ラワールピンディ

205帖 一緒にシャワー入ろっかぁ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 取り敢えず鏡で自分の姿を確認し終えた日夏っちゃんはチャドルを片付け、


「シャワーを浴びて晩御飯に行こう」


 と誘ってくる。


「おお、ええで。ほんなら先に入りぃーや」

「うん、おおきに」


 僕はガイドブックを出してQuettaクエッタ行きの列車情報を探す。シャワーを浴びる準備ができた日夏っちゃんはクルッと回って僕の方を見てきた。


「憲ちゃん」

「えっ!」


 また「憲ちゃん」て言うとる。


「ねぇ、一緒にシャワー入ろっかぁ」


 なんやとー! 日夏っちゃんはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべてる。


「そ、そんなんええわ……」


 ちょっと一緒に入ってみたいけど。


「えぇー。もしかして、照れてんの?」

「あほー。冗談やろ。それに男にそんな事、軽々しく言うなや」

「やっぱり照れてるやん」

「そんなん違うわい!」

「いいやん、一緒に入ろうや。昔、一緒にお風呂に入ってたやん」

「えーーっ! そんなことあったかぁ?」

「憶えてないん。憲ちゃんがあたしのうちに来た時、いっしょにお風呂で水遊びしたやん」

「そ! そんなん、幼稚園の時とちゃうんか」


 そやけど、そんなんしたかなぁ……。記憶にないぞ。誰かと間違ごてるんとちゃうかぁー。

 僕が幼稚園の時に一緒にお風呂で遊んだんは、まみちゃんと、かおりちゃんと、かずみちゃんと……。


「そうやで。あの時、二人ともすっぽんぽんで遊んでたやん。そやし構へんやん」

「あほー。もうええ大人やんけー」

「ああーあ、冷たいなぁ。人のおっぱい触った癖にー」

「いや、あれはそのー、危ないと言うか、まぁそうやのうて……」

「うそうそ。冗談よ。助けてくれてありがと」


 うふふと笑らいながら、日夏っちゃんはシャワールームに入って行った。


 マジ焦ったがなぁ。


 心臓が速い速度で脈打ってるさかい、ガイドブックを眺めても集中してなかなか読めへんかった。


 今からシャワールームに入っていったらびっくりするかなぁ。


 いろいろ期待して妄想してしもたけどさっきのは冗談やろし、これから先も暫く一緒に旅するんやから、引かれたく無いと思てそれは止めにした。


 それでもシャワールームが気になって横を見てみたら、なんと日夏っちゃんのベッドの上には着替えの服とその上に下着がポツンと置いてあるではないか。

 母と妹の下着以外のこんな生々しい光景を見た僕は興奮してしもた。


 どういうこと? いくら幼馴染みや言うても無防備すぎるやろ!


 ガイドブックを持ってたけど僕の視線はその下着に釘付けやった。白地に花柄の小さなブラジャーと薄水色のパンティーから目が離せんかった。


 もしかして誘ってんの?


 そう思いながら、頭の中では天使と悪魔が葛藤してた。

 そんなんしてるとガチャっとシャワールームの扉が開く。僕は慌てて視線をガイドブックに戻して、「なんも見てませんよう。知りませんよう」という雰囲気を醸し出した。


「お先ですー」

「ほんなら、僕も入ろかなあ……」


 とシャワールームの方を振り向くと、バスタオルを一枚身体に巻いてるだけやの日夏っちゃんが立ってる。やっぱりお胸は「崖」やったけど、バスタオルの下から伸びてる細い足がセクシーやった。


「ちょっと、何見てるのよー」


 なんかめっちゃ怒ってる。


「わぁぁー、ごめん」


 慌てて僕は反対側に向き直した。そんなんで怒るんやったシャワールームに押し掛けんで良かったわ。危ないとこやった。


「ちょっと待って」


 と言う声とタオルをベッドの上に置くバサッと言う音が聞こえた。


 もしかして、今の日夏っちゃんはすっぽんぽん?


