ねてみるも返事は、
「国境までは行けるんだが、イラクに入れるかどうかは分からない」
との事やった。まだ戦争状態が続いてるし厳しいんやろなと僕も思てた。
その後、僕はおっちゃんらにお礼を言うて別れ、またバザールの散策を続ける。
ただ何処で間違ごたか、少し方向を見失ってしまう。アーケードで太陽の位置が分からん様になってしもからや。それでも出口らしき通路があったんでそこを潜ると、なんと不思議なことに前に来た石畳の綺麗な広場に出る。まぁ、ここなら分かるわと北の出口から出てホテルを目指して歩く。
丁度電話局の前に来たんで中へ入ってみることに。時刻は4時やから日本では夜の8時半やし、美穂も家に居るやろうと思て日本へ国際電話をする事にする。
「hello!」
「あっ、美穂。僕」
「わぁ、憲さん! 元気してた。今どこなーん?」
「えーっと、元気に今はイランのテヘランに居るんよ」
「へー、イランかぁ。そしたらイラクまでもう直ぐやね」
「うん。そやけどな、なんかイラクに入れへんみたいやからこれから行き方を探るねん」
「そうなんやー。気を付けてね」
「うん」
「それでな、もう山は登らへんし、テントは使わんやろから日本に送ろうと思てんねんけど、それを美穂ん家に送ってもええか? 下宿に送っても誰も居らんしぃ」
「うんええよ。お母さんにも言うとくわ」
「ありがとう」
「うん。でも、イラクまで……いよいよやね。ほんまに気ぃ付けてよー」
「おお、分かってる。ほんならまた電話するわなぁ」
「うん、また電話して」
「声聞けて良かったわ」
「私もよ」
「ほしたら、またね」
「うん、おやすみー」
美穂の声を聞いたら、なんか日本が恋しなってしもたわ。もうちょっとでイラクやのに何を言うてんねんと自分を奮い立たしたけど、ホテルに帰って見れば、晩飯に日夏っちゃんが今日の散策で見つけた日本料理屋へ行こうと誘われてしまう。ますます日本が恋しくなるけど、それはなんとか日本料理を食べて誤魔化せた。
ちょっと高かったんやけど、久々の日本料理を堪能する。日本料理と言うても天丼と寿司を食べただけ。寿司の軍艦巻きにはなんとキャビアが山盛りに載ってる。イランはキャビアの産地で格安で手に入ると日夏っちゃんが自慢げに言うてるし、僕は明日、お土産に買おうと思た。
つづく
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