ペシャワール→クエッタ

170帖 途方に暮れる

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「見つかりましたよ。Quettaクエッタへのルートが」

「おお、お疲れさんです」

「いやーようやったやん」

「ええ、なんとか」

「で、どんな感じ?」

「えっとですね……、結構やばい感じですね」

「えっ! やばい感じなん」

「はい。まずペシャワールからDeraデーラ Ismailイスマーイール Khanハーンと言う街まで行きます」

「おおー、まず南下するねんね」

「ええ。このバスは、明日の8時に出ます」

「ほほー」

「ほんで」

「それからデーラなんちゃらって街から、クエッタ行きのバスに乗り換えです」

「おお、ええがなぁ」

「ところが問題があって……」

「ふむふむ」

「デーラなんちゃらって街からのバスは、何時に出てるか分かりませんでした」

「ということは、そのデーラなんちゃらって街で、何時間も待たなあかんかもってことか」

「ええ。それならいいのですが、最悪の場合次の日って事もあり得ますね」

「まじかぁ。これは賭けやな」

「ですね。でもバスだから列車で行くより格段に安くいけますからね。やってみても面白いかと思います」

「是非、みんなでこのルートを開拓しましょう」

「ええよ、俺は構へんで」

「そこまで調べてくれたんやし、やってみよか」

「よっしゃー! 新ルート開拓やー」


 ってことで作戦会議を終え、今日は早目に晩飯を済ませ早く寝て明日に備えた。



 7月4日の木曜日。

 まだまだ涼しい空気の中を意気揚々と僕ら4人はバスターミナルまで歩く。バスターミナルではまず、デーラ・イスマーイール・ハーン行きのバスを探す。1台ずつバスの運転手に行き先を聞きながら探すと、3つ目で目的のギンギラバスに辿り着いた。なかなか順調や。

 乗客はまだ少なく、僕らは各々好きな所に座った。バス酔いの酷い僕はもちろん一番前に座る。

 30分ほど経って、バスは9時前になんのアナウンスもなく静かに出発した。窓から入ってくる風は涼しく気持ち良かった。


 市街地を抜け、あの灼熱のペシャワールともお別れや。

 バスが砂漠の中の道に差し掛かると徐々に温度が上がってくる。ほんでも乾燥してるんで然程暑くは感じられへんかった。

 結構なスピードで走ってると、車内のスピーカーから大音量でパキスタンの音楽が流れてきた。シタールの様な弦楽器に早いテンポの太鼓や笛の音。それに合わせた早口のウルドゥー語の曲は、民族音楽が好きな僕にとってはとても心地よかった。ノリノリのリズムでステップを踏みながら、あまり変化の無い砂漠の風景を眺めてた。


 途中、Tribalトライバル Areasエリアを通過するための検問があり、先日行ったDarraダッラを通過すると再び検問でチェックされた。トライバルエリアを抜けるとペシャワールから1時間半でKohatコハトの街に着き、ドライブインでお茶休憩になった。


 僕ら4人も他のパキスタン人に見習ってチャイを飲む。


「あの音楽、うるさくないですか?」

「ああ、あれなー」

「僕はシタールの音が好きやから、あんまり気にならんけどな」

「僕の頭の上にスピーカーがあって、めちゃくちゃうるさいんですよ」

「そうなんです。山中先輩と喋ってても音が大きすぎて聞こえないですね」

「ほんとにどうかしてますよねー」

「そうやな。ちょっと音量下げてくれたらええねんけどなぁ」

「うん、そうですね。音楽は好きやけどなぁ、ちょっと音量がなぁ……。未だに頭の中で太鼓とシタールが鳴ってるわ」

「それはやばいのとちがいますか」

「あはは……」


 再びバスは走り出す。街の中は空気がモワッとしてたけど、砂漠に出てスピードが上がってくると風は気持ちよかった。

 幾つかの丘陵地を越えながらバスは走るけど、窓から見える風景は黄土色の砂漠ばっかり。よく似たリズムと旋律のパキスタン音楽にそろそろ飽きてきた僕はただ時間がすぎるのを堪えてた。

 今日も雲ひとつ無い快晴。大地はそのキツイ直射日光でどんどん暖められてる。気温も上がり、時々ムッとする空気が窓から入ってくると、息をするのが辛かった。


 砂漠を2時間半程走るとバスはBannuバンヌの街に到着した。ここで昼飯休憩。僕はレストランに入ってカレーを頼んだけど、お腹は空いてるのに食欲はあんまりなかった。それは38度という気温と、2時間半もの間ガンガンでパキスタン音楽を聞かされて耳鳴りがしてたせいもあると思う。それでもカレーを美味しいナンで押し込むと、水を飲んでまたバスに乗車した。


 飲んだ水は汗となって流れ落ち、それを乾いた風が気化熱と共に奪っていくと涼しく感じたけど、それはものの十数分だけ。バンヌを出てからは更に増す暑さとの戦いやった。陰一つ無い砂漠の道を、バスはスピーカから大きな音楽を鳴らしながら走って行く。空腹を満たされて多少眠たくはなったけど、音楽と路面のギャップで簡単には寝させて貰えへん。なんとかそれに耐えながら何時着くのかと地図を見るけど、現在地がまったく分からん。分かってるんは、次に止まったとこがバスの乗換え地点Deraデーラ Ismailイスマーイール Khanハーンと言う街であることだけや。


 1時間、2時間と耐えに耐えた結果、3時間を待たずして僕らは待望のバスターミナルに到着した。

 バスの運転手は、


「ここで降りるんだ」


 と僕らに言うてきた。すると素早く中山くんが運転手に質問した。


「ここで待ってたら、クエッタ行きのバスが来るんですか」

「そうだ。ここがそのバスターミナルだ」

「じゃー降りますