189帖 非公認ガイド

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 7月23日、火曜日。

 僕は朝早くに4人に起こされる。もっとゆっくりしたいねんけど……。


「どっか行きたいとこあるん?」


 食堂でオーナーのじいさんが作ってくれた卵焼き、ナン、サラダ、チャイの朝食を食べながら、4人と喋ってた。


Hunzaフンザ(カリマバード)をぐるっと回ってみたいですね」

「おお、ええで」

「フンザの村の見える所ってあります?」

「この村が見えるとこやな」

「はい」

「あるよ。いっぺん降りなあかんけど」

「なるほど、いいっすよ」


 お前らはええやろうけど、僕はしんどいねんけどなぁ。


「他にある?」

Baltitバルティット Fortフォートも行きたいですね」

「今工事中やし、中は見られへんで」

「そうなんですか。でもいいですよ」


 僕を完全に現地ガイドやと思てるやろ……。


「それぐらいですかね」

「氷河とか山は見んでもええんか」

「ああ、折角ですから見てみたいですね」

「おっしゃ分かった。ほんなら始めにバルティットフォート。その後、氷河を登ってUltarウルタル見に行こか」

「なるほど、流石はフンザの主ですね」

「あほー。主ってなんやぁ。長いこと居るだけやで」

「それが主なんですよ」


 うーん、主かぁ。もっと格好ええ言い方無いんか?


「まぁええわ。ほんで、降りてきたらお土産屋さん行こか」

「おお、いいですね」

「お土産屋さんあるんですね」

「あるで。ほんで昼飯や」

「どこで食べるのですか」

「この上のレストランにしよ」

「なんかツアーみたいですね」

「あはは。僕は一人で開拓したんやぞ」

「凄いですねー」

「流石っす!」


 なんかうまいこと言われて使われてるみたいやなぁ。


「ほんでから降りて、川の向こうまで行くで。村全体が見えるええとこがあるんや」

「いやーいいっすね」

「助かります」

「ありがとうございます。それでガイド料は……」


 ガイド料を払うつもりやったんかいなぁ。


「そんなんいらんよ。プロちゃうし」

「ほんとうですか。すいません」

「いや、ええよ。暇やし」


 貰ろといた方が良かったかな。


「早よ食べや。買い出しして山へ行くで」

「買い出しって何ですか?」

「まぁ、おやつと飲み物や。腹減るしなぁ。それと遭難した時の為や」

「まじっすかぁ」

「いや、それは冗談や」

「なーんだー」

「でも、行動食は有ったほうがええわ」

「おお、本格的ですね」

「そっかぁ……」


 こいつら山登りしたこと無いなぁ。


 僕は自分の食べた食器を奥へ持っていく。


「ごちそうさんです」

「おお、ありがとう」

「もう一人のおっちゃんはどうしたんですか」

「ああ、あの役立たずは里に帰したよ」


 と、じいさんは下を向いて怒った様な表情になってる。やっぱり昨日の喧嘩は、無口のおっちゃんがヘマして怒られてたんや。


「そうですか……」

「食器はそこに置いておくれ」

「はい」


 そやけどじいさん一人でやっていけるんやろか……、なんてホテルの心配までしてしもたわ。


 一旦部屋に戻って準備をする。そう言えば、身体がなんとなく軽い気がする。ダラダラしてんと早起きして朝飯も食べなあかんなぁと思た。


 僕は気合を入れて、部屋を出る。4人を連れてホンマのガイドみたいに見聞きした事を伝えながら歩く。バルティットフォートはまだ工事中やったけど、氷河までの道を間違えんかったし、天気もよくてウルタルもしっかり見られた。昼飯も満足してくれたし、フンザ川の向こうからの景色もバッチリ見られて喜んでくれた。


 なかなかええコーディネートやと思てたら、ホテルへの帰りの登り坂で一人が捻挫してしもた。なんで登りで捻挫すんねんと思たけど、そんなに大した事なかったし肩を貸してあげてホテルまで帰ってくる。あの冷たい氷河水で冷やしてやったら、そんなに腫れることも無かった。明日、Gilgitギルギットに向かうて言うてたけど、なんとかなるやろう。


 晩飯を食べ終わってからは、食堂に置いてあったトランプで「大富豪」をする。なんでかこれが結構盛り上がってしもた。最後はレクレーションまでやらなあかんかった。


 そんなんで「非公認ガイド」の僕の一日が終わる。



 7月24日の水曜日。今日も5人で朝飯を食べる。やっぱり無口なおっさんは居らんかった。

 昨日捻挫した奴はまだ足を引きずってたんで、そいつの荷物を僕が持って麓のGanishガニッシュまで降りる。バスを待ってる間、4人をはっさんの店で買物させ、やっぱりガイドっぽいことしてるわ……と思て一人でニヤついてた。

 待つこと1時間でバスがやって来る。


「ギルギットに着いたら、Medinaマディーナ Caffカフェのオーナーに宜しく言うといてや」


 と言うて見送り、非公認ガイドの業務を終了した。


 折角降りてきたし、はっさんも居るこおとやから僕ははっさんの店の中に座らせて貰ろてグダグダと世間話を楽しんだ。

 出稼ぎの話や彼女の事を聞かせて貰う。逆に聞かれた日本の事を一つ一つ説明して時間を潰してた。ほんまにすること無いなぁと思たけど、こうやってはっさんと話をしてるんがなんか落ち着く感じがする。

 そう思うと、また多賀先輩の事を思い出してしもたわ。多賀先輩と別れてこっちに来た事は後悔してないけど、やっぱり話相手が居らんと寂しくなってしまうんやなぁと自分の弱さをまた一つ見つけてしもた。


「北さん、そろそろ昼飯でも食べに行かなか?」

「もうそんな時間かぁ。ほんなら行こか」


 店をほったらかして、僕らはレストランに向かって歩き出す。

 店を出た丁度そん時、白いワゴンのバスが停まった。バスから一人の日本人らしいバックパッカーが降りてきたんで僕は声を掛けてみた。


「こんちはー」

「あっ、こんちは」

「あっ?」

「ああっ!」


 なんかジッと顔を見つめられてる。


「えーっと、どっかで会いましたよね」


 うん。どっかで会うた?


「あれ? どこでしたっけー」

「うーん」

「うーーん……」


 二人とも思い出せんへんかったけど、なんか二人で笑い出してしもた。


「まぁ取り敢えず飯でも食いに行きませんか」

「ああ、ええっすよ。行きましょか」


 僕らは3人で、先日行ったレストランに向かって歩く。その間、何処で会うたか考えたけど、なかなか思い出せんかったわ。


 どこで会うたんやろう……。



 つづく

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