テヘラン
217帖 ベンザディ氏
『今は昔、広く
さて、バスターミナルに着いたんはええんやけど、周りを見渡してもいつもと少し勝手が違う。街中の様に建物が多いわけでも無く、殺風景な眺めが広がってる。どうやらこのバスターミナルは郊外にあるみたいや。
タクシーに乗るか歩くか、どないしよかなぁと考えてるとマリアンのお母さんが僕らを手招きして一緒に付いて来いと合図してるみたい。
「何やろう?」
「行ってみよう」
僕らはマリアン達に付いて歩いて行く。バスターミナルの外れの駐車場に1台の車が停まってて、そこに中年の男性が立ってる。
お母さんはその男性に話し掛け、どうやら僕らの事を紹介してる見たいや。話が終わると、オールバックに鼻の下に立派な髭があり鋭い目つきをしてるその男性が近付いてきた。ちょっとドキドキしする。
「こんにちは。私はベンザディと言います」
と英語で話してきて名刺を渡される。それにはフィルム、ビデオ、写真のクリエイターと書いてある。
「こんにちわ。僕はキタノです」
「私は、ミユキです」
「ようこそ
「ほー。何をしに行かれたんですか?」
「私はレスリングの国際審判員も務めています。国際大会で良く審判に行きますよ」
「おお、それは素晴らしいですね」
「ほら見て下さい。これが日本の会長と撮った写真です」
と、財布に入れてある写真を見せてくれた。なんとあの有名な日本モーターボート協会の会長(当時)との写真や。思わず笑ろてしもた。
「いいですね」
「もし良かったらホテルを紹介しますよ」
この人は信用してもええ人やと思たけど、一応日夏っちゃんに聞いてみる。
「どうする?」
「うん、お願いしよう」
「それでは、宜しくお願いします」
「任せてください。では車に乗って下さい」
お母さんが助手席に乗り、僕らとマリアンが後ろの席に乗る。日夏っちゃんはマリアンにアヤトリを教えてる。僕の手を使こて……。
僕はベンザディ氏と色々と話しをする。
このお母さんはベンザディ氏の妹で旦那が仕事で来れへんさかい変わりに迎えに来たらしい。今日はもう仕事は終わったけど一度オフィスを見に来てくれへんかと言うてたんで了承すると、徐々に市街地の中心に向かって走って行く様やった。
テヘランの街は、ペルシャ風の建物がいっぱいあるんかと思てたらそうでもなく、近代的なビルや高層建築物がいっぱいで、普通の都会って感じ。むしろ
そんなオフィス街の一角、白いビルの5階にベンザディ氏のオフィスはある。中へ入ると映像に関する様々な機器が置いてあって、コンピュータも結構新しいのんがある。
ベンザディ氏はいろいろと仕事の内容を説明してくれる。今編集中やと言うレスリングの映像も見せて貰ろた。イランの国技はレスリングやから、その中心で活動してるベンザディ氏はどこでも顔が効くと言うてる。そやから知り合いがオーナーをしてるホテルを紹介してくれるらしい。
女性達はと言うとお母さんも日夏っちゃんもヒジャーブを外してくつろいでる。こういう部屋の中では外してもええらしい。お母さんにマリアンは絵の才能がありますよと褒めるとえらい喜んでくれて、マリアンもごっつう嬉しがってた。
オフィスを出た僕らは、ベンザディ氏の車でまずマリアンとお母さんを自宅に送って行き、その後知り合いのオーナーのホテルに連れて行って貰ろた。
外見は僕らに相応しく無い様な豪華で近代的な感じ。「
「3つ星ホテルやで。めっちゃたかそうやなぁ」
「そやね。ベンザディ氏が気を利かしてくれたんかなぁ」
「そうやろねー。失礼が無い様にと思てしてくれたんは嬉しいけど、ちょっと高そうやねー」
中に入ると更に僕は緊張してしまう。貧乏バックパッカーの僕らには不相応な雰囲気。ロビーに居る男性はみんなスーツ姿で、そうでない人と言えばサウジアラビアのどっかの企業のお偉いさんかなんかがあの独特の白い服装で頭に布と巻いて葉巻を咥えてる。如何にもお金持ちって感じの人達や。
完全に浮いてしもてたけど、僕らはホテルのオーナーの知り合いの友人と言う事でかなり優遇される。それでも1泊1室48ドルで3泊で136ドルやと言う。二人で割ったとしても68ドル。これにはやっぱり驚いたけど、今更ベンザディ氏の行為を断る訳にもいかず、渋々お金を払らう。
「それじゃ水曜日の夕方に自宅へ招待しますので、時間を空けといて下さい」
「分かりました。何から何までお世話になります」
「気にしないで下さい。私達は友人なのだから」
「ありがとうございます」
「それでは水曜日の夕方に迎えに来ますね」
「宜しくお願いします」
「ではテヘランを楽しんで下さい」
「はい。ありがとうございます」
ベンザディ氏を見送ってから僕らは部屋に向かう。
部屋に入ってなんとびっくり。大きなソファーがる居間に、バスタブのある風呂、寝室には綺麗な装飾が施された大きなダブルベッド……。
ダブルベッド!?
「おおっ! ダブルベッドやん」
「あれー。夫婦と間違われたんかなぁ」
「まじかぁ。僕ら友達やってベンザディ氏には言うたんやけどなぁ」
「そやね。もしかしたらこの辺の国って夫婦別姓やし、別々の氏名を書いても不思議に思わへんかったんとちゃう?」
「そうなんやろけど……。どうする。換えてもらう?」
「まぁお金も払ろたしねー。私は別に構へんよ」
「そ、そうなんや……」
「もしかして恥ずかしいとか」
うう。なんて応えたらええねんやろ。
「そ、そんな事は……無いけど」
「それとも女の子と一緒に寝たこと無いのん」
「えっ! いやぁ……」
パリーサと
「あー、あるのねー。もうー、それやったら構へんやん。うふふ」
なんや、その意味有りげな笑いわ。
折角大金叩いて高級なホテルに泊まるのに要らん気を使いそう。
僕は、寝相の悪い日夏っちゃんとどうやってダブルベッドで過ごしたらええんか考えながら、晩飯を食べに行った。
つづく
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