カリマバード(フンザ)

185帖 サービス

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 Hunzaフンザ Hotelの前ではっさんがクラクションを鳴らすと、オーナーのじいさんが出てきた。


「おお、なんと言うことだ。我が息子よ、よくぞ戻ってきた」


 じいさんは満面の笑みを浮かべ僕の事を「息子」と呼び、めっちゃ歓迎してくれたんで僕はじいさんとハグをして再会を喜んだ。

 おじいさんは相変わらず元気そう。それに対して僕は暑さや長旅で精神的に限界まできてたと思うけど、このじいさんに会えて少しホッとしてる自分が居った。故郷と言うか実家に帰ってきたみたいな感じや。


 再会を喜びながら宿泊手続きをしに食堂に入り、ついでにチャイを頼む。


「ここにはどれ位居るんだ」

「そうですねー。暫く……、1週間位は居たいなぁ」

「そうか。それはいい。是非ゆっくりしていってくれ」


 そう言いながらじいさんはニコニコして僕が宿帳に記入するのを眺めてた。宿帳を見てみると今日は結構な人数が宿泊してるみたい。natioナショnalityナリティの欄を見てみるとドイツ人にアメリカ人、オーストラリア人にカナダ人、それに僕以外に2人の日本人が泊まってる。


 うーん、白人が多くて緊張するなぁ……。


 以前とまった時のトラブルを思い出しながら記入した後、チャイを飲み食堂の様子を懐かしいなぁと見てたら何か違和感を覚えた。なんやろなぁと思てもう一度見渡すと、食堂にある時計と僕の腕時計が指し示す時間が違ってることに気付いた。僕の腕時計が4時54分なのに対し、食堂の時計は4時半を示してる。


「時計が遅れてますよ」

「そうなんだ。電池は大丈夫なんだが長針が動かなくなってしまったんだ」

「ああ、なるほど。ちょっと見てもええっすか?」

「いいとも」


 僕は壁に掛かってる時計を外してみる。なんと長針がブラブラと自由に動いてる。よく見ると長針だけ少し浮いている様な感じやったから、僕はじいさんにドライバーを借りて分解することに。

 裏からネジを外し表のアクリル板を取り除いて長針を触る。

 やっぱりぶらぶら状態や。腕時計で時間を確認し、その時刻に長針を合わせて軸に押し込んでしっかり固定し、暫く様子を見る。するとちゃんと長針も動き始めた。


「修理できましたよ」

「おお、これはありがたい。私は良い息子を持って嬉しいよ。今日の宿泊費は無料にしたい」


 たった10ルピーやけど、僕はじいさんに甘える事にした。


「おおきにです」

「勿論、晩飯も無料だ」

「いえ、それは申し訳ない」

「いいんだ、そうさせてくれ。その方が私が嬉しいのだから」


 飯代の方が高いのに……。


「ほんなら、お言葉に甘えて」


 取り敢えず来週の水曜日までの6泊分60ルピー、日本円で凡そ420円を払ろた。


「では、部屋に案内するよ」

「ああ、自分で行きますよ。何号室ですか?」

「そうか。では2号室に泊まってくれ」

「分かりました」


 鍵を貰ろて別棟に向かう。相変わらずRakaposhiラカボシDiranディランの眺めは最高で、青い空に白い頂が映えてる。眼下に見える村や畑ものどかで、昔話しの様な風景に僕の心は癒やされる。都市部よりやっぱり農村の方が僕に合うてる様に思う。


 僕は一番奥の建物の2号室に入った。前回泊まった部屋と違ごてツインルームの割に広く、部屋の中にトイレとシャワールームがある。


 あれ! この部屋は20か30ルピーの部屋とちゃうんかなぁ。


 そう思たけど、これもじいさんのサービスなんやと納得し感謝した。

 その日の晩、夕食タイムの食堂は初めて見る多人数でテーブルを埋め尽くされてた。無口のおちゃんもオーナーのじいさんも忙しそうにしてる。

 そんなんを見てると手伝いたくなってしまうんは日本人だけやろか。僕は今晩の宿泊費と食費がタダにして貰ろたからええけど、あと2人の日本人は普通の宿泊客にも関わらず料理を運んだり皿の後片付けを自主的にやってた。その代わり、食後のチャイをサービスで入れて貰ろてた。


 僕ら日本人は、夜が更けるまで食堂で旅の話や情報交換で盛り上がる。オーナーのじいさんんは片付けが終わって僕らの所へやってきた。


「部屋に戻る時は電気を消して行ってくれ」

「ああ、もう戻りますよ」

「いいんだ。私はもう寝るけど、ゆっくり語り合うといい」

「ありがとうございます」

「おおきにです。おやすみなさい」


 じいさんは奥の自室に入って行った。


 僕らは引き続き暗い電球の下で話し続ける。

 昨日、中国からKhunjerabフンジュラーブ Pass(フンジュラーブ峠)を越えてやって来た関東出身の2人の学生はまだ旅慣れてないんか、いろんな事を僕に聞いてくる。僕はついつい得意になってしもて、あれやこれやと話し込んでしまう。ほんでも、いつもやったら多賀先輩と掛け合いでボケたり突っ込んだりして話してたけど、誰もボケてくれへんし突っ込みたくても突っ込み所が無く、盛り上がった割には関西人の僕はつまらんかった。


 多賀先輩が居てくれたらなぁ。


 そんな事で少し寂しく感じる夜やった。



 つづく

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