ラワールピンディ→カリマバード(フンザ)

184帖 北へ還る

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 とうとうひとりぼっちになってしもた……。


 これから頼る人は居らんけど初めからその予定やったからと何度も考えたのに、2ヶ月も多賀先輩と一緒に居ったさかいに込み上げてくるんはやっぱり不安と寂しさやった。


 Gilgitギルギット行きのバスは日本製のロングワゴン車に無理やり座席を増やしたもんで、僕以外は全員パキスタン人やったけどエアコンも効いてて快適。そやけど寝る時に頭を置く所が無く、車が大きく揺れるたんびに目が覚めてしもた。



 7月18日木曜日の9時にギルギットに着いた時は気分は爽やかで、やっぱり戻ってきて良かったと思う。


 次のKarimabadカリマバード行きのバスの発車時刻を確認すると、2時に出るらしいので、それまでMedinaマディーナ Caffカフェでゆっくりすることにした。


 マディーナカフェでは、相変わらずマスターが入り口のレジの所に立って、店の内外を見渡してた。

 僕が店の前まで来るとマスターが声を掛けてきた。


「おお、ミスターキタノ。ようこそギルギットへ」


 僕の名前を覚えてくれてる。


「こんちは。また戻って来ました」

「よく戻って来たなぁ。さー、カウンターへどうぞ」

「ほぼ1ヶ月ぶりかなぁ」

「そうだなぁ。そうそう、スペシャルメニューを食べるかい」

「何やそれ」

「パンケーキだ」

「いいっすね。それとチャイを下さい」

「いいとも」


 マスター自ら焼き始めた。焼くと言うよりナンの生地を大量のバターで炒めるって感じ。見た目はパンケーキやけど、バターがしっかり染み込んでめっちゃ美味しそう。


「今まで何処へ行ってたんだ」

「えーっと、ペシャワールとクエッタに行ってた」

「おお、なんと遠い所へ。それにしてもよく戻ってきたなぁ」

「ええ、北部が好きやねん」

「そうか。いいことだ。ところで今日はこの後どうするんだ?」

「今日は、昼からカリマバードまで行きます」

「そうか。そしたら少し時間があるね。私と道場に行かないか?」

「道場?」

「そうだ。私も空手をやってるんだよ。この前、キタノが道場に来たと聞いてびっくりしてたんだ」

「ああ、行きましたね」

「今度は、私と行かないか」

「いいですよ」

「ありがとう。これを食べたら早速行きましょう」


 出来上がったパンケーキとチャイを持って来てくれる。甘いバターの香りと塩加減が抜群でやっぱり美味かった。またそれがチャイとの相性がよく、久々にホッとする食事ができたわ。

 食べ終わって会計をしようとしたら、


「お金はいい。それより今から道場へ行こう」


 とお金を受け取らなかった。マスターは従業員に指示を出し、道着を持って僕と店を出て道場へ向かった。


 午前中の稽古は終わってたんで、道場の中は僕らだけや。マスターはまだ習いかけて1年も経ってないんでやりたくて仕方無いみたいやけど、蹴りや突きはそれなりに形になってる。僕も隣に並んで同じ様にやってみた。

 やり方は僕がやってた拳法とは全然違うけど、


「やはり日本人のキタノは上手だ」


 と褒めてくれる。一通り基本稽古をした後、マスターは僕が習ってた拳法を教えて欲しいを言い出す。


「そんなら僕がやることを見て真似して」


 一緒にまた突きや蹴りや払いの基礎からやる。まぁまぁ形になってきたとこで、今度は型を見せた。


「おお! これが前にここでみんなに見せた型なのか?」


 道場のみんなに聞いて知ってたみたい。


「そうや。一緒にやるか」

「はい、うれしいです。是非、教えて欲しい」


 それから30分掛けて動きを教える。ある程度出来たところで、今度は向かい合って演武の形式でやる。マスターはめっちゃ嬉しそうに、でも真剣にやってた。

 道場にきて2時間程経った。二人とも汗だくになって頑張った結果、ある程度の形は出来た。これにはめっちゃ満足したみたいで、


「お金が溜まったら、日本に行って拳法も習得したい」


 と、マスターは目を輝かせてる。拳法と違ごて日本料理を習得にしたらええのにと思たけど、それは言わんかった。僕も運動で汗を流したんは久し振りやったし、めっちゃ気持ちが良かった。


 稽古が終わるとまた店に戻り、僕はチャイとフンザスープをご馳走になる。これも久し振りの味でなんとなく懐かしく思てしもた。やっぱり帰ってきて正解や。


「キタノ、そろそろバスの時間だ」

「ああ、そうか。また来ますね」

「是非、来てくれ。また一緒に道場で汗を流そう」

「ええ、またやりましょう」

「待ってるよ」


 そう約束をして、僕は店を出る。


 ワゴン車のバスに乗り、順調に2時間でGanishガニッシュに着く。もうここまで来ると、涼しくてめっちゃ過ごし易そうや。

 僕がバスを下りると直ぐに声が掛かる。


「ヘイ! キタノさん」


 果物屋の四駆の兄ちゃんこと「はっさん」や。


「おお、はっさん! アッサームアライクン」

「アッサームアライクン。戻って来たのかぁ」

「そうや」

「良く戻って来てくれた。歓迎するよ。ああ、ちょっと待ってくれ」


 と店の奥へ消えて行ったと思たら、車に乗って出てきた。


「キタノさん、ここ見てください」

「どうしたんや」

「ここにカーステレオを付けたいのですが、何かいいのありますか」

「うーんどうやろう?」

「もし良ければ、キタノさんが日本に帰ったら、選んで送って貰えませんか?」

「それはいいけど、この車のバッテーリーの電圧は?」

「おお、バッテリーですか……。ちょっと待ってください」


 はっさんはエンジンを止めてボンネットを開けてくれた。覗き込んでみ見てみる。


「バッテーリーは12Vだね。それ用のやつを送るよ。スピーカーはあるの?」

「おお、スピーカーかぁ。ないです」

「一緒に送ろうか」

「はい、是非おねがいします。お金なんですが……」

「ああ、中古品で良ければお金はいらないよ」


 確か実家に弟が車から外したもんがあったと思う。


「そうなんですか。中古品でいいです。それは助かります」

「じゃー、日本に帰ったら送りますね」

「ありがとうございます。さー車に乗って。カリマバードまで送りますよ」

「いつもすいません」


 僕はまたはっさんにカリマバードのHunzaフンザ Hotelまで送って貰ろた。



 つづく

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