198帖 幼馴染みぃ!

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「なぁ、憲ちゃんとちゃう?」

「へっええ!」

「やっぱり憲ちゃんやん」


 そう言われても……。


 僕は頭の中の「女の子顔データベース」でこの子を照合してるけど、こんな美人に見つめられると緊張して正常な判断が出来へん。


「えーっと……」

「もうー忘れたぁ」

「えっと、どちら様でしたか、ねぇー」

「何を言うてるの、わたし。みゆきですー!」

「あぁーあ」


 とは言うものの、みゆきって子がデーターベースから出てこうへん。


「もう、分かってないでしょう。日夏みゆき!」

「ええっ、日夏っちゃん?」

「そうよ、もう……。このパターン2回目やで」


 幼稚園で同じ組で仲良く遊んだ事があって、小・中学校は別やったけど高校でまた一緒になった事がある。所謂「幼馴染み」ってやつです。


「ああ、そうやなぁ」


 9年ぶりに高校で会うた時も初めは誰か分からんかった。


「ほんまにもう、判らんかったん?」

「いやー幼稚園の時はまーるい顔してたし……」


 確か、まるくて可愛かった。


「高校の時に会うた時は、スラッとして綺麗になってから……」


 高校では僕は理系クラスで日夏っちゃんは文系クラスやったから同じクラスになったことないし、たまにしか顔を合わせた事はなかった。


「ほんで今はどうなんよ」

「いやぁ、更に綺麗になってて……。なんでこんな美人が僕の事を知ってるんやろうって不思議やってん」


 それはほんまや。


「うーん。まぁそれやったら許したるわ」

「ほんまにべっぴんさんになったから分からんかったんやで」

「そやけど幼馴染みの顔を忘れるやなんてひどいやん」

「ごめん……」

「ちょっとちょっと、日夏さんって関西出身だったの」

「うん、そうよ。滋賀よ」

「ほんとうー。今の関西弁は凄く怖かったよー」

「そんな事は無いわよーん」

「えっと。どちらさん、ですか?」

「ああ、この人ねぇ、高島さん。喀什噶爾カーシェーガーェァー(カシュガル)から一緒なの」

「はじめまして」

「こちらこそ、北野です。よろしくです」


 この男性、高島さんはカシュガルのホテルで日夏っちゃんと会うて、それから一緒に行動してる26歳のフリーター。


「でも不思議だね。こんなパキスタンの山奥で幼馴染みに会うだなんて」

「ほんまですわ。ぎょうさん日本人に会いましたけど、まさか初めて会う滋賀県人がよりによって……」

「何それ、どういう意味よー」

「いや、普通ぅー近所の人に、ましてや同級生に合わへんやろう」

「まぁそれだけ世間は狭いって事だね。いやー面白い」

「ほんまですわー」

「わたしも幼馴染みに会うとは思ってへんかったよ。ほんで憲ちゃんはこれから何処行くん?」

「ちょっとその『憲ちゃん』ってのは止めてくれへんかなぁ」

「はは。それやったら北野くんやったええ?」

「まぁそれなら」

「北野くーーん。ほんで何処行くの?」


 なんかむかつくなぁ。


「パキスタンの後、イランへ行って、イラクに行くねん」

「ええっ! そうなん。めっちゃ嬉しい」

「えっ、な、なんでっ?」

「一緒にイランへ行く人探しててん。それも男の人。えっとなぁ……」


 なんでもイランは女性の一人旅は出来へんらしい。高島さんはイランへは行かずパキスタンの後はインドに向かうさかい、ほんで一緒に行ってくれる男の人を探してたとか。


 日夏っちゃんはイランに行くのが目的やのうて、最終目的地はポーランドや言うてる。東京の外国語大学ロシア語学科を卒業した後、別の東京の大学の大学院に行ってて、9月からポーランドの大学に留学するから荷物はもう送ってあるし、折角なんで日夏っちゃん自身はシルクロードを通ってポーランドまで行くとの事。


「ふーん、そうなんやぁ。わざわざ大変な事を選んだんやなぁ」

「うん。だって面白そうやん。だから……、その……、一緒にイランに行ってくれへん」

「うーん……」


 別に構わんのやけどなぁ。


「なー、お願い。昨日Sostスストに泊まった晩に、綺麗なお星様にお願いしててんよ」

「なんて?」

「一緒にイランへ行く人が見つかりますようにって!」

「意外と可愛らしいとこあるんやなぁ」

「それってどういう意味よ。もう。とにかくそれが叶った訳。だから一緒に行ってよー。お願い!」


 まぁこんな美人にお願いされることもあんまりあらへんし、これから暫く一緒に居るんやったら「何かええことでもあるかなぁ」と下心が全く無かった訳でも無いけど、別に断る理由も無いし承諾することにした。


「ほんなら一緒に行こか」

「ほんまぁ。おおきに! 憲ちゃん」

「だから……」

「ごめんごめん、北野くん! そしたら明日の出発でいい?」

「何っ! 明日かぁ」


 もう少しこのフンザでのんびりしたいねんけどなぁ。


「うん。だって9月までにポーランドに行かないといけないから……」


 もう1ヶ月もないんか。しゃぁないなー。


「分かったわぁ。ほんなら明日は……、GilgitギルギットMedinaマディーナ Caffカフェで一泊やな」

「マディーナ カフェ?」

「おお。そこはホテルもやってて安いねん。それにオーナーも知ってるし」

「うん、分かった。そしたら今日は早く寝るね」


 その後オーナーのじいさんに事情を話して明日立つ事を言うと、えらく寂しそうにしてた。もう2度と会えへんやろうし僕も悲しくなってしもて、日夏っちゃんや高島さんが食堂から出てった後もじいさんと二人でいろいろ話し、チャイを飲みながらお別れ会をした。


 ほんまに僕のじいさんの様な気がしてきて、夜が更けるまで最後は涙を流しながら喋ってた。



 つづく

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