 それから布が擦れる音がしたり、ゴムのパチンって言う音が聞こえてくる。頭の中で日夏っちゃんの着替えシーンを想像してしもた。


「もう、良いよ」


 と言う日夏っちゃんの声と同時に僕は勢い良く振り向いてしもた。


 しまった!


 そう思ったけど時既に遅し。


「残念でしたぁー。もう服、着てますー」


 と僕の心を見透かされてしもた。


「いや、そんなんや無いし。僕もシャワー浴びよっと」


 そう言うてみたものの、日夏っちゃんはクスクスと笑ろてた。

 飛んだシャワー騒動やった。


 シャワーの後、僕らは街に出て安そうなレストランで晩飯を食べる。普通に注文したつもりやったけど、肉団子入りのコフタカレーも炊き込みご飯のビリヤニも山盛り出てきて、食べきるのに苦労したわ。まぁその間に明日の予定をじっくり立てられてよかったけどね。


 二人とも苦しいお腹を抱えて部屋に戻る。ベッドに横になると、昨日は殆ど寝てなかったさかい眠気が催してきた。


「眠たいし寝るわ」

「私はまだ苦しいから起きとく。でもそのうち寝るね」


 日夏っちゃんは日記のようなものを付け始めた。横目で日夏っちゃんの横顔を見てたけど、やっぱり日本人には日本人の美しさがあるなぁと見とれてしもてた。

 そしたら日夏っちゃんは手を止めてこっちを見てくる。


「憲ちゃん……」


 また「憲ちゃん」って言うとる。


「うーーん、もうええはそれえで」

「私らって新婚旅行みたいやねー」

「なんでや。結婚しとらんがな」

「そやけど、こんな部屋に男の人と二人で泊まった事なんかないんよ」


 ほんまかどうか知らんけど、また冗談でも言うんやろと思てた。


「そうなん」

「えぇー。憲ちゃんは有るの?」

「うん……、無いよ」


 ああー、嘘付きました、ごめんなさい……。まぁええかぁ。


「ふーん、そうなんや」


 眠たい振りをして目を逸らす。


「なぁ、憶えてる?」

「何がやぁ」

「憲ちゃん、あたしと結婚してくれるって言うてたやん」

「ええっ! そんなん言うたか」

「言うたよー」


 いやー、そんなんこれっぽちも憶えてない。どうせ幼稚園の時の事やろう。


「そうかなぁー」

「絶対言いましたっ」

「いやー、結婚しようって言うたん憶えてるんは、確か……まみちゃんとかおりちゃんとかずみちゃんやで」

「そうやわー。可愛い子ばっかりにお嫁さんにしたるって言うてたから、あたしも悔しくなって、お遊戯の時間に憲ちゃんが廊下に出ていった時、後を付けて行って、『私もお嫁さんにして欲しい』って言うたんよ!」

「ええー。そんなんあったかなぁ。そやけどよう憶えてんなぁ。ほんで僕はなんて言うたんや?」

「うん、いいよーって」

「ほんまかいなぁ」

「ほんまよ。あたしちゃんと憶えてるもん」

「多分、おしっこにでも行きたかったら適当に言うたんとちゃう」

「いいえ! ちゃんとチューもしてくれましたっ。あたしのファーストキッスやったんよ!」


 まじか。なんと言うプレイボーイな幼稚園児や。


「ま、まぁ。若気の至りって事で……」


 言い返す言葉が無いわ。


「そやからクエッタに行く列車は個室にしようやぁ。ベッドのあるやつ」


 ああ、そういう事かぁ。


「ええよ。確か寝台車に個室があったと思うけど……。そやけど高いで」

「いいやん。折角の新婚旅行やし」

「もうー、それやめーや」

「うふふふ……。憲ちゃんのそういうとこ可愛いわぁ。幼稚園の時と変わってないね」


 なんか馬鹿にされてる感じがするぞ。そやけど、僕って年取っただけで中身は全然変わって無いって事?


 やっぱりまだ大人に成ってないって事かなぁ……。


 そっちの方が気になって、なかなか寝付けん様になってしもたわ。



 つづく

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