206帖 『シャルワール・カミーズ』デビュー
『今は昔、広く
8月6日の火曜日。
昨日の夜の事はすっかり忘れて普通に朝食を終えた僕らは、宿泊の延長を済ませた後、
そこで昨日のやり取りを思い出してしもた。
「ほんまに寝台の個室でええねんなぁ」
「ええ。憲ちゃん、もしかしてまだ照れてるの?」
「ち、違うわっ。お金の事や」
ほんまはちょっとドキドキしてたんやけど……。
「なーんやぁ。それやったら構へんよ。これくらい贅沢してもええんちゃう?」
そう言うんで、窓口で明日の切符の確認をする。エアコン付きのコンパートメントはまだまだ余裕があるみたいやけど、ただ料金が外国人割引の25%引きを適用して貰ろても一人383ルピーと目が飛び出るくらい高い。
「め、めっちゃ高いやん」
「そうやな。これやったら高級ホテル泊まれるわな。そやし、どうする?」
「うーん、いいよ。列車の旅って過酷なんでしょ。それ位やったらなんとかするわ」
「あっ、そうや! 日夏っちゃんって一応学生やんなぁ」
「もちろん、現役の女子大生ですわよー」
ちょっと気取ってウインクをしとる。
「あのなぁ……。まぁええわ。その現役の女子大生やったら学生証持ってるやろ」
「うん、あるよ」
「ほしたら学割でいこう。半額になるし」
「そうなん。めっちゃええやん。そやけど憲ちゃんは卒業したんとちゃうん?」
「卒業しても学生証はまだ持ってるがな……。ほら!」
「へー、やるやん」
と言うことで、半額の255ルピーで切符を購入できた。ところが切符をかって駅員に言われた事を聞いてびっくりしてもた。
「発車時刻は、6時ですから遅れないように」
「ええっ! 6時って朝の6時ですか」
「そうだ」
「わ、分かりました。おおきにです」
めっちゃ朝早いやん。クエッタから乗った時は昼前やったから甘く見てたわ。
「出発6時やてぇ」
「ええ、めっちゃ早いやん。そしたら5時起き?」
「まぁそれ位かなぁ」
「ほんなら今晩はゆっくりしてられへんねぇ」
何なに? ゆっくり何するつもりやったん?
と思たけど……、それ以上は聞かんとこ。
その後は、駅前のGTSのバス停から赤いバスに乗って
バスは混んでたけど、女性である日夏っちゃんは席を譲られて座ってた。
「意外と女性に優しい国なんやね」
とご満悦の様子や。
終点まで行き、そかから歩いてあの白く尖った
暑い上に湿度も高いけど、イスラマバードには馬車もオートリキシャーも走って無いし二人で汗だくになって歩いた。シャツもジーパンも汗で身体に纏わり付いて気持ち悪い。
それでも1回行った事があるし、30分程でシャーファイサルマスジドに着いた。
「へー、白くて綺麗なモスクやねー」
「そうやろ。あのミーナールって塔は90メートルもあるんやで」
「そうなんやぁ」
「なんでも1966年にサウジアラビアの王様が建てられたらしいわ」
と、この前案内してくれたおっちゃんに聞いた話しを自慢げに喋ってしもた。
「ふーん。でも、なんか結婚式場みたいやね」
「それはキリスト教の教会やろ。まぁ似てるっちゃぁ似てるけど」
「そっかぁ」
「そうや。絵葉書でも買う?」
「ああ、ええやん」
ほんでまた駐車場にあるお土産屋の屋台に行くと店のおっちゃんが、
「絵葉書を買いませんか?」
と話し掛けてきた時に二度見さてれ、ニヤニヤしとった。そう言えばこの前来た時と同じシャツを着てたし、憶えられてたんかな?
絵葉書を買うた後、バス停に戻る途中のレストランで昼飯を食べて、バスに揺られてラワールピンディに戻った。
列車旅の買い出しを兼ねて駅からそのままバザールに向かう。スナックや果物を買いながら歩いてると日夏っちゃんが服を頼んだ仕立屋の前を通った。
「もうできてるかなぁ?」
「夕方て言うてたやろ。まだ2時前やで」
「でもいっぺん覗いてみよーよぉ」
ということでお店を覗いてみると、丁度ミシンで紫の布を縫うてるとこやった。
「すいません。あと1時間程で出来ますよ!」
そういう事なんで店を出て再度バザールを練り歩いく。日夏っちゃんはまた生地屋さんや服飾関係の店に立ち入っていろいろと品定めをしてる。
また何か買うんかなぁ?
