175帖 コジャック峠
7月8日の月曜日。今日はみんなで
朝の挨拶をしながら柳川さんを待つこと10分。10時を回っても現れんかった。
「確か10時って言ってましたよね」
「そうやな」
「おかしいなぁ。まだ寝てるんかな」
「やっぱりあの人、僕はあまり信じられないなぁ」
そう言うんは南郷くん。
「そうかなぁ。ええ人やと思うけど」
「まぁ、ええ人なんやろけど、なんか違うねんなぁ」
いつもは直ぐに人を信用する多賀先輩ですらええ感じに受け取ってないみたい。僕は昨日の「月見」の時の事があったんでなんとなく分かるんやけど、根はええ人やと思てる。
「ほんなら僕、見てきますわ」
「よろしくです」
中庭を挟んで僕らの部屋と反対側に行きドアをノックした。
「イエス」
あれ、英語や。柳川さんは外国人と相部屋なんや。
「柳川さんは居ますか?」
「ノー。彼は既に部屋を出てるよ」
「おおきに」
もう部屋を出てる!
何処へ行ったんやと考えながらみんなの所へ戻った。
「部屋に居ませんでしたわ」
「ええ! 勝手にどこか行ったのかな」
「ここで待ち合わせって行ってましたよね」
「ううん」
ほんまに何処行ったんやろう。一人で先に行くような人やないと思うけど、こんなんやったら増々疑われてしまうわ。
「どうします?」
「俺らでどっか行くかぁ」
とその時、猛々しいクラクションの音と共に1台のSUZUKIが近寄ってきた。
「ごめんね。遅くなっちまったよー」
「ああ、おはようございます」
柳川さんが車から降りてきた。みんなの為に先にSUZUKIをチャーターして来てくれたんや。
「値段交渉でさー、ちょっと手こずっちゃってね。さー、みんな乗ってよー」
「おおきにです」
「ありがとうございます」
柳川さんは早くにホテルを出て安い車を探してくれてたみたいやし、やっぱりええ人や。みんなバツが悪そうな顔をしてたけど、柳川さんに感謝してた。
でもそれが余計に柳川さんの気を使わしたみたいで、
「チャーター代はさー、一人10ルピーなんだよねー。ごめんね、高くなっちゃって」
と言うてたけど、ほんまはもっと高かったのに自分で被ったんとちゃうかなと僕は思てしもた。
「そんな事ないですよ。安くて助かりましたわ」
「ありがとうございます」
みんなの為に精一杯やってくれてるんは伝わったかな。
車は市街地を抜け暫く谷間を走り、それを抜けると広大な砂漠に出た。砂漠っちゅても標高は千五百メートル以上ある訳やから然程暑くは無かった。それでも気温は32度やった。
1時間位走り、川を渡ると車は坂を登り始める。勿論砂漠の中の山やから樹木は無いし、草が所々にある程度の荒れた山や。
標高が二千メートル近くになると車の速度も落ちてきて、終いには停まってしもた。
「あれ、停まりましたで」
「なんやろ」
「故障かな」
「多分トンネルじゃないかなぁ」
と言いながら柳川さんは荷台から降りて運転手に聞きに行ってくれた。
「みんな降りてみてよ」
「どうしたんですか」
「ここが
「トンネル?」
「確かね、パキスタンで一番長いトンネル(当時)やったかな」
「へー」
降りてみると谷の反対側に集落が有り、手前に線路が見える。その線路に沿って奥を見ると、城壁を思わすようなレンガ造りの立派なポータルが見えた。
「ほほー、なかなか凄いですねー」
「ああ、思い出した! この山の上が
「そうそう。その峠を越えるとチャマンだよー」
「ああ、なるほど……」
「山中くん、どうしたん」
「いえね、パキスタンとアフガニスタンを結ぶ峠で有名なのが2つあって、その一つがこの前にいった
「おお、行ったなぁ」
「それでもう一つがこの上のコジャック峠なんです」
「へー、そうなんや」
「そうなんだー。いやー来てよかったですよ、柳川さん」
「ああそう。うん、いいよねー」
柳川さんの嬉しそうな顔をしてたし、僕も来て良かったと思う。
「でね。この道は大昔から東西の交易に欠かすことのできないルートだったんですよねー」
「へー。貴重なとこに来たんやね、僕らは」
「そういう事ですよねー。ああ、嬉しいなー」
「いやー柳川さん、ほんまにおおきにやで。凄いなぁ」
「いやいや……」
僕は少し大げさに柳川さんの功績を讃えた。柳川さんは照れてたけど、これでみんなとのわだかまりも解けたし、僕はホッとしてた。
そこから10分位でコジャック峠に着く。標高二千二百九十メートルは、砂漠の中にあっても結構涼しかっった。眼下には尾根が幾つも重なり合い、その向こうに広大な砂漠が広がってる。
「ここはパキスタンの首都からもアフガニスタンの首都からも離れてるから、麻薬とかいろんな物の密輸に使われてたんですよ」
山中くんの
つづく
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