ラワールピンディ
179帖 ビザ延長物語・ラワールピンディ編
『今は昔、広く
日付が変わって、7月11日、木曜日。
次に目が覚めたんは6時に
僕は朝の気持ちええ風を感じながら外の風景を見てたら、右足の靴に違和感を感じた。そんで下を見てみたら、そのじいさんが僕の靴をいじってるではないか。
「おっさん、何してるねん」
と言うと、ビクッとしてその手を引いた。そんな事が3回位続いたんで少し声を荒げて日本語で文句を言うたら、そのじいさんは場所を移動していった。これでもう大丈夫やと思て安心してたら、僕はまた寝てしもた。
次の駅に到着した時に目が覚める。外を見ると駅名表示板に「Harappa」と書いてある。
「ああっ! 多賀先輩、ハラッパーですよ」
「うん、原っぱ」
「いや、確かに見えるんは『原っぱ』ですけど、違いますやん」
「なんやぁ」
「ハラッパーですやん」
「ええ? ハラッパーってなんや」
「あれ、世界史の授業で習いませんでした」
「うーん……」
「あれですやん」
「そやしなんや?」
あれ! 何やったけ?
確かに世界史の授業で習ろて、テストの解答用紙に書いたんまで憶えてるけど、いったい何やったかな……。
「えーっと……、あっそうや! インダス文明の遺跡やったんとちゃいますかね。有名なモヘンジョ・ダロと一緒ですやん」
「ああ……。知らんわ」
知らんのかいな。
そやけど何処に遺跡があるんやろうと座席から立って窓の外を探したのに、見えるんはやっぱり「原っぱ」だけやったわ。
そん時や。なんか右足の靴がスカスカするなぁと思て下を見ると、なんと僕の軽登山靴の靴紐が解かれて無くなってるではないか!
「しもた! やられたぁー」
「どないしたんや」
「さっきここに座っとったホームレスのじいさんに靴紐を取られましたわ」
「ほんまかぁー」
「ほら見て下さいよー」
「あははは、ほんまやー」
「さっきまで僕の靴を触ってたから怒ったんですよ。ほんで、僕が寝てる間に……。くそー」
「ははは、やられたな」
今更やけど、車内を見渡してもあのじいさんの姿は無かった。
やられたと悔しがっててもしゃぁないんで、僕はリュックから切れた時の為に予備で持ってきた靴紐を出して括りなおした。
ほんまに! しんどいなぁ。
予備の靴紐は赤色。左に元々付いてる靴紐は茶色で、これで左右色違いになってしもたけど、これはこれで聞かれた時にこの取られたエピソードを話したら受けるんちゃうやろかと思て、左はそのままにしといた。
ハラッパーを出てからは次第に気温が上がり、それと共に不快度もどんどん上がってくる。お昼に
ところがそれからが大変やった。ローイーからラホールまでは複線やったのにラホール・ラワールピンディ間は単線なんで、交換駅で停車することが多かった。結局、ラワールピンディに着いたんは夕方の6時半を回ってた。
2週間ぶりのラワールピンディ。もう薄暗くなってたけど、なんとなく懐かしい気がする。
「ああー腹減ったなぁー」
「僕は早よ寝たいですわ」
「取り敢えずホテルへ行こか」
「そうですね。山中くんお薦めの『
教えられた通りに行ってみると簡単に見つかり、空き部屋も有り格安の25ルピーで宿を確保出来た。
荷物を部屋に置いてから最後の力を振り絞ってホテル前のレストランに行き、とにかくカレーを胃に流し込んだ。
1日ぶりにお腹が膨れてくると、ラワールピンディに着いたと言う安心感もあって余裕が出てくる。明日行くFRO(外国人登録事務所)の場所も地図で確認できたんで、今日は明日に備えて早目に寝ることにした。
7月12日、金曜日。
早起きをしてホテルで簡単に朝食を済ませる。今日を逃すと土日は官公庁が休みになるし、慎重に事を進めるために8時半にはホテルを出る。
FROまでは2キロ位しかないし、地図と睨めっこをしながら歩いた。朝やのにラワールピンディは殊の外暑く、しかもジメジメしてた。
汗をダラダラ流しながら20分ほど歩いて地図上のFROの場所に来てみた。そやけどそこはただの空き地で、それらしき建物は無い。
「おかしいなぁ。一本通りを間違えたんやろか」
「そうちゃう。一つ戻ってみるか」
「はい」
暑い中、今来た通りを戻って一つ手前の区画に入ってみたけど、そこにもFROは無かった。ほんならって事で、しらみ潰しに各区画を探してみたけど、なんぼ探してもそれらしきもんはやっぱり無かった。かれこれ1時間以上探してる。
「やっぱりありませんね」
「ほんまにあるんか」
「もしかしたら移転したとか?」
「それも可能性あるで」
「ほんなら誰かに聞いてみますわ。ちょっとその前に休憩しましょ」
「そやな」
僕らは歩道脇の石段に座る。もう一回地図を見直して、何処で間違ごたか検証してみた。でも何回見てみても間違えは見つからへん。
するとそこへ、パキスタン人にしては珍しくスラックスに白いカッターシャツを着たビジネスマン風のおじさんが座ってる僕らに声を掛けてくれた。
「どうしましたか。何か私に手助けは出来ますか?」
「すいません、
「おお、それは大変ですね」
「これが地図です」
おじさんは地図じっと眺め、実際の建物と地図を比べてる。
「わかりました。地図のこの通りは実際はありません」
「ええっ?」
「だから、この角を右に曲がって真っ直ぐ行けはこの区画に行けるはずです」
「そうなんや」
「これ、ページの関係で省略されてるんとちゃうか」
「ああ、なるほど。それなら納得できるわ」
「大丈夫かい?」
「はい、行けそうです。どうもありがとうございました」
「よい旅を!」
僕らは一区画戻っておじさんの指示通りに歩いてみるた。すると見事にFROにたどり着くことができた。
クエッタのFROと違ごて大きくて立派な建物で、ここならビザの延長を扱ってそうな感じやった。
ところが……、一難去ってまた一難。
窓口でビザの延長をお願いしてみると係官の返事は、
「ここではできません。すいませんが、
やった……。
呆れ返るのを通り越して、僕らはお互いの顔を見てヘラヘラと笑ろてしもた。
遥々クエッタからやって来て、まさしくRPGの様相を呈してきた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます