イスファハーン

214帖 ここはどこ?

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 さて、ここで問題発生。バスターミナルに着くまで寝てたし、ここがどこなんかさっぱり分からん。ましてやEṣfahānイスファハーンの地図は無いし、誰かに聞いてもここが何処なんかも分からんし、行きたい所も分からん。


「さぁどうしよう」

「うーん……」

「まぁ取り敢えず歩こかぁ」

「ええー」

「歩きながら僕の頭で地図を作っていくわ。またここに戻ってきたらTehrānテヘラン行きのバスに乗れるやろ」

「まぁそうやねんけど、憲ちゃんはそんなん出来るの。大丈夫?」

「人間方位磁石と言われた僕が保証するわ」

「へー、すごいやん」

「まぁ自分で言うてるだけやけどな。太陽が出てたら方向は間違わへん。取り敢えず西に歩いて行こか」


 なんの根拠も無いけど目の前の大きなAbdolアブドrazaghララザと言う通りを西に行ったら何とかなると思て歩き出す。朝から日差しがきつくてたまらんかったけどバスでゆっくり寝たし気分は爽快で、こうやって見知らぬ土地を地図も無く歩くのも気持ちが良かった。


 一区画程歩くと大きな交差点に出る。Chaharチャハール Baghバー Paeenパイーン通りを覗き込むとホテルの看板が目に入ってくる。


「あそこ行ってみる?」

「うん」


 通りを渡り、南に進む。交差点から見えてたホテルは一応綺麗やったけど確実に安宿って感じのホテルや。


「どう? 聞いてみる」

「なんかねー、木賃宿っぽいやん」

「ええやん、安そうやし」

「2日続きでベッドで寝てないし、今日はちゃんとしたええホテルに泊まろうなぁ」


 まぁ身体の事もあるし、しゃぁないかな。


「ほんなら戻るわ」


 もと来た交差点まで戻り、左折して進む。暫く行くと歩道の左手に見た目のちょっと豪華なホテルがある。


「ここやったらどうや」

「まぁ、割とましなホテルね」


 ホテルの名前「Azadinアザディン Hotel」の上には星が一つ貼り付けてある。


「これって一つ星のホテルって事やろ」

「そしたらちゃんとしたホテルかもね。ここにしよ」

「なんか高そうやなぁ」


 僕が言い終わる前に日夏っちゃんはホテルに入りかけてる。しょうがないんで後をついて受付に行ってみた。

 日夏っちゃんが聞いてみるとツイン部屋が空いてて、値段がなんと15ドルらしい。


「15ドルって千五百円ぐらいやし、めっちゃ高いやん」


 今まで最安で70円のとこに泊まってたのに。


「でもよう考えてよ。千五百円でこんなホテルに泊まれるのよ。凄くない」


 まぁ体調が悪い日夏っちゃんが言うてるんやしそれに従おうと思う。でもちょっぴりお財布が痛い。


 部屋に行ってみると落ち着いた感じの内装で、これで一つ星なんやぁって思うだけでそんなに感動はない。ただ、Rawalpindiラワールピンディで泊まったホテルよりは格段に良さそう。テレビや内線に綺麗な鏡台もあるし、トイレとシャワールームも別。おまけに体重計まで置いてある。ベッドも広くてゆっくりできそう。部屋の中だけ見てるとイランに居るとは思えん程やった。


 窓の外を見てみると、ホテルの裏側になるんやろう、サッカー場がある。観客席は然程ないけどオール芝生のナイター設備完備でええ感じのスタジアムや。


「お先にどうぞ」


 と言われたんで先にシャワーに入らせて貰う。シャワーの温度も申し分ない。


 シャワーから出た僕は短パンのまま体重計に乗って驚いた。日本を出る時は85キロやったんが、なんと64キロに減ってる。

 慌てて鏡で全身を見てみると中高と陸上競技で鍛えた筋肉は落ち、肋が見えるほど痩せてて、更に顔はほっぺたがコケてて無精髭が伸び放題。髪の毛も浮浪者の如く伸びまくってる。なんか残念なもんを見てしもた感じで少し落ち込んでしもたわ。


 日夏っちゃんがシャワーから出てくるのを待ち、シャルワール・カミーズや下着を洗濯する。洗濯が終わる頃には日夏っちゃんは眠ってしもてた。そやからその後、僕は一人でホテルを出て散策に行く。


 朝飯も食べてへんし、そろそろ昼飯の時間やからまずなんか食べよと思て食堂を探す。

 アブドララザ通りを東に行き、一度行きかけたチャハールバーパイーン通りを南下して歩いて行くと、肉が焦げるいい匂いがしてきた。それは道路の反対側やったんで車に注意して渡ってみると、そこは「バーベキュー屋」みたいなとこで羊肉や鶏肉、野菜などを串焼きにして売ってる店や。


 僕は日本の焼き鳥風の鶏肉のケバブを頼む。日本の焼き鳥みたいに小さくなくて、5センチ大の肉塊が鉄串に3つ刺してあるもんや。

 するとおっさんは早口のペルシャ語でなんや言うてきてる。そやけど全く分からんし、英語で話し掛けたけど英語は通じひんし、「取り敢えず1本だけくれ」と日本語で主張したら難無くオーダーが通った。

 渡して貰ろた熱々の串を持って鶏肉にに齧り付く。しっかりとした歯ごたえと香ばしい匂いがたまらんわ。香辛料も効いててめっちゃ上手い。日本の焼き鳥屋でも売ったらヒット間違いなしやと思う。ただちょっと量が多い。多分これは3人でシェアして食べるんやろうと思う。

 手を合わせて「ごちそうさま」を言うと、おじさんも一緒に真似をしてくれた。


 それから更に通りを南下すると2軒隣にピザ屋がある。ピザと言うてもナンの生地の上に肉や野菜を乗せ竈で焼いてるだけ。その様子を見てたらおっちゃんが手招きしてくるし寄って行ってみると、やっぱりペルシャ語でなんやかんやと説明してくれる。「分からへん」とジェスチャーすると、今度はゆっくりとペルシャ語で説明してくれる。早かろうが遅かろうがペルシャ語自体が分からんのやけど……。


 それでもおっちゃんは丁寧に説明してくれてるさかい、何度も聞いてると何となく言いたいことは伝わってくる。要するに、


「好きな具材をこの中から選べ」


 と言うてる。僕は羊肉とトマトとハムとピーマンみたいなもんを選んだ。すると今度は、


「ソースはどれにする」


 と聞いてるみたいやったからトマトベースの赤いソースを指さした。そしたらおっちゃんが、


「その辺に座って待っとけ」


 と言うてきたんで座って作ってるとこを見ながら待つ。おっちゃんはナン生地にソースを塗り、手際よく具材を乗っけると後ろの竈に入れる。

 出来上がると銀の皿に載せて持ってきてくれた。

 チーズは乗ってないけど、素のピザって感じ。さてお味はどうか……。


 なんと行っても焼きたてのナン生地が美味しい。赤いソースはトマトではなくチリ系の味でピリっとした辛さが効いてる。それが具材と上手くマッチして美味しかった。これは日夏っちゃんにも教えてやろうと思う。


 食べ終わった後、また手を合わせてお礼を言うと、おっちゃんも真似してくれる。それがなんか自然で面白い。


 それから更に南下すると大きなロータリーのある交差点に出て更に進むと役所らしき建物がある。普通の欧米風の建築様式でなんも面白ろないなぁと思て歩いてた、緑の多い公園みたいなとこに着く。林の奥には待望のペルシャ風の建物があったし、公園の入り口を探して中に入ってみた。

 結構広い公園の中は昼間やからかも知れんけど誰も居てへん。あの建物は有名では無いんか観光客も見当たらへんわ。


 もしかして入ったらあかんとこ?


 そう思たけど出入りは自由やし、ちょっとビビりながらも建物に近付いてみる。


 確かにペルシャの建物や。ペルシャ建築に関する知識が無いしそうとしか思えへんかったけど、形や彫刻は綺麗やわ。近くの看板には説明が書いてあると思うけど、もちろんペルシャ語やし読めへん。意味が分かったらもっと価値が分かるんやろうけど、ただただ凄いなぁと眺めるしかなかった。


 この時間になると結構暑く、汗も出てきたんで木陰のベンチで休憩する。たまに乾いた風が吹くと汗と一緒に体温も持っていってくれたんがめっちゃ気持ちええ。


 いったいここは何処なんやろう?


 そう考えながら、暫くベンチで横になった。



 つづく

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