177帖 ビザ延長物語・クエッタ編
『今は昔、広く
7月9日の火曜日。
昼前に起きたけど、柳川さんに会うたらどんな顔をして喋ったらええか分らんかったし、それに余り会いたくなかったんで僕は部屋でガイドブックを読みながらボーっとしてた。多賀先輩はさっきから机で何か書いてる。
「今日は何処行きます?」
「うーん、そう言えば昨日の夜に相談してへんかったなぁ」
「でしょう」
そう言いながらガイドブックを読んでたら、「パキスタンの1ヶ月以上滞在する人へ!」と言う項目が目に入ってきた。
そう言えば、パキスタンの来てまだそんなにいろんなとこを周って無いのに、もうすぐ1ヶ月が過ぎようとしてる。
「あかん! やばいですよ」
「どないしたんやぁ、いったい」
「パキスタンに来て、もうすぐ1か月過ぎますやん。ビザの期限が切れそうです」
「ええ、まじかぁ」
慌ててパスポートを見ると、パキスタン入国は6月14日やった。
「危ないとこですわ。あと5日で切れるとこですわ」
「ほんならどうしたらええんや」
「えっーガイドブックに拠ると、
「それって、クエッタにあるんか?」
「ちょっと待ってくださいよ……。あっ! ありました」
「何処や?」
「
「ほんまか。近くに郵便局はあるか?」
「えっ?」
「いや、今書いてる手紙を出したいんや」
「えーっと……、ああ、ありますわ。そのFROの近くに」
「よっしゃ。もうちょっと待ってや。書けたら行こか」
「はい」
多賀先輩は朝から手紙を書いてたんや。そう言えば……、僕は全然書いてへんなぁ。あはは、美穂に怒られそう……。
そろそろ書かなあかんなぁと思てたら、多賀先輩は急に立ち上がった。
「よし書けた。ほな行こか」
「あっ、はい」
外は何時ものようにキツイ日差しと乾いた風で心地よいと不快の中間ぐらいやった。レストランの前では柳川さんとばったり会うてしもた。
「何処か行くのー?」
「ええ、FROに行ってきます」
「FRO?」
「ああ、外国人登録事務所です。もうすぐビザが切れるんですよ」
「そうなんだ。じゃー頑張ってね」
「はい」
心配してたけど、至って普通で安心したわ。取り敢えずバザールに行き、朝昼兼用飯を食べることに。その後、FROに向かう。
FROは小さいけど立派な建物で、そのドアを開けて中へ入ると入り口横にはライフルをもった警官が睨みを効かせてる。結構沢山の人が来てて、その殆どがアフガニスタン人やと思う。
僕らはその列の最後尾に並んだけど、そこからが長かった。なんぼ待ってても列は進まへん。扇風機のおかげでそんなに不快ではなかったけど、立ってるだけでもしんどくなってきた。
「それにしてもなかなか進みませんね」
「むっちゃ遅いなぁ」
「そや、さっき書いてた手紙って誰に書いてたんですか」
「えっ。それは
「ええっ、『しみつ』ですか」
「そや」
1時間程で5,6人しか進まんかった。「えらい遅いなぁ」と思てたら、端っこの窓口からおっちゃんが僕らを呼んできたんで僕らはそっちの窓口に移動する。
「どうしましたか?」
「ビザがもうすぐ切れそうなんですが、延長してもらえますか」
「ちょっと待ってください」
一旦奥の上司らしき人の所へ行って相談してる。戻ってくるとおっちゃんは、
「大変申し訳けない。ここでは延長ができないんです」
「ええー! じゃぁ何処へ行けばええんですか?」
「ラワールピンディの外国人登録事務所に行って貰えますか」
「ラワールピンディ!」
「はい、そうです」
「分かりました……。ありがとうございます」
なんとまぁ、逆戻りかい!
でも延長せんことにはあと5日でパキスタンから出ていかなあかん。
「どうします」
「そやけど、行かなしゃーないわなぁ」
「ですよね」
「どうやって行く」
「うーん、一旦ホテルに戻って作戦を考えましょう」
「ほな俺は郵便局行ってくるし、先帰っといて」
「了解です」
僕はFROを出て急いでホテルに戻る。途中、バザール帰りの山中くんらに会うて、事情を話すと山中くんがアドバイスをしてくれた。
ラワールピンディまで列車でも2日掛かるらしい。そやけどそれが一番確実で早いとも言うてくれた。そやし僕は多賀先輩が戻って来たら切符を買いに行こうと思い部屋で待つことにした。
多賀先輩が戻ってきて直ぐに僕らは列車の切符を買いに駅に向かう。
駅の切符売場は中国みたいに大勢の人で溢れてることもなく、明日の10時発ラワールピンディ行きの列車の切符がすんなりと買えた。しかも、日本の学生証を見せたら効果を奏してなんと半額の75ルピーやった。もちろん多賀先輩は150ルピー。
ついでにと駅の下見をする。改札は自由に出入りできたし、ホームは下見をするほどでもなく一個しかなかった。暫く待ってたけどいっこうに列車は来うへん。久しぶりに「鉄ちゃん発動」したのに列車が見れなくて残念や。ちなみに線路は千六百七十六ミリの広軌やった。えへへ。
帰りに駅の売店で時刻表でも買おうかと思たけど、そんなもんは売ってなかった。時刻表を作る程そんなに列車がないのかな?
仕方がないので、安い新聞を買うた。当然ウルドゥー語は読めへんけど、読んでるフリをしながらホテルへ帰る。1面には偶然にも列車の写真が載ってる。記事の内容はウルドゥー語で読めへんかったけど、見出しは英語や。その見出しを読んで僕は足を止めてしもた。
「た、多賀先輩!」
「どうした?」
「クエッタ行きの列車が、強盗に襲われたそうですわ」
「なんやて」
「列車強盗です。ほら、この列車の写真を見て下さいよ。鉄砲で撃たれた跡がいっぱい付いてますで」
「どれ……。おお、ほんまやなぁ」
「でしょう。もし明日の列車も襲われたらどうします? 死者も出てますで」
「大丈夫やろう」
「ほんまですかぁ」
「せやかて、これ昨日やろ。そう毎日襲われへんやろう」
「ああ、なるほど」
まぁそんなに毎日はないやろうと僕も楽観的に考えることにした。
つづく
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