176帖 空しい夜
『今は昔、広く
それから山を下り、40分程でパキスタンとアフガニスタンとの国境に着く。
チャマンのバザールは平日の昼間にも関わらず結構な人で賑わってる。頭にターバンを巻いてる人が沢山居るけどパシュトゥーン人なんかアフガニスタン人なんかは全く区別はつかへん。女の人は頭から足先まですっぽりと布を被って歩いてる。やっぱり目つきは鋭く、おばさんでもめっちゃ美人に見えたわ。
僕らは適当な店を見つけて中に入り昼食にした。僕はチャブリカバブとパロウという焼き飯みたいなもんを注文した。チャブリカバブは羊肉のハンバーグみたいなもんで、少しパサパサしてたけど玉葱の甘みと香辛料か効いてて美味い。最後に甘~いストレートティーのチャイを飲んで締めにしたけど、まだまだお腹は満たされて無かったんで、僕は屋台でシシカバブーを2本買うて歩きながら食べた。
ここは、クエッタの日曜バザール程では無かったけど品数も豊富で活気がある。殆どがパシュトゥーン系の人で、偏見やないけど、どんな人も怪しく見えるんは僕だけやろうか。
バザールで目立ったんは
通りは馬車やロバ車も走ってたけど、目についたんは日本製のオートバイ。大抵がノーヘルの二人乗りで走ってて、タクシーみたいに客引きをしてるライダーも居る。大体が125ccのバイクやったけど、バザールにあるバイクの中古屋兼修理屋さんには250ccも売ってた。
とにかく日本人が珍しいのか、どの店でも前に立つだけで「何処から来た」、「仕事は何してる」、「持ってる日本製品を買い取るぞ」としつこく聞かれる。こちらも負けずに、おっちゃんはパキスタン人かアフガニスタン人かと聞いてみる。概ね屋台で商売をしてる人はアフガニスタン人と答えて、ちゃんとした店を構えてる人は
バザールの端っこの方の店の前には何人ものおっちゃんがしゃがんでる。何やろうと思て覗き込んでみるとそこは水タバコ屋さんの様で、みんな水タバコのパイプを咥え、白い煙を吹かしてる。
珍しそうに眺めてたら、
「おまえも吸わないか」
と誘われたけど、
「僕はこっちで」
と柳川さんから貰った日本製のタバコを出して、火をつけて吹かした。
おっちゃんらと何気ない会話をしてると、なんと店の奥から柳川さんが出てきた。僕を見つけると、なんか嬉しそうな顔をして寄ってくる。
「いいモノが手に入ったよ。後であげるからね」
とだけ言うて小走りにバザールの奥へ消えていった。なんやったんやろうと思いながらも、僕はまた店を冷やかしながら車の方へ戻っていった。
集合時間の2時に近づくと多賀先輩、山中くん、南郷くんと集まってきて、最後にご機嫌の様子の柳川さんが戻ってきた。車に乗ってクエッタに帰る。
水タバコ屋で会うてからの柳川さんは異様にテンションが高かったけど、それはそれで帰りの車中は盛り上がった。
昨日と打って変わって柳川さんの様子がおかしいと僕はずっと思てたけど、その訳が分かったんは晩飯の後やった。
晩飯をみんなで食べた後、
「北ちゃん、また後でゆっくりしようよ」
と柳川さんに誘われた。
「ええっすよ」
また月見でもするんかと思てた。
「じゃー、適当に僕の部屋に来てよ。待ってるからよー、来てね」
「あ、はい」
僕は一旦部屋に戻りシャワーを浴びる。
なんか昨日と違う柳川さんの様子が気になって仕方が無かった。
行くべきかやめるべきか?
ほんの少しやけど行ったらなんかヤバそうな予感がしてた。
シャワーを出てベッドに横になってからも、どうしようか迷ってた。
コン、コン!
「北ちゃん居る?」
「あっ、はい」
「おいでよ、待ってるからね」
「分かりました、今行きます」
タバコケースを持って僕は部屋を出た。中庭からはさっき昇り始めた白い弦月が見えてる。
「こんちはー」
と言いながら、柳川さんの部屋のドアを開けた。
「おう! いらっしゃい」
部屋は4人部屋で僕らの部屋より広く、中央にテーブルとソファーがある。ソファーに座る柳川さんの他に3人の欧米人がベッドで横になって、タバコの様な紙の筒を両手で吸いながら白い煙を吐いてた。
その一種異様な雰囲気からヤバイ事をやってると容易に予想できた。僕は恐る恐る柳川さんの向かいに座る。
「何やってるんですか?」
「へへー。北ちゃんはやったこのないの」
「はぁ」
「これさー、いいんだよー」
「へぇ……」
柳川さんはタバコを分解し、そのタバコの葉を名刺大の薄い紙の上に乗せる。そしてビニール袋の中にある濃緑色の塊から少しつまみ出し、それをタバコの葉に混ぜ、均等に並べて紙を巻き、舌で濡らしてタバコの様なものを作った。
「これって……」
「ふふーん」
「なんですのん?」
「ハシシ!」
なるほど。今日、チャマン行ったんはこれを手に入れる為やったんや。
「これって……、やばいんとちゃうんですか」
「これはさー、安いからよー、大丈夫だよ。北ちゃんもやりなよー。ほら」
今できたタバコの様なものを渡された。
「いやー、僕はこれでええですわ」
と、昨日もらったタバコを出す。
「まぁ、いいからやってみなよ」
「幻覚とかでるんとちゃうんですか?」
「まぁこれくらいなら平気だよー。それにね、楽しいことを考えてたらね、めっちゃくちゃ気分が楽になるよ」
「そうなんですか……」
「そう。逆に悲しい事を考えたらダメだよ。ぐーっと落ち込んじゃうからさー、面白いことを考えるんだよ。笑いが止まらなくなるよー」
「うーん……」
「それでさー、そのうち寝ちゃうんだよね。なんならここで寝ていってもいいよー」
「でもなぁ、やったこと無いし……」
「大丈夫だよー。一緒にやろうよー」
このまま逃げても良かったんやけど周りの欧米人の目が怪しかったし、なんかされても怖いさかい僕は普通のタバコを吸い、この場で様子を見ることにした。
「やっぱり僕はこれで……」
「そうなの、これいいのになぁー」
と僕に渡してくれたヤツを取って、柳川さんが吸い始めた。暫くは普通に旅の話をしてたけど、そんなことをやってる柳川さんを見てしもたし余り楽しくはなかった。
「北ちゃんはさー、これからどこを旅するのよー」
「そうーっすねー、また北部のフンザに行きたいなぁって思てます」
「ああ、そうなんだ。あのさー、あっちにも良いモノがあるのよ。それでさー、現地の奴らなんか普通にやってるよ」
「そうなんですか」
周りの欧米人はもう寝てる奴もいるし、一人はなんかニヤニヤしながらまだ吸ってる。
それからも柳川さんと喋ってたけど、段々と反応が鈍くなってきてたし目が虚ろになってる。2本、3本と吸ってるうちに柳川さんはソファーでそのまま眠ってしもた。火事になったら大変やし柳川さんが手に持ってるハシシを取り上げて灰皿で消した後、僕はその部屋から出ていった。
中庭で月を見ながら、もう一服して自分の部屋に戻る。多賀先輩はまだ起きててガイドブックを読んでたけど、あの事は何も喋らずに僕はベッドの中に入って寝た。
なんか無性に腹が立って空しい夜やった。
つづく
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