ギルキット

200帖 日本人旅行者、集結

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「こんちわー」

「ああ、こんちはー」

「さーどうぞ、どうぞ」


 僕ら3人もベッドに座らせて貰い、お互い自己紹介をする。5人はRawalpindiラワールピンディのホテルで会うてここまで一緒に来たらしい。なんでもGilgitギルギットから来た4人組にこのホテルを紹介されたとか。


「その4人組って、その前はHunzaフンザに泊まってませんでした」

「ええ、何でも日本人がフンザをガイドしてくれたとか言ってましたよ」


 やっぱりそうか。


「それって僕の事ですわ」

「へーそうなんですね。偶然ですねー」

「そんな事ってあるんですね」

「ええっ、北野くんってガイドしてたん」

「いや、ただフンザに長いこと居ったから案内しただけやで」

「なるほど。Medinaマディーナ Caffカフェのオーナーもキタノは友達やって言うてたよ」

「ははは。まぁこの辺をウロウロしてたからなー」

「そうなんですか。じゃぁもうベテランじゃないですか」


 まぁ、そう言われて悪い気はせんし、ちょっと鼻高々になってた。


「いつからパキスタンに居るんですか?」

「えっと、パキスタンに入国したんは6月の14日やったかなぁ」

「めっちゃ長いですね。いろいろと話しを聞かせてくださいよ」


 と言う事で、僕はパキスタンに入ってからの話をちょっとだけ盛りながら話す。特にアフガニスタンに入った事や、Darraダッラで銃を撃った話は盛り上がった。


 そんなこんなで話が盛り上がってる時に、ドアがノックされた。一人がドアを開けてみると、高校生位の若い男子が居った。


「さーどうぞ」


 と中に入れて、座ってるとこを詰めてみんなで座る。


「こんにちは」


 その少年はやっぱり高校生やった。バイトで貯めたお金で旅をしてて、この後インドまで行って日本に帰るとか。


「高校生やのにすごいねー」


 とみんな感心してけど、


「でも、どこも観光してないんですよー」


 と少し悲しそうやった。

 よう話を聞いてみると、旅に出るために親に許しを乞うたんやけど、8月20日にある模擬試験までに帰って来ると言う条件付きで許可されたらしい。そやから殆ど観光もせずに移動だけしてるとか。でも流石に疲れてきたらしく、ギルギットでは2泊してゆっくり休養するらしい。


「いつ日本を出たの?」

「うーん。まだ日本を出て7日目かなぁ」


 というのを聞いてみんなでびっくりしてた。


「私も急いで来たけど、日本を出たのが7月14日だから……、それでも3週間目よ」


 と日夏っちゃんが言うてる。それでも早いと思う。


「僕なんか日本を出て3ヶ月目ですわ」


 と言うと、それはそれで凄いなぁと言われてしもた。

 そんなんで少年の今までの経緯をみんなで聞いてたら、またドアをノックする音が聞こえてきた。近くに居った僕がドアを開けると、そこに立ってたんは見窄らしい格好はしてるけど明らかに日本人の青年やった。


「こんにちわ……」

「ああ、どうも……。こっちへどうぞ」


 目は虚ろで生気が無い。手にはコンビニの袋を一つもってるだけやった。


「どうしたんですか? しんどいんですか」


 みんな口々に彼の事を心配した。


「大丈夫ですが、ちょっといろいろ有りまして……」


 ベッドに座って貰ろて、詳しく話を聞いてみる。

 彼が言うには、南部のKarachiカラーチからラワールピンディ行きのバスに乗ってて、もうすぐラワールピンディに着くって時に隣の席のパキスタン人にパックのジューズを貰ろて飲んだらしい。その後、記憶が無くなってしもてラワールピンディに着いて目を覚ましたら荷物が無くなってたそうや。

 お金はパスポートと一緒に懐に入れてたトラベラーズチェックが幾らか残ってたそうやけど、現金は荷物と一緒に全部取られたらしい。


「そんな事があるて聞いたことあるけど、ほんまに遭うた人は初めてみたわ」

「そうなんだぁ、かわいそうに」

「何か要るものがあったら分けて上げようよ」


 日夏っちゃんの提案で各自余ってるもんを持ってきて彼に渡す事にした。

 僕は余分のTシャツと荷物を入れる為の防水の袋を彼に差し出した。靴下やタオル、新品の歯ブラシにビニール製のレインコート等、一通り旅が出来る物が集まった。この青年はこの後中国に抜けると言う事なんで、高校生が中国のガイドブックを渡してた。


「ほんとうにみなさん、ありがとうございます。やっぱり日本人っていいなぁ」

「困ってる時はお互い様やで」

「もし良かったら一緒に中国まで行きましょう」

「助かります……」


 しみじみと同胞のありがたみを感じてる青年。


「こんだけ沢山の日本人が集まってるのも何かの偶然。よかったやん」

「ええ、さっきバスターミナルで会った人に、このホテルは日本人が沢山居るからと紹介されたんですよ」

「あっ。それって多分、三雲さんや」

「ええっ! 三雲さん居ったん?」

「ええ。今朝、ここを出て行ったんです」


 そうなんや。今朝まで居ったんやぁ。


「わぁ、会いたかったなぁ」

「三雲さんを知ってるんですか?」

「うん、Pasuパスーで一緒に山を登ってな、ほんでここのホテルも紹介してん。しかもやで、なんと北京でも会うてたんよー」

「わぁー、何と言う偶然!」

「本当に人の縁ってのは何処で繋がってるのか分かりませんねー」

「ほんまやね」


 何かの縁で偶然集まったんやし、晩飯はみんなで食べに行こうということになった。


 晩飯にカフェまでみんなで行くと、オーナーが沢山の日本人を連れてきてくれたとえらい喜んでくれた。そのお礼やとみんなにクビデをサービスで付けてくれた。

 晩飯を食べ終わった後、日が暮れて真っ暗になった道をホテルに向かって歩き始めると、何故かみんなは僕にお礼を言うんで、なんとなくええ気分になってしもた。みんなにここを紹介して良かったと思た。


 ホテルに戻って来てからも5人の部屋に集まって、みんなの旅の苦労話やびっくりする様な出来事で盛り上がってると、本日3度目のドアをノックする音が聞こえた。もう時間は8時を回ってるのに何事やと思てドアを開けると、2人の中年のおじさんとおばさんが立ってる。見てくれは日本人っぽい。


「こんばんわー」

「あっ、こんばんんわ」


 やっぱり日本人やった。これで12人もの日本人がこのホテルに集結した事になった。



 つづく

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