219帖 メトロポリタン

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 既に太陽は高く、きつい日差しが寝不足の僕には眩し過ぎるんで、なるべく建物の影に入りながら街を歩く。

 日夏っちゃんは何処か観光したい名所があるらしいけど、僕は観光名所よりも街をぶらつきたかったんで、今一人で街を歩いてる。


 ただこの辺はどうやらオフィス街らしくそんな建物ばっかりでつまらんし、公園やバザールで現地の人と話しでもできたらおもろいねんけど思いながら歩く。


 そう言えばと、Peshawarペシャワールで会うた自転車乗りの井之口さんが、「テヘランのバザールはでかいぞ」と言うてたんを思い出す。

 そやけど何処にバザールがあるか分からへんから取り敢えず大きな建物がある街の中心ぽい南に向かって歩きだした。


 ビルの一角を通り抜けると交差点の向こうに大きな公園が見えたんで、そこへ向かう。


 首都と言えどそんなに交通量が無いんは時間帯のせいかな。


 そう思いながら道路を渡って公園に入る。そこにちっさい屋根付きの移動屋台があって、なんとコーラを売ってたんで買うてみる。600リアルと日本よりちょっと安めでも冷えてて味は一緒や。反米の国でコーラが飲めるやなんて不思議な気持ち。

 屋台には飲み物の他にも雑誌や新聞やちょっとしたお菓子なんかも売ってたけど、僕の目に止まったんは「Tehranテヘラン Metroメトロpolitanポリタン Mapマップ」と書いてある地図。


 最近までアメリカと戦争してたのにこんな地図を出してもええんか? もし僕がスパイやったらどないすねん。


 と思いながらも直ぐに買うてみた。英語版とペルシャ語版があったけど、勿論英語版を買う。1200リアルとちょっと高いけどスパイ活動をするには安いもんや。いや、スパイやない。散策や。


 早速ベンチに座って開いてみる。大きなA1サイズの1枚もんで、1から20のブロックで色分けがしてある。さて今居るとこは何処やろうと探るけど、余りにも大きすぎて分からん。流石は首都や。

 目印になるんは……、公園の南にある電話局と北西にあるでっかい郵便局位しか無い。字はめっちゃ小さいし、英語で書いてあるけどペルシャ語の読みをアルファベットに当てはめた感じで、読めても何の事か分からんかった。


 こりゃ大変やぞー!


 そう思てコンクリートの地面に地図を広げて気合を入れて探してみる。大きな通りに面した交差点の近くに公園がある所。周りはオフィス街やから駅前の方から順番に探してみるけど、なかなか条件に合うたことが見つからん。汗がポツポツと地図に落ちてきた。


 駅前の11番ブロックにはなさそう。次に一つ東の12番ブロックを探すと、電話局らしき記号がありその前には公園を思わせる空き地がある。交差点もあるし、ホテルと同じ名前の通りもあった。


 これは間違いないやろう。


 そう思てもまだ心配やったから、歩いて来た人に聞いてみる。


「すいません、ここは何処か分かりますか」

「ああ、ちょっと見せて」


 ビジネスマン風のおっちゃんは英語が分かるみたい。


「ここは12ブロックだから……。ここだね」


 おお! ほぼ正解。


「あの電話局はこれですか」

「そうだね」


 おお、完璧!


「ありがとうございました」

「いいえ」


 やった。現在地が分かったぞ。ということは歩いてきて道を辿ればここがホテルやな。よし、これで迷子にならずに帰れるぞ。


 で、問題はバザールが何処にあるかや。12番ブロックのこの近辺を探して見ると更に1区画南に行ったとこに「Bazer」という文字がある。そこまで行ってみようと僕は公園を出で道路を横断した。


 それにしても暑い。風が吹くとシャルワール・カミーズは涼しいけど、街中ではなかなか心地よい風は吹いてこうへん。

 汗を垂らしながら1区画歩くとT字路の交差点に出て、なんと屋台が幾つか見えてきた。


 おお、バザールらしいなぁ。


 まず入り口のスイカの切り売り屋で一切れ買うて水分補給。


 うーん、甘い!