そんな事をしてると、暑さもあったし疲れてきたんで僕らは休憩がてら喫茶店に入ってお茶にすることに。クーラーが効いてて極楽やったわ。そこで1時間程時間を潰し店を出ると一目散に仕立屋を目指した日夏っちゃん。相当待ち遠しいみたいや。
仕立屋に入ると、もう完成してて店の奥に飾ってあった。嬉しそうにお金を払う日夏っちゃんは店員のおっちゃんに、
「今ここで着てみますか?」
と言われ、そのまま出来上がったシャルワール・カミーズを持って更衣室に入って行く。すると、何を勘違いしたんか僕は夫やと間違えれ一緒に更衣室に入る様に促される。
更衣室に入ると日夏っちゃんはびっくりして、
「えっ、何してるのよ」
とめっちゃ嫌な顔をされた。
「いや、店の人が入れって……」
「外で待っといて!」
更衣室から出ると、今度は店員さんらに不思議そうな目で見られたさかい、僕は苦笑いをするしかなかった。
暫くすると着替えを終えた日夏ちゃんが出てくる。あまりにもドギツイ紫色にちょっと違和感があったけど、なかなか似合てて日本人離れした印象があった。
「どう?」
「に、似合てるで」
ぶかぶかやしセクシーさは消えるけど、あまり胸も強調されへんさかいにぺったんこなんは逆に判りにくいって事は絶対に言えへんかった。
「このまま行くわ」
と、着てきた服をリュックに入れ、お礼を言うて店を出る。
「どう、着心地は?」
「うん、ぶかぶかやけどめっちゃ気持ちいいわ。それに風が通って結構涼しいよ」
「そうなんや」
「うん、いい感じ」
嬉しそうにシャルワール・カミーズの感触を楽しんでる。
「めっちゃいいわー。憲ちゃんも買ったら」
「そうかぁ」
「うん、絶対にいいよ。ベタベタ纏わり付かへんし、気持ちいいよ」
買え買えと迫ってくるけど、結構お金を使こたしなぁ……。
そんなん思てたら日夏っちゃんは婦人服の店の前で立ち止まる。
「ちょっとストールを買うてくるわ」
と言い残し、店の中に入って行く。女性専用やから男は入れへんみたいやし、僕以外にも二人のおっさんが店の前で座ってる。
そのおっさんを見てると、めっちゃ暑いのに涼しげに見えてきた。やっぱりシャルワール・カミーズはええんかなぁと僕も思う様になってきた。
どないしよか悩んだ末、日夏っちゃんはまだ店から出てけえへんみたいやし、僕も買うことに決めた。
向かいの紳士服屋さんに飛び込み、既成品の安そうなやつを見て回る。綿の生地の薄い緑色のシンプルなデザインのもんを見つけた。店員に値段を聞いて見ると、350ルピーもする。ぼったくられてんのかと疑ったけど、どうやらそうでもなさそう。ほんでも値引き交渉をして、なんとか330ルピーで買うた。それやったら日夏っちゃんみたいにオーダーメイドで作った方が安上がりやったわ。試着させて貰い、お金を払ろて僕も着たまま店を出た。
暫くすると山吹色のドゥバッタを被った日夏っちゃんが店から出てくる。
「おお、なかなかええ感じやん」
パキスタンの女性ほど「妖艶」では無かったけど、それでもかなり美しく見える。女の人って着るもんでこんなに雰囲気が変わるんや。
「あれ。憲ちゃんも買ったんやぁ。なかなか似合てるよ」
「そうぉ?」
なんか照れくさいなぁ。
「うん、現地の人みたい」
褒め言葉なんか貶なされてるんか分からんかったけど、確かに着心地はめっちゃええ。服がベトベト纏わり付かへんし、汗も自然と乾いていく感じがする。「郷に入れば郷に従え」やないけど、その土地に合うたもんは着るべきやと実感した。
一旦ホテルに戻って、その日の夕方は
ところがパキスタンで中華料理屋は高級レストランの感覚なんやろ、店に居るお客のパキスタン人は皆裕福に見える。進歩的な富裕層の人達なんやろうか、シャルワール・カミーズを着てる人は誰も居らん。
男性は白いカッターシャツに黒いスラックス。女性はドゥバッタは被ってるけど服は足元まである洋風のワンピースを着てる。
逆にシャルワール・カミーズを着てる僕らが浮いてしまう程やった。
ほんでも久しぶりの中華料理に舌鼓をしてたらふく食べた。流石に富裕層が来るだけのことはあって会計は安いレストランの5倍程かかった。それでもラワールピンディ最後の夜を堪能してホテルに戻る。
ちょっと期待してたシャワータイムもその後のまったりした時間にも全く何事も無く終わり、早々に僕は眠りに就いた。
つづく
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