195帖 脱出
『今は昔、広く
少し高いとこまで登ってきて辺りを見回し、カラコルムハイウェイへ戻る方策を探した。このまま
ほんなら氷河の対岸はどうやろ。上から見た分には1キロ以上の幅がありそうや。それに氷河の上は決して平らや無いし、容易には横断出来そうにない。
それでも鞍部まで登って戻る事を思たらマシかも知れんと氷河の北岸を眺めてると、向こう岸でも所々で土砂崩れが起こってるんが見える。
氷河は生きてるみたいやった。少しずつ蠢きながら周りの山を削り取り、水と土砂を運び、そして溶けて無くなる。こんな事が大昔からずっと続いてるんやと、自然の偉大さを感じるにはいられんかった。
そやけど現実問題として、どうやってここを脱出するかを考えなあかん。どないしよかなぁと思てたら、三雲さんが何かを見つけたみたいや。
「あれは人とちゃうやろか?」
「どれですかぁ」
「氷河の手前の東の方に、黄色いもんが見えへんかぁ」
確かに小さい黄色いもんが動いてる。赤や青の服も見えた。間違いなく氷河の上を歩いてる人や。徐々に上流に向かって動いてる様に見える。
「人が居るちゅうことは、あそこまで行ったら戻れるんとちゃうやろか」
「ですね。もしかしたらあそこにルートがあるんかも」
なんとか助かりそう!
僕らは急いで下へ降り、氷河の上に登るとこを探す。暫く歩くと氷河が大きく崩れてるとこがあり、そこから上がって行けそうや。
そう思て割れた氷の塊を一つずつ乗り越え、氷河の真ん中に向かって進んだ。
氷河の表面はかなりでこぼこで、10メートル位の氷の丘を登ったり下ったりして進む。振り返るとだいぶん岸から離れてきた。そのまま30分程進むと、氷河の大きな窪みで4人のパーティが休憩してるとこまで来れた。
欧米人らしき人が3人とガイドのパキスタン人やろか、僕らを見つけると手を上げてきた。
「ちわーっす」
「こんにちは」
「村から来たんですか?」
「そうだ」
「ほしたら、こっちに行けば村に戻れますか?」
「そうだな。このまま北東に進み、向こう岸についたら直ぐに
「やったー。帰れますよ、三雲さん!」
「おお、よかったなぁ」
「私が赤いスプレーでマークしてあるから、それを順番に戻るといい」
と、ガイドのパキスタン人が教えてくれた。
「それは助かります」
「そうだけど急がないと日が暮れるぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
僕らは彼らの足跡を頼りに進んで行く。その途中に赤いマーカーで印がある。次のマーカーを目指して幾つもの氷の丘を越えて行った。
途中でマーカーを見落とし行き止まりになって戻ることもあったけど、なんとか日暮れまでには北岸に辿り着ける事が出来た。
「やっぱ土の上は歩きやすいなぁ」
と、久々の土の感触を喜びながら坂道を下って行くと南の方にジャハナバードの村の明かりが見えてきた。
モレーンを下り、やっと氷河から脱出出来た。平地のカラコルムハイウェイに出たんは陽も暮れた7時過ぎやった。
そこからは平坦なハイウェイをただひたすら歩くだけ。お腹も空いてきたけど行動食は残ってへんし、「ホテルに着いてカレーを食べよう」と励まし合いながら最後の力を振り絞って先を急いだ。
月明かりの中、ジャハナバードの村を過ぎ、大きな尾根に近付いてくると
僕らは無事、8時半前にホテルに帰って来る事ができた。
「ただいまです」
「おおミスターキタノ! おかえりなさい」
「お腹空いてるんですけど、何か食べられますか?」
「もちろんだ」
今日の客は僕らだけみたい。僕らは部屋にも入らず、直ぐに食堂のテーブルに着く。ほんで食事が出来るまでの間、コーラで乾杯や。
「お疲れさんでした」
「お疲れさん」
「いやー、一時はどうなるかと思いましたわ」
そう言うと僕はコーラを一気飲みした。
めっちゃうまい! 生きてるー!
「僕はそんなに心配してへんかったけど」
「まじっすか」
まぁ、三雲さんが不安にならん様に黙ってはいたんやけど……。
「そりゃそうや。山登りのベテランが居るんやし。そやけど、ほんまに面白ろかったわ。もう一本コーラ飲むかぁ。奢るでぇー」
「おおきにです!」
ほんまはビールでも飲みたいところやけどパキスタンにはあらへんし、再度コーラで無事の帰還を乾杯した。
オーナーがカレーを持って来てくれたんで、それをがっつく様に食べる。辛いけどなんかホッとしてめっちゃ美味しく感じた。
食べ終わって甘いチャイを飲みながらゆっくりしてると、再びオーナーがやって来た。
「ミスターキタノ。手紙が届いてるぞ。
ええっ、手紙!
「おおきに……」
と言うて受け取ったんは赤と青の模様のあるエアメールやった。宛先はフンザホテルになってるけど、宛名は僕や。切手は日本のもんやったし直ぐに裏返して見てみると、差出人はなんと美穂やった。
手紙を送ってくれたんや。
今直ぐにでも読みたかったけど三雲さんが居る手前、後でこっそり読む事にしてそっとウエストバッグの中にしもた。
でも僕のニヤニヤした顔を見て分かったんか三雲さんは、
「もしかして、彼女からの手紙か?」
とズバリ当ててきた。
「ええ、まぁそんなもんです」
と平静を装ってたけど、内心は飛び上がるほど嬉しい気持ちで一杯やった。
つづく
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