220帖 Spy

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 直ぐに5人位の警官に取り囲まれ僕は奥の取調室に入れられる。中央に木製の机と椅子があり、そこへ座らされた。


 何や、何や?


 突然の出来事で言われるままにしてたけど、その後に入ってきた警官が銃を突きつけてきたのには驚いた。その時点で銃で撃たれるとは思って無かったし取調室に入れられるぼどの悪い事をした記憶もない。

 右上を見てみると窓枠に鉄格子がはめられてて、その向こうに青空が見えてた。


 どれ位経ったやろ、鉄の扉が閉められる大きな音がすると取調官と思われる少し年配の警官が入ってきて僕の前の席に座る。そしてペルシャ語で何かを宣せられた後、僕に質問してる様やった。

 僕は英語で、


「僕は何もしてません」


 と言うてみたけど、どうやら英語は通じへんみたいや。取り敢えずパスポートを出して見せてみる。すると取調官はそのパスポートを持って部屋を出ていく。また静かになる取調室。怖くて後ろを振り向けへんまま、時間が過ぎた。


 暫くして取調官が戻ってくるとパスポートは返して貰えたけど、なんの解決にもなってない様やった。

 そして取調官がゆっくりとしたペルシャ語で話し始める。長々と喋るが全く分からん。ただ唯一分かった言葉は「Spyスパイ」と言う言葉。


 もしかして、スパイと間違えられてるん? いったい僕が何をしたんや!


 どうやらスパイの嫌疑が掛かってるっていう事は分かったけど、そんな諜報活動をした憶えはないし、その意志もない。

 その次に取調官は僕のサブザックの中身を見せろと指示してくる。


 やばい! やばい!


 サブザックの中身はカメラが3台と交換レンズが2本。しかも1本は望遠レンズや。それにフイルムが10本ほど入れてある。Tehrānテヘランの地図もある。こんなん見せたら余計にスパイと間違えられるやんか。


 そっと取調官を見ると、早く中を出してみろとジェスチャをしてる。しょうがないしカメラを取り出そうとサブザックのファスナーに手を書けた時、後ろの警官の銃が「カチッ! カチャ!」と音がして僕はビビってしもた。ゆっくりとファスナーを開けてカメラを出し、机の上に置く。


 ゴトッ!


 メインの一眼レフカメラの重い音が響く。顔を上げると取調官はもっと出せと顎を動かしてくる。

 2台目のサブの一眼レフカメラの音が響き、3台目はコンパクトカメラなんで小さい音が鳴る。そして標準レンズ、最後に200ミリの望遠レンズを出した。


 机の上に並んだカメラ3台とレンズ2本。これでただ単に観光に来てますとは少し調子が良すぎると自分でも思た。


 僕は恐る恐る顔を上げて取調官の顔を見ると、怒った様な顔で、


「写真を撮ると死刑だ!」


 みたいにカメラを構えた後、首を切るジェスチャーをしてる。


「いや、僕はスパイではありません。僕はただの観光で、国立銀行が余りにも綺麗やったから写真をとっただけです」


 と言うてみたけどやっぱり通じず、


「写真を撮ると死刑だ」


 と再度言われた。


 いよいよ終わりぁ。


 どないしようと思てた時やった。胸のポケットに入れてあるメモ帳に挟んでおいたベンザディ氏の名刺を思い出す。

 僕は咄嗟にそれを出し取調官に渡して、


「これは僕の友人です。連絡して下さい」


 と言うと、取調官は名刺を暫く眺め、そして徐ろに席を立ち名刺を持って取調室の外へ出て行く。


 後は祈るだけ。ベンザディ氏がなんとかしてくれへんやろかと期待して静かに座ってた。その間も後ろの警官が持ってる銃の銃口は僕の背中を狙ってる様やった。


 緊張の時間が過ぎる。暫くすると「カチャカチャ!」という銃の音がして僕の後ろの警官までもが取調室を出て行ってしまい、僕は一人にされた。やっと生きてる心地がしてきた。


 人間、余裕が出てくると調子に乗るもんで、僕は右上の鉄格子から見える青空がさっきから気になってたさかい、こんな経験もめったに無いやろうと思てその窓から見える空の写真を思わず撮ってしもた。タイトルは「取調室の鉄格子越しの空」にする。


 そんなアホな事が出来るのもベンザディ氏がなんとかしてくれると信じてるから。それでもやっぱりアホやと思た僕は、それから大人しくしてた。


 連絡が取れへんのか、それとも別の処分がくだされるのか分からへんけど、随分と長い時間が過ぎた様に思う。


 すると突然、鉄のドアが開くキキィーと言う音が聞こえ、一人の警官が出てこいと指示をする。


 荷物を持って出ていくとカウンターの向こうに立ってるベンザディ氏の姿が見えた。

 どうやら身元引受人になってくれたみたい。


「大丈夫だったか」

「おおきに。ありがとうございます!」


 固く握手をして喜び合う。


「本当にありがとうございます。もう少しで死刑になるとこでした」

「あはは、私が来たからにはもう大丈夫だ。さぁ、こんな所から早く出よう」


 と警察署を後にする。ベンザディ氏に拠ると、僕は私服警官に国立銀行の前で怪しい動きをしてたさかい連行されたらしい。心当たりと言えば、カメラのレンズ交換をしてたぐらい。


「それだけでスパイ扱いされるとは、ちょっと怖いですね」

「そうなんだよ、この国は。だから充分気を付けなさい。警察は糞だから。あはは」


 なんか警察を糞呼ばわりしてるで。民衆の敵かな?


「それじゃぁ私は仕事に戻るからね。明日の夕方は楽しみにしといてくれよ」

「はい、ありがとうございました」


 車に乗り込むとベンザディ氏はオフィスに向けて走り去る。それを見送りながら、もしベンザディ氏との出会いが、いやマリアンとの出会いがなかったら国が国だけに今頃どうなってた事かと想像するだけでまた怖くなって震えがやってきた。


 とんでもない「スパイ疑惑事件」やったわ。



 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る