 これで100リアルやしめっちゃ安いね。そしていよいよバザールに突入や。


 入り口らしき所から入ってみる。ところがその中は広々とした空間で余り人は歩いてないし店もない。石畳の綺麗な広場に花壇が幾つかありその周りに座れる様になってる。奥の方にはモスクやろかドーム型の建物が幾つかある。女性も歩いてる。黒い秋物みたいなコートにヒジャーブを被って、今お買い物してきましたよって感じの荷物を持ってる。右手からも買い物帰りのおばさんも歩いてくる。


 と言う事はこの広場の周りにバザールが展開されてるって事?


 まぁ取り敢えず右手の入り口から入ってみよ。


 薄暗いトンネルを下りながら抜けると思った通り商店がひしめき合うてるとこに出た。

 日本の商店街みたいにアーケードがあり2階にも通路や店があるみたいや。それに外より少し涼しい気もする。

 アーケードの中に入って、さー何処へ行こうかと辺りをキョロキョロしてたら近くの金物屋のおっちゃんに呼ばれる。


「こっちに着てチャイでも飲まないか」


 早速現地の人にお声が掛かる。丁度休憩もしたいし冷やかしがてらお邪魔することに。


「サラーム」

「サラーム」

「何処から来たんだ」


 このおっちゃんは英語が話せるぞ。


「ヤポンや」

「おお、ヤポン。遠いとこから来たな」


 そう言うと、店の前を通りかかったチャイ屋の少年にチャイを注文してくれた。後で配達をしてくれるみたい。


 その後いつもと同じ質問をされ、同じ様に答える。

 そこまでは良かったけど、それからおっちゃんが聞きたい事の英単語が分からんみたいでなかなか話しが進まん。どうやら日本の政治についてイランと比較をしたい様やけど、上手く言葉が通じへん。するとさっきのチャイ屋の少年がチャイを持ってきてくれる。

 おっちゃんにガラスのカップへ注いで貰い、飲もうとしたら止められた。


「まずガンドを舌に乗せるんだ。それからチャイを口に入れるのがイランスタイルだぞ」


 と、飲み方を示してくれる。僕もおっちゃんの真似をして飲んでみる。舌の上に氷砂糖のようなガンドを乗せ、少しずつチャイを口の中に入れる。このチャイにはシナモンでも入ってるんか、口の中で解けた砂糖の甘みとシナモンの爽快感が広がり実にうまかった。


 隣の店の暇そうなおっちゃんも加わり、おっちゃん同士があーでもなこーでもないみたいに英単語を並べて、僕に質問してくる。それに対して僕も分かってる事を答えるけど、今度はそれがおっちゃんらに通じへん。言い方を変えたり、簡単な単語で言い換えたりしてもなかなか伝わらへん。

 それでも一生懸命伝えようとすると真剣に聞いてくれるけど、やっぱり内容は伝わってへんみたいやった。

 最後は、「また何時でもおいで。歓迎するよ」と言われたんで写真だけ撮らせれ貰ろて別れた。


 一旦バザールを出て街中を探索する事に。パキスタンでは見かけんかった女性の独り歩きが結構目立つ。イランの方が戒律が厳しいって聞いてたけどその辺がよう分からん。


 イランの方が安全なんやろか?


 ただ服装は皆、上から下まで肌は一切出してない。でも顔付きを見てみるとヨーロッパの人と殆ど見分けがつかへんかった。


 どんどん北へ向かって歩いて行くとめっちゃ綺麗な建物の前に出る。ペルシャ風のドームのある屋根に、綺麗なモザイクで装飾されたアーチ上のエントランス。これは面白いと思てカメラのレンズを広角レンズに変えて何枚も撮る。一体なんの建物やろうと思て看板を見に行くと「Nationalナショナル Bankバンク」と書いてある。

 なかなか洒落た国立銀行やなぁと思て再度眺めてたら、道を歩いてたおっちゃんが話し掛けてきた。


 人の良さそうな表情のおっちゃんは僕を手招きしてる。またチャイでも飲ませてくれるんかなぁと思い、僕はおっちゃんの後ろに付いて歩いて行く。

 2区画程歩き、ある大きな建物の中におっちゃんに誘われて入った僕は思わず驚いてしもた。


 なんと目の前に居る人達は、全員警察官やった。



 つづく

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