203帖 間一髪、更にもう一髪! そしてセクハラ事件
『今は昔、広く
一瞬、足が竦んだけど、
「ヤバっ!」
と思て全力で走った。重いリュックと登山靴ではさして走れはせんけど、とにかく命がやばい。リュックを上下に揺らし、頭を押さえて瓦礫を飛ぶように走った。
間一髪、なんとか落石から逃れる事ができ無事反対側に辿り着いた僕は、そこに居る人や後方からも拍手で讃えられたんで僕は調子に乗って手を上げて歓声に応えた。
次の日夏っちゃんを見てみると、遥か後方で怖がって動けんようになってるみたい。
まだ少し砂が落ちてきてるし、
「もうちょっと待っといた方がええで」
と何度も声を掛けるけど返事が無い。もしかしたらパニクってるかも。
暫く土砂の様子を見てて、もう落ちてきそうにないさかいに、
「そろそろ動いてええで」
と声を掛けると、瓦礫に足を取られながらも少しずつ進み出した。僕は崩れた山の上の方を注意しつつ、日夏っちゃんを励まし続けるけど、日夏っちゃんは声を出す余裕すら無いみたい。
さっき落ちてきた土砂の所を無事に通過して残り30メートル程やってところまで来ると、安心してかこっちを見てた日夏っちゃんが瓦礫に足を取られて転けてしもた。
「大丈夫かぁ」
と声を掛けたけど、どうやら岩に靴が挟まったみたいでなかなか起きれそうに無かった。しゃあないし僕はリュックを降ろして日夏っちゃんの方へ走って行く。
「起きれるかぁ?」
「ちょっとこの岩を退けてよ」
と言われて靴が挟まってる岩を退けようとしゃがんだら、こちらから向こうに歩いてた人が走って戻ってくる。そしてまた見守ってる人の慌てた声が聞こえてきた。
はっとして、上を見るとまた土砂が落ちてきてる。
「やばいで!」
と言うて僕は慌てて日夏っちゃんの身体捕まえてを引きずり起こす。
「どこ触ってんのよ」
「そんなん言うてんと走って!」
日夏っちゃんの手を取って走る。
確かに柔らかい感触はあったけど、そんなに大きなもんはなかった。確か高校の時は「崖」状態やったと記憶する日夏っちゃんの胸は余り変わってない様や。
そんな呑気な事を考えながらも、なんとか無事に渡りきる事ができてホッとしてた。
「さっきは咄嗟やったから……」
「もう、わかったわ。はい、これ」
と貸してあげたヘルメットを返された。受け取って片付けようとして気が付いたけど、新しい傷が1つ増えてる。ヘルメットが無かったら日夏っちゃんは怪我をしてたところやと思うと少しゾッとしたけど、その事は日夏っちゃんには黙っといた。
土砂崩れが止まった後、また行き来が再開して、それを心配しながら野次馬の様に見てたら、
「あなた達は
とおっちゃんに声を掛けられる。
「はい、行きます」
と日夏っちゃんが答えると、車に乗れと催促してきたんで土砂崩れの現場を後にして方向転換してたバスに乗り込んだ。代替輸送のバスは白いワゴン車で、僕らが運転席の後ろに座ると満員になり直ぐに車は動き出した。
「ああ、怖かったなぁ」
「うん。でも無事ラワールピンディに行けそうで良かったね」
「そうやなぁ」
さっき僕が無い様である様な日夏っちゃんの胸に触れた事はもう怒ってない見たい。まぁ、あれは起こそうと思ってやった不可抗力やからな。
それからバスは順調に走り、辺りは薄暗くなってきた。
「どうしたん。お腹痛いん?」
まぁ女の子には色々あると思て軽く聞いてみたけど、日夏っちゃんは下を向いたまま首を振るだけやった。その後もずっと蹲ってたさかい、ちょっと心配になってそっと背中を擦ってあげてた。
深夜になりバスは
店内はカウンター越しの厨房に、フロアーに幾つかのテーブルがあり、もうすぐ12時やと言うのに結構賑わってる。
一緒に乗ってた夫婦連れの人達は奥の個室に入って行くのが見えた。
普通ムスリムの女性はレストランで食事をせえへん。するとしても、女性専用が2階にあったり個室に入って夫が料理を運んで行って食べる。もしくは中国でもあったけどバスに残り、夫がバスに料理を運ぶ。
そんな光景を日夏っちゃんが珍しそうに見てると、バスの後ろに座ってたおっちゃん達が飯を奢ったると言うてきた。
「そやけど、女の子も居るし……」
と困ってると、
「こっちの部屋が空いてるよ」
と僕らを手招きしたんで、二人でその個室に入った。おっちゃん3人と僕ら2人で個室のテーブルに座ると、おっちゃん達が適当に料理を頼んでくれた。カレーを中心に、サラダと肉料理にスープと結構豪華やった。待ってる間も食べてる時も、いつもお通り質問攻めに遭うた。
「宗教は?」
と言う質問に対して日夏っちゃんはちゃんと、
「私は
と答えて事なきを得た。
食べ終わって食事のお礼を言うと、写真を撮ってくれと言うてきたんで、
「いいですよー」
と僕はカメラを構える。3人のおっちゃんの間に挟まれた日夏っちゃんはまんざらでも無い顔をしてたけど、おっちゃんらは徐々に身体を寄せていき手を日夏っちゃんの身体に回そうとしてた。
流石にそれは、
「ノー! ノー!」
と日夏っちゃんも言うてたんで僕はおっちゃんらに、
「ちょっと、ちょっと!」
と注意を促した。そやけど同教のムスリムの女性に手を出せへんけど異教徒の女性ならと、昼間にそれほどセクシーではない事が確認出来た日夏っちゃんに対しても、ここぞとばかりにおっちゃんらは少し興奮気味に迫っていく。自分を見失ってる様な変な目をしてる。
終いには日夏っちゃんの手を捕まえて頬にキスをしようとしてたし、
「オイ、コラ! おっさん。何してケツかるねん!」
と日本語で大声を出してしもた。
流石にそれには驚いて我に返ったおっちゃんらは謝ってきたけど、
「彼女は仏教徒だから、問題ない」
と開き直ってきた奴もおったし、
「アホかぁ! この子は僕のガールフレンドや!」
と言い切って、直ぐに日夏っちゃんの手を取って部屋を出た。
「ごめん、ありがとう」
「大丈夫か? あいつら、異教徒に対してはむっちゃ助平やし」
「うん、大丈夫。折角仲良く出来ると思ったのに……」
「ああいう奴も居るし、気ぃ付けやぁ」
「うん、わかった。そやけど、ガールフレンドって言うてくれたけど、どういう意味やったん?」
「いや、あれは言葉の綾や。そう言うといたら止めると思て」
これはほんまや。
「ふーん、そうなんだー」
と意味ありげな笑みを浮かべてた。
「それとなぁー」
「えっ、何?」
「さっき車の中で蹲ってたやんかぁ。あれな、後ろから背中とか脇腹を指で突かれてたんよ」
「ええー! そうなん」
「うん」
「分かった。今度またあったら言うてや。文句言うたるさかい」
「うん、ありがとう」
そんな事があったんやぁ。
そやし今晩は眠とうてもおちおち寝てられへんなぁと思いながら、バスの座席に着いた。
つづく
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