イスファハーン→テヘラン

216帖 マリアン

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 8月12日、月曜日の朝。ホテルをチェックアウトした僕らはバスターミナルに向かって歩いてる。日差しはきついけど高地やし然程暑くはない。


 9時前にバスターミナルに着き、Tehrānテヘラン行きのバスを探すと直ぐに見つかり、しかも格安の500リアルの50円で行ける。

 バスに乗り込むと東洋人が珍しいのんか、それとも東洋人がシャルワール・カミーズを着てるんが珍しいのかジロジロと見られてしもた。


 中程の席に日夏っちゃんと座ると、前の席に座ってる小学校低学年位の女の子が顔を出して日夏っちゃんをじーっと見てる。彫りが深く肌は白くて目はクリックリの髪の毛がちょっとくせ毛になってて、まるでヨーロッパのお人形さんみたいやった。


「こんにちわ」


 と言うと恥ずかしそうに隠れてしもたけど、また覗いてきてる。どうやら日夏っちゃんに興味があるみたい。やっぱり「おしん」の影響やろか。日夏っちゃんも笑顔を見せたり手を振ったりして相手をしてると、その子は座席を離れてこっちへやって来る。


 カップにチャイを入れて日夏っちゃんに飲ませて喜んでる。その次は自分の小さな髪飾りを日夏っちゃんに付け始める。ヒジャーブを少しずらし、髪の毛に留めて満足げな表情をしてた。


「名前はなんて言うの?」


 と英語で日夏っちゃんが聞いてたけど、通じるハズはない。そこで僕が自分を指差し、


「僕は、キ、タ、ノ、です」


 と言うと、日夏っちゃんも自分を指差し、


「私は、ミ、ユ、キ、です」


 と分かりやす言うた。するとそれを理解した女の子は、


「マリアン!」


 と言うてる。


「マリアンかぁ。可愛らしい名前やねー」


 と言うと日本語はたぶん分からんと思うけど、なんとなく恥ずかしそうにしてる。

 それならと僕はリュックを探り日本から持ってきた絵葉書を出し、その中でも色合いの綺麗な「紅葉の嵐山」の絵葉書を選び、


「これあげるよ。ヤポンのカードやで」


 とマリアンに渡す。するとマリアンは目を輝かせて、


「わー綺麗ねー」


 みたいな事を呟いて喜んでるみたいやで、それをお母さんにも見せてる。


「憲ちゃん、そんなん持ってきてんの」

「そりゃそうや。いろんな人と交流する為のアイテムやん。こういうもんは用意しとくのが旅の常識やで」

「そ、そんなん言わんでも分かってるわ」


 と、今度は日夏っちゃんが、僕に対抗したいんかリュックをあさりだす。

 ほんで出てきたもんは日本の切手。マリアンはそれには余り興味が無いみたいで、更に「奥の手や」と日夏っちゃんは日本のファッション雑誌まで出してきてマリアンに見せてる。マリアンは目を丸くしてそれに見入ってるし、お母さんも少し興味を持ったらしくチラチラと覗いてた。


 これに負けてたまるかと、僕は更にリュックの雨蓋を探る。その間もマリアンはワーワー言いながら雑誌を見てる。


 こうなったらあれしか無い……。


 僕はなんとかマリアンに気に入られ様と、小さいスケッチブックとペンを出す。


「マリアン、ちょっとこれを見てー」


 と言うとこっちを向いた。

 そこで僕がしたんは絵描き歌。日本語やけど歌を歌いながら絵を書いてみる。まぁそんなんで描けるんは「コックさん」と「オバケのQ太郎」位やけど、丁度従兄弟に同じくらいの女の子がおるし気を引く要領はなんとなく分かる。おもしろおかしくやるとマリアンにはめっちゃ受けたてたし、笑顔がまためっちゃ可愛かった。


 絵に興味を持ってるんやろか、今度はスケッチブックを貸して欲しいみたいにジェスチャーをしてきたんでペンと一緒に渡すと、暫くしてマリアンが書いた絵を見せてくれる。僕が書いた絵をなかり忠実に真似をして描いてきたんで拍手してあげると、得意そうに喜んでた。


 そんな事をしながら遊んでるとバスはある街のドライブインに入って行く。

 するとお母さんは少し英語が話せるみたいで日夏っちゃんを誘ってレストランに行くみたい。お母さんは黒いチャドルに薄紫のヒジャーブを着てるけど、マリアンは黒いワンピースのドレスみたいな洋風の格好をしてる。


 小さい子には法律は適用されへんのやろか?


 そう思いながら僕もマリアンと一緒にレストランに入る。

 このレストランはドームみたいな構造になってて、フードコートみたいに周りに店があって、中央にテーブルと座席がある。

 その一角には日本の公園にある様な遊具が置いてあって、マリアンはそれを見つけると一目散に走って行く。日夏っちゃんとお母さんは料理を見に行ってしもたし、僕は後を追っかけて行ってマリアンが乗った馬を揺らしてあげるとキャッキャ言うて喜んでた。


「次はあれに乗りたい」


 と自動車の遊具を指差す。マリアンを乗せて上げて揺らしてあげるとめっちゃ喜んでる。次々とリクエストしてくるマリアンに暫し旅のことを忘れて従兄弟と遊んでる様に思えた。

 そやけど子どもってのはみんな屈託のない笑顔がホンマに可愛らしい。食事の準備が出来てお母さんに呼ばれるまでマリアンは遊具を乗りまくってた。


 漸くお母さんに呼び止められてテーブルに向かうマリアン。日夏っちゃんと3人で食べてるし、僕は適当にケバブを買うて食べ、外に出てタバコに火を付けて少し考えた。


 イランはパキスタンより戒律の厳しい国やと聞いてたけど、ドライブインでもバスの中に残ってる女の人は居らへんし、食事は普通にみんなと食べてるし、イスラム教って一体どうなってるやろ。何が厳しくて何がおおらかなんかよう分からん様になってきたわ。


 食後のバスは、お母さんが日夏っちゃんと一緒に雑誌を見たいらしく、僕はマリアンと二人で座った。早速スケッチブックを出してみるとマリアンの目が輝いてる。


「何か描いて!」


 と言われたみたいやし、何を描こうか考えたけど何も浮かばんかったし取り敢えずバナナの絵を描いてみる。するとマリアンが「モーズ」と言うてくる。バナナはペルシャ語でそう言うんやと分かった。

 ほんならこんどは猿の絵を描いてみる。その絵を見てマリアンはゲラゲラ笑ろてたけど猿は「メイモーニ」と言うらしい。

 花の絵を描いたら「ゴーリィ」、コップの絵を描いたら「リワー」、自転車は「ドゥチャルケ」、葡萄は「アングール」と僕の描く絵をみて次々とペルシャ語を教えてくれる。数字を書くとペルシャ文字の数字をちゃんと書いてくれた。


 そのうち自分で絵を書きたくなって一人でお絵かきを始める。初めは何を描いてるか分からんかったけど、同じ年頃の子が書くような真横からの絵ではなく、ちゃんと透視法を意識してるかの様に立体的に花や車や人などを書いてたんで僕は驚いてしもた。

 この子には素晴らしい絵の才能がもしくは数学の才能があると確信する。もしかしたらこの子は天才になるかも知れんと思いながらお絵かきを眺めてた。


 そんな事をしてたらバスは3時過ぎにテヘランのバスターミナルに着いた。



 つづく

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