カリマバード(フンザ)→パスー
191帖 バスの上は特等席
『今は昔、広く
7月25日の木曜日。
昼に三雲さんとホテルを出て坂の上のレストランで昼食を食べながら、村の散策プランと
その後また非公認ガイドをして村を散策。三雲さんは工事中の
次に一旦
晩飯の時に、オーナーのじいさんにこれからの予定を話す。
「明日から一旦パスーへ行ってきますね」
「氷河を見に行くのか?」
「はい。パスーで一泊して山に登ります。山の上ではテントで一泊して、次の日にパスーに戻る予定です。その後、僕はまたここへ戻ってきますよ」
「おお、そうか、そうか。それならパスーでは
「バツーラホテルですか」
「そうだ。わしから連絡しておいてやるよ」
「おおきにです」
「気を付けてな」
「はい」
「また帰って来るんだよ」
「もちろんです」
7月26日の金曜日。
朝飯を食べてから、じいさんに見送られて僕らはガニッシュに下る。まだはっさんの店は開いてへん。
バス停で待つこと1時間。10時前にギンギラバスがやって来た。
僕らはバスの後部にある梯を登り、荷物でいっぱいの屋根を前の方に行ってキャリアの上に荷物を置いて座ると、バスの屋根をコンコンと蹴った。
バスはゆっくりと動き出す。
「なんかめっちゃ面白ろいなぁ」
「ほんまですね。こんなとこに乗ったんは初めてですわ」
バスは右に左に大きく曲がると、身体も左右に揺れる。しっかりキャリヤのバーを掴んどかんと落ちてしまいそうや。
橋を渡り、坂を登り終えるとバスはスピードを上げた。
朝の風が涼しく気持ちええし、眺めも最高や。
下にフンザ川を見ながら幾つかのオアシス村を過ぎ、
「三雲さーん、絶景ですねー」
「ほんまやなー。こんな経験めったに出来んわー」
三雲さんの顔は少し興奮気味で、めっちゃ嬉しそうやった。
ただグルキン村を越え、道まで流れ込んでるグルキン氷河のせいで悪路になってるとこをバスが通過する時は、屋根に居る僕らには地獄やった。バスが左右上下に揺れると、ジェットコースター並に身体が揺れる。何度か身体が中を舞う。僕らはバーをしっかり持ち耐えながら笑うしか出来んかった。なかなかハードなアトラクションやったけど、数分で無事に通過する事ができた。
アトラクションから10分程でパスーのオアシス村に入ったけど、バスは止まらん。
「あれ、村を通り過ぎてしもた」
「もしかして、忘れられてるんとちゃうやろか」
目の前に大きな尾根が迫ってくる。
「あの尾根を回っても止まらんかった屋根を叩きますわ」
そう言うて不安になってると、尾根を回った所にも平地が開け、建物も見えてきた。その最初の建物の前でバスは停まる。
僕らは荷物を持って降りて見ると車掌がやって来て、
「ここがホテルだ。では3ルピー払ってくれ」
と言われた。あれ? 5ルピーって言うてへんかったかなぁと思いながらも3ルピーを払うと、車掌はバスに乗り込みそのまま行ってしもた。
「なんか2ルピー得した気分やなぁ」
「ほんでも15円ぐらいですからね」
「そやな」
僕らは荷物を担ぎ、道路を渡る。「Batura Hotel」って看板があったんで、僕らはホテルに入った。
「アッサラームアライクン」
「アッサラームアライクン」
「あなた達はヤパンですか?」
「はい、そうです」
「ミスターキタノか?」
「はい、僕が北野です」
「おお、よく来たね。フンザホテルのオーナーから聞いてるぞ。さー部屋へどうぞ」
「えっと、宿泊代はなんぼですか?」
「今日は無料だ」
「えっ! なんでですか?」
「フンザホテルのオーナーは古い友人だ。今日はサービスさせてくれ」
「なるほど。ありがとうございます」
じいさんのお陰でタダで泊まれる事になって嬉しかった。帰ったらじいさんにお礼を言わなあかんなあ。
「なんかめっちゃ優遇されてるなぁ。パキスタンに来て正解やわ」
「そんなに中国では大変やったんですか」
「そりゃもう寄ってくる中国人は全員詐欺師やったからなー」
「そうなんや」
中国でどんだけ不幸な事に遭遇してきたんやろと思いながら部屋に移動する。
共有スペース兼食堂には、5,6人の欧米人がのんびりと寛いでる。僕らを見かけると気さくに手を上げて挨拶してきたし、僕も軽く手を上げといた。服装からしてどうもトレッキングに来た様な感じの人らや。
「あいつらも山屋みたいですね」
「山屋ってなんや?」
「ああ、山登る連中のことですわ」
「おお、格好ええがな」
「そやし明日から三雲さんも山屋ですよ」
「そやけど靴が普通のランニングシューズやしなぁ」
結構細かいとこを気にするんや。
「別にどうってことないですよ」
「そうかぁ」
「まぁリュックが一流メーカーやし、大丈夫ですって」
「ほんまかぁ」
部屋は小さなツインルーム。窓から外を見ると、すぐそこにフンザ川が流れてる。ホテルの裏はすぐに川やった。荷物を整理するとチャイでも飲みに行こうと食堂に向かった。
テーブルに着きチャイを頼む。ふとテーブルを見ると、ビニールシートの下に地形図が敷いてあった。
ここら辺の2万5千分の1の地形図でトレッキングルートなんかも点線で描かれてる。まさかこんな辺鄙な所の詳細な地図があるとは思ってへんかったんでびっくりした。
その隣にはこの辺一帯の地質図もあった。何処が発行してるんかと思て欄外を見てみると「
そやけどこんなもんがあるとめっちゃありがたい。僕は大学で理科教員の資格も取るために地学も取ってたし、それ以上に地質に興味があったさかいにマジマジと見てた。
暫くするとおっちゃんがチャイと見覚えのある日本製の大学ノートを持ってきてくれた。
「これなんや?」
「そのノートは情報ノートと呼ばれてるんですよ。主に日本人が旅の情報を次来る奴の為にいろいろと書いてくれてます」
「へー、面白いやん」
三雲さんは、ぱらぱらと捲ってノートを読んでる。僕は引き続き地形図を見て、明日からのトレッキングコースのイメージを作ってた。
氷河を見るトレッキングだけやのうて出来たら
トレッキングコースから少し離れるけど等高線の混み具合からみて登頂可能な山があった。
「三雲さん、この山に登りませんか?」
「どれやぁ」
「これです。
「おお、凄いやん。でも僕は良う分からんから任せるわ」
「了解です」
僕は計画を立ててみる。1日目にパスー氷河から入り、標高三千メートルの鞍部で幕営して、次の日の朝に空荷で頂上をアタック。降りてきたらテントを撤収して、バツーラ氷河側に降りてパスーに戻る。
これでなんとかなりそうや。パトゥンダスの頂上からやったらいっぱい山も見えそうやし、丁度ええわ。
「ところで、水はどうすんのや」
と、三雲さんが質問してくる。食料は買うたけど、なんと水は忘れてた。
「あっ、水買うの忘れてましたわ。やっばいなー」
「ほんなら汲みに行こか」
「ええっ」
「ここに水が湧いてるって書いたるで」
情報ノートには湧き水の在り処が書かれてる。水無しでは登れんし、めっちゃやばいとこやった。
「おお、三雲さんナイスです。後で見に行ってみましょう」
「うん」
チャイを飲み終わった後、まだ夕方まで時間があるし僕らはホテルを出てブラブラと湧水を探しに行った。
情報ノートに拠ると、ホテルからカラコルムハイウェイを5分程南に行き、河原に降りると土手から湧いてるらしい。
その通りに行き広い河原に降りて見ると簡単に湧水を見つけるとこができた。そんなにガバガバ湧いてる訳でも無いけど、明らかに地面から湧いてる。灰色に濁った水と違ごて無色透明の水が湧き出てた。
シェラカップで掬って飲んでみると、その水は冷たくて美味しい。三雲さんにも飲んで貰らう。
「おお、ええやん」
「これで水は確保出来ましたね」
「よっしゃ」
「さっき地形図を見てましたけど、結構キツイ登りもありますよ」
「まじかぁ」
「でも、1日目はそんなに登らんし、ゆっくり行ったらええですわ」
「うん、分かった。明日が楽しみやなー」
「えへへ。天気が良かったら景色もええと思いますよ」
「明日も晴れるやろうー」
「ですね」
今日も雲一つ無い快晴やし、明日も天気は心配ないやろうと思いながら僕らはホテルに戻った。
つづく
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