218帖 ダブルベッドの寝心地

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 寝る事を考えると不安でいっぱいやったから折角首都Tehrānテヘランのレストランに来てるのにメニューを見ても考える余裕も無くて、ついついいつもよく食べるチェロケバーブを頼んでしまう。


 好きでもない女の子と一緒のベッドで寝ることを考えて、ひたすら自己弁護をしてる様子が日夏っちゃんには食欲が無いと思われてしもた。


「どうしたん。食べられへんの?」

「いや、そんな事ないよ」


 それを否定するかの如く、がっついて一気に食べたら喉に詰まりそうやった。


 部屋に戻ってきたからはシャワーを浴び、僕はソファーに座ってテレビを見てる。勿論ペルシャ語やし意味は分からんけどなんとなく時間を潰したかった。このままソファーで寝てもええんやけど、折角大金叩いて泊まってるんやしフカフカで広々としたベッドで寝たい。

 そう思いながらチャンネルを選んでると、ちょっと画像が荒いけど見たことのあるおっさんが映ってる。


 あっ、フセイン大統領。ここまで電波が届いてるんや。


 イラクからの電波を拾ってるんやろう、あのフセインが閣僚ぽいおっさん達と話しをしてる。かなり余裕の表情でたまに笑いもしてるけど、こいつが北部のクルド人達を今尚苦しめてるかと思うと腹が立ってくる。


 何を言うてるかはさっぱりやったけど、ムカつくフセインの映像を見てたら日夏っちゃんがシャワー室から出来て髪の毛を乾かす音が聞こえてくる。そうすると一気に緊張感が高まった。

 取り敢えずチャンネルを変えてみるけど頭の中は上の空や。


「そろそろ寝るよー」

「おお、先に寝といて」

「えぇー、一緒に寝よーや」


 何言うてるねん!


「テレビ見てから寝るし」

「ほんなら寝る時にエアコン切っといね」

「おお分かった。おやすみ」

「おやすみ」


 ほんまに困ったやっちゃなぁと思いながらも、その後も僕は訳の分からんフセインの映像を見る。訳が分からんから余計に眠たくなってきたけどなんとか我慢して、日夏っちゃんが寝入る頃を見計らってテレビとエアコンを切って僕もベッドに入る。


 そーっと布団を捲ってベッドに潜り込む。ベッドはフカフカで気持ちええし掛け布団も軽くてまるで天国に居るような寝心地や。

 隣に日夏っちゃんさえ居らんかったら緊張せんで寝れたのにと思いながらちらっと横を見ると、日夏っちゃんは完全に寝てる様やし僕は少し安心して眠りに入った。


 どれ位経ったやろう、気が付くと僕の足に何か乗ってる。目を開けると常夜灯の灯りで日夏っちゃんの生足が乗ってるの見える。横にはすぐ近くに日夏っちゃんの顔が迫ってて、息が掛かるほどや。

 これは堪らんと思い、そーっと向こうへひっくり返す。やっぱり下着だけで寝てる。無防備にも程があるやろう思いながらも布団を掛けてあげる。

 僕を舐めてんのか安心しきってるんか分からんけど、もう少し男の僕にも気を使こて欲しいと思いながら寝直した。


 そやけど暫くしてまた日夏っちゃんの足が乗っかてきた。癖なんかどうなんか分からんけど右側に寝返ってくる。明日は左側に寝たろうと思いながらまた日夏っちゃんをひっくり返す。


 そんな事が度々あってなんかぐっすり眠れんかった。4回目位に寝返ってきたのをひっくり返し、布団を掛けようと思て僕はびっくりしてもた。なんと日夏っちゃんはパンイチで寝てて、つまりブラを付けてへんていう事。

 その小さくて可愛らしいプルンっとしたお胸をまじまじと見てしもた僕は、今にも飛びつきたい衝動を押さえて、なんとか日夏っちゃんに背中を向けて眠りに就く。

 ただ、さっきのおっぱい映像が頭にこびり付いて目はぱっちりと開き、頭も冴えまくってる。頭の中で色々と妄想が始まると、これはもしかして誘ってるんとちゃうやろかと考えてしまう。


 そう思て僕は小さな声で囁いてみる。


「日夏っちゃん、起きてる?」


 でも返事はないし熟睡してるみたい。ほんまに困ったもんや……。


 まぁ、そんなんが何回もあってなかなか眠れんかったけど、それでもいつの間にか寝てしもたんやろう、気が付くと日夏っちゃんは着替えて外出の準備をしてた。



 8月13日の火曜日。無事に夜を乗り越えられた。


 ハァー……。


「そろそろ外出してくるわ」

「ええ、もう行くん?」

「何時やと思てるん。もう10時過ぎてるでー」


 思いっきり寝過ごしてる。


「そやかて昨日あんまり寝られへんかったし」

「どうしたんよう」

「どうしたんって日夏っちゃんが何回も寝返り打ってくるし、僕は寝られへんかったんよ」

「そんなん、私寝相悪くないよ」

「悪いわー。何回蹴られたことか。その度にひっくり返して布団掛けとったんやで」

「ええー。もしかして、なんかしたぁ?」

「な、なんもしてへんわ!」

「ほんなら見たでしょう。私の裸ぁ」

「そりゃぁ、ちょっとぐらいは……」

「わースケベー。見んといてよ、もー」

「それやったらTシャツ位着て寝ぇや」

「いややん。それやったら気持ちよく無いねんもーん」

「ほんなら大人しい寝て。そうや、今日は僕が左側で寝るわ。日夏っちゃんは右に寝返り打つし」

「うんー、分かったわー」


 と言いながら日夏っちゃんは部屋を出て行く。一つ溜息をついて僕もベッドから出て顔を洗い、シャルワール・カミーズに着替える。

 ほんで部屋を出ようとしてたら日夏っちゃんが戻って来た。


「あれ、どないしたん。忘れ物?」

「ううん。この服装はあかんって言われてん」

「へっ?」


 長い裾のスカートに長袖のシャツ。頭にヒジャーブは被ってるけどそれではあかんのや。


「街には女の人も一人で歩いてるし、これでええかなぁと思たんやけど、ロビーに居たおっちゃんに止められてん。それやったら捕まるって」

「そうなんや。それやったら折角作ったんやし、シャルワール・カミーズとチャドルも着て行ったら」

「うん、そうする」

「ほんなら先に行くで」

「うん、また夕方にね」

「おお、またね」


 今日はお互いにそれぞれ行きたいとこがあるから別行動や。そやし僕は先に一人でホテルを出た。



 つづく

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