クエッタ→ラワールピンディ
178帖 ビザ延長物語・列車編
『今は昔、広く
7月10日の水曜日。9時半、クエッタ駅。
中山くんと南郷くんも今日が出発の日やけど、イラン国境行きの列車は午後なんでわざわざ見送りに来てくれた。もちろん柳川さんも。
「ほんまに今日までおおきにな」
「えーっと、ペシャワールからずっと一緒やったもんなぁ」
「そうですね」
「2週間も一緒に居ましたからね」
「そうか、そないになるかぁ」
「ほんまやなぁ。あのバス旅は今思い出しても苦痛やったな。南郷くん、しっかりレポートしといてな」
「はい、分かりました」
「そう言えば、日パ戦争なんかもやったなぁ」
「ああ、そういうのもありましたね」
「僕は、一緒に色んな所に行けてよかったです」
「そりゃ、僕もそうやで。鉄砲も撃ちに行ったしな」
「ああ、あれは面白かったですね」
昨日の晩飯でお別れ会と言うか、思い出語ろう会をしたはずやのに、次々と楽しかった思い出が浮かんできた。山中くんと南郷くんとは、ほんまに濃密な2週間やったわ。
「そしたら、そろそろ行くわ」
「はい、お元気で」
「もし間に合ったらイランで会いましょう」
「イランでウロウロしてますね」
「そやね、また会えるとええなぁ」
「北ちゃん、多賀ちゃん元気で頑張ってよー」
「はい、柳川さんもあんまり無茶したらあきませんで」
「はい、はいー」
「それじゃー、おおきにな」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「お世話になりました」
「さようなら」
「さいなら」
「ほなねー」
僕と多賀先輩は改札を通ってホームに出る。もう一度振り返って、3人に手を振った。みんな笑顔で手を振り返してくれる。ほんまにええ人らやったわ。
僕らは、ホームの一番南側へ向かった。これは機関車の写真を撮る為だけやけど多賀先輩には内緒。
ホームの端で待つこと10分程で濃緑色にクリーム色の帯が入った客車がディーゼル機関車の汽笛と共にバックで入線してきた。
まずコンパートメント(個室)らしき車両から入線してきて、次に寝台車、そして普通の客車が静かに入ってきた。そして6両目が過ぎたところからえらい汚れた客車が入ってきた。
8両目はなんと、昨日の新聞に写真が乗ってたのと同じ車両やった。
「多賀先輩、この車両ですやん」
列車強盗に襲われた時のままやった。
「あれま、いっぱい撃たれてるなぁ」
「かなり撃ち込まれてますね」
「悲惨やなー」
「なるべく後ろの方の車両に乗りましょか」
「その方がええかも」
取り敢えず機関車の写真だけ撮って、急いで後ろの車両へ移動する。始発駅ということもあって、座席は余裕で座れた。4人がけのボックス席はまだ人は少ないんで二人で独占できた。
そして列車は定刻通り10時に発車する。いよいよラワールピンディまでの約千四百キロの列車の旅が始まった。
ホームを出て踏切に差し掛かったとこで、あの3人が待ち伏せをして手を振ってくれてる。僕らを見つけると、とびっきりの笑顔で両手を振ってくれた。
「ありがとー。お元気でー!」
僕も見えなくなるまで手を振った。
列車がクエッタの街を抜けると、直ぐに視界が広がる。砂漠の中を走り、前方の山に向かってる。こうやって見るとクエッタの街が盆地やというのがよう分かる。
尾根と尾根の間を進み、高い山の手前で大きく左に曲がって川沿いを列車は進む。細い谷間をクネクネと走り、それを抜けると速度が上がって一気に高度を下げて行く。それと同時に窓から入ってくる風の温度も上がってきた。
坂を下り終えるとまた砂漠の中を走るけど、ちょっと様子が違う。列車はさっきからずっと高架の上を走ってる。暫く行くと川が見えてきた。砂漠やと思てたんは河川敷やったんや。向こう岸は霞んで見えへんぐらい広かった。
砂漠をひた走ると
シビを出てからは気温がどんどん上昇し、
駅に停まる度に物売りが乗ってくるけど、ついでに物乞いまで乗ってくる。缶や器を持って席を順番に回ってくるんやけど、乗客のみんなすんなりと硬貨を入れてた。それに習って僕らも入れた。小さな子どもも居ったし、片手や片足のない人も居る。それでも何故か女性は一人も居らんかった。
なかには列車が動き出してるのに降りへん物乞いも居る。切符は持ってへんはずやけど、次の駅までしつこく小銭を集めてた。
7時に
すっかり夜空になって星が輝いてたんけど、気温はまだまだ33度以上でしかもジメジメしてて、クエッタの乾いた空気が懐かしく思てしもた。
列車が動いてる間は窓から風が入ってくる。ただ、生暖かく湿ってて不快以外の何物でも無い。その空気の中に居るだけでも疲労が溜まっていくのが分かる。
疲労と満腹感で眠たくなってきたけど、乗客以外の色んな人が乗ってるし寝てる間に荷物を取られへんか心配で寝る訳にいかん。今晩ぐらい寝んでもええわと思てたのに、11時過ぎに時計を見たんが最後で僕の記憶は無くなってしもた。
つづく
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