ラワールピンディ→クエッタ
207帖 クエッタ急行のコンパートメント
『今は昔、広く
8月7日の水曜日。
まだ太陽も昇ってない4時半過ぎ。起き上がりベッドから這い出て真っ暗な部屋に灯りを点けると、布団を半分剥いで下着だけで寝てる日夏っちゃんの姿が目に飛び込んできた。
剥いだ布団に左足を巻き布団を抱く様な格好で寝てるさかい、小さくて可愛いおしりが丸見えや。薄ピンクのパンティからスラッと伸びる白い足が悩ましい。
湧き上がる欲望を抑え込んで、
「日夏っちゃん、朝やで」
と声を掛け、僕は荷物の整理をして気を紛らわせる。
「おはよー」
「おはよ。そろそろ起きんと列車に遅れるで」
「うん、分かった」
モゾモゾと布団の中でシャルワール・カミーズを着てる日夏っちゃんを横目に、僕はパッキングを済ませる。
日夏っちゃんがベッドから出てくるのを見計らって窓辺に行き、カーテンを開けて外を見てみた。
まだ日の出前やのにやけに暗いと思てたら、かなりきつい雨が降ってる。
「雨やわ」
「ええー、雨降ってんのぉ」
「おお。傘持ってるかぁ?」
「ああっ、上海で置いてきてしもたわぁ」
「なんでやねん」
「……」
心ここにあらずって顔をしてる。
荷物の場所に戻って折りたたみの傘を出し、それを日夏っちゃんに渡す。
「ええ、いいよぉ」
「傘なしでどないすんねん。雨きついで。駅まで10分位歩くし」
「そうなん。ビニールのゴミ袋に穴を開けて着ていくから大丈夫やわ」
「そやけど頭はどないすねん」
「あっ……」
「僕はカッパを持ってるし、使いや」
「うん、おおきに」
一度リュックからレインウェアを取り出し、日夏っちゃんの準備が終わるまで僕はベッドで横になる。
洗面所から出てきた日夏っちゃんが、
「そろそろ行こうかぁ」
と言うてきたんで起きてレインウェアを着てリュックを背負い、忘れ物の確認をして部屋を出た。
ホテルの外に出てみると結構風も吹いてる。これやったらレインウェアの下も履いといたら良かったと後悔したけど、列車の中はエアコンもあるし直ぐに乾くやろと思てそのまま歩き出す。
激しい風雨の中、「お祈りを始めますよー」の放送を聞きながら駅に向かう。
駅のホームには既に列車「
3番のコンパートメントを探して中に入る。割と大きな部屋で、日本の寝台車よりベッドが大きそうや。
まだベッドは壁に収納されてて座席のままなんで取り敢えず荷物を起き、レインウェアを脱いで座る。既に車内はエアコンが効いてた。
「はぁーっ。凄い雨やったなぁ」
4人部屋のコンパートメントは僕らだけしか居いへんし、向かい側に日夏っちゃんが座った。
「砂漠でも雨降るんやねぇ」
「当たり前やがな。僕は中国でタクラマカン砂漠に着いたその日に雨が降ってたわ」
「ええー、もしかして雨男なん?」
「ちゃうわ」
そう言いながらシャルワール・カミーズの濡れた所をパタパタして乾かす。
沈黙が続く。
日夏っちゃんは小さなノートを出して何かを書いてる。僕は眠たくなってきたんで座席に横になって眠った。
暫くしてやっぱり何の合図も無く列車が動き出して目が覚める。日夏っちゃんも眠たかったんか窓際に持たれて寝てた。
その時、ドアをノックする音が聞こえたんで日夏っちゃんを起こしてからドアを開ける。
廊下に立ってたんは車掌やった。流暢な英語で話しかけてくる。多分検札やと思て切符を見せたら、チェックをして返してくれた。その後もなんやかんやと聞いてくる。
「日夏っちゃん、バトンタッチ!」
「うん、ええよ」
シャルワール・カミーズを着た東洋人の女性が立って向かって行ったから、車掌は驚いてる様やった。
「昼ご飯や晩ご飯はどうするか聞いてるで」
「昼も夜も列車が駅に着いたら長いこと停まるし、その間にホームに出て食べるか、何か買うてきたらええんちゃう?」
「わかった」
日夏っちゃんはその旨を伝える。
「ほんなら明日の朝ご飯はって?」
「朝ご飯かぁ。どうする?」
「モーニングがあるらしいし、頼もっか」
「おお、ええで」
追加の20ルピーを払うと車掌はチケットを渡してくれて去って行った。
飯の事を聞きに来るやなんて、なんかリッチな旅やなぁと思もた。このまま何にもせんでも明日にはクエッタに着く。
そう言えば、日夏っちゃんと共に行動し始めてから旅の移動スピードがえらい上がったなぁと思う。
このまま行くと、結局
それから昨日買うてきたバナナや葡萄やスナックを朝飯代わりに食べながら、幼稚園の時の思い出話や、お互いに歩んできた道を振り返ってどんな事をしてきたか等を話しながら過ごす。コンパートメントには、おかしな人や物貰いも入ってけえへんし、それぐらいしかすることは無かった。
冷房が効いてるんで窓の外はガラスが曇って見えへんかったけど、昼前には雨も上がり曇りが取れて景色を見ることができた。
ただ、なんの変哲も無い砂漠の景色がずっと続くだけやった。
つづく
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