ギルキット→ラワールピンディ
202帖 積み重なる別れ、いざラワールピンディへ
『今は昔、広く
僕と日夏っちゃんは荷物を持ちホテルのみんなに別れを告げて、朝飯を食べる為にカフェに向かった。バタートーストを食べ終わって、オーナーにもイランに向けて旅立つんやと告げると大層寂しがってくれた。
それならとオーナーはパキスタンの歌を教えてくれる。
「ジーウェイ、ジーウェイ、ジーウェイパキスターン。パキスターン、パキスターン、ジーウェイパキスターン。ジーウェイ、ジーウェイ、ジーウェイパキスターン!」
という非常に簡単なもんで直ぐに歌えた。またこのメロディが単調且つ頭に残る調子やったんでついつい口ずさんでしまう。
そんな儀式が終わって最後に肩を抱きながら別れを惜しみ、カフェを後にした。
お世話になった人と別れて寂しさがまた一つ増えていった。
バスターミナルに行って
「確か、中華料理の店があるって聞いたんやけどなぁ」
「そうなん。パキスタンにもあるんやねー」
「うーん、場所も聞いといたら良かったなぁ」
「そんなんええよ。いろんなお店が見れたらそれで時間潰そう」
まぁそれならとバザールの端っこから1軒1軒冷やかしながら歩く。
今日は日曜日って事もあっていろんなとこから店が集まってるんやろう、沢山の買い物客で賑わってる。いつもは男の人が殆どやけど、今日は女の人も多い。
近隣の村からもやって来てるんやろう、女の人の顔のつくりも衣装も違いが見える。
綺麗で華やかな刺繍をした服を着てる人はたぶん西の方の山岳地帯から来てるんやろう。帽子を被ってるだけで布は被ってない色白の青い目の人たちはまた違ったとこから来てる見たい。同じ様な服でも微妙に形式が違ったり、そもそも服の形が違ったりと、流石は北部パキスタンの中心都市を思わせる賑わい振りやった。
「出発まであと1時間やし、そろそろ腹ごしらえしとこかぁ」
「そうやねー。何食べる」
「そうやなぁ、長いことバスに乗るし腹持ちがええもんやなぁ」
と何を食べるか物色してると、一人のパキスタン人青年が声を掛けてきた。
「おお、ミスター。アッサラームアライクン」
「アッサラームアライクン」
えっと、誰やったかな?
「私、道場で空手してました」
「おぉ、あの道場の人かぁ」
「あっ、私なんとなく覚えてるかも」
「これから何処へ行きますか?」
「えっと、バスでラワールピンディに行きます」
「おお、なんて事だ。それならお別れに私がバルガルを奢りますよ」
「バルガル?」
「食べたこと無いですか?」
「うーん、バルガルって知ってる?」
「ええ、私は知らんよ」
「そのバルガルはどんなもんですか?」
「えっと……。まぁ食べに行きましょう」
その空手青年に付いてバザールと反対の商店街にある店にやって来た。一見すると小汚いけどファーストフードっぽい佇まいやった。その店の看板には「
「あっ、バルガルってバーガーのことなんやぁ」
「そう言えば、イギリスの支配下にあって英語は普及してるけど、結構『
「なるほど。そやからバーガーがバルガルになるんや」
外で待ってると空手青年が紙に挟んだ
食べ終わった後、お礼を言うて空手風に挨拶をしてお別れした。
そろそろバスの時間やし、再びバスターミナルに向かう。
バスターミナルに着くともう既にラワールピンディ行きのギンギラのバスは停まってたんでそのまま乗り込んだ。バスは予定通り12時に出発した。
バスは順調に走ってけど、前に乗ったんよりも幾分速い様に感じる。まだ昼間やし、
「あれが、ナンガパルバットって言う山で、世界第9位やねん」
「そうなん。凄い綺麗。登ったことあるん」
「あるかいなぁ」
「なーんや」
なーんやって、そんなもん登れるかいな……。
ギルキットを出て1時間ほどで
「あれ、どないしたんやろう?」
「渋滞かなぁ」
「それは無いと思うで」
助手がバスを降りて前に停まってる車の方へ歩いて行った。なかなか帰ってこうへんさかい僕や数人の乗客が降りて前の方に歩いて行った。
カーブを曲り先頭の車両まで行くと大勢の人が溜まってる。その先を見るととんでも無いことになってた。
なに! 崖崩れかぁ……。
なんと道路の左手の山が崩れて道が塞がってる。巨大な岩も落ちてきて車が通るのは完全に無理な状態やった。多分昨晩の激しい雨で土砂崩れをしたんやろう、崩れた土砂は右手のインダス川まで達してた。
土砂の向こうにも車やバスが停まってて大勢の人がこちらを眺めてる。集まった運転手や助手が口々にあーだこーだと話してるけどウルドゥー語なんで何を言うてるかは分からん。
暫く様子を見てたけどこんだけの土砂が崩れててはバスではラワールピンディには行けそうもないし、引き返すんかそれとも土砂が退けられるまでここで待機するしかないんやろうと思て不安になってた。
呆然と崖崩れの現場を見てたら、なんと向こうから人が歩いて来るではないか。車は無理でも人ならなんとか歩いて来れるみたいや。無事にこっちへやって来た人はしきりに向こうの人に声を掛けてる。こっちに溜まってる人にも何かをアピールしてる様や。
どうやら向こうまで歩いて行って、代行運送する様に思えた。
そやし僕はバスに戻り、その事情を日夏っちゃんに説明し荷物を持って一緒に現場に戻った。
凡そ50メートルおきに乗客が往来する。距離は150メートル位で10分で渡れそうや。
いよいよ僕の番が回ってくる。僕が持ってきてた登山用のヘルメットを日夏っちゃんに被せて、僕は頭にタオルを巻く。
「いいの?」
「おお、ええで。俺はこのタオルで防ぐわ」
「ありがとう。でも気を付けてやー」
「うん」
僕から先に渡り始める。50メートル程行くと後ろから日夏っちゃんも渡り始めた。
瓦礫や土砂で歩きにくいけど、山登りに比べたらそんなに大した事はない。順調に歩いて行くと山から水がまだ流れ落ちてる所があり、そこを渡ろうとした時や。
前方や後方で待ってる人の騒がしい声が聞こえてくる。何やろうと思て後ろを振り返ると、皆んな手を上げて山の上を指差してた。
えっ!
と思て左手の山を見ると、なんと上から土砂と共にかなりの数の岩や石が僕の方を目掛けて落ちてくるのが見えた……。
つづく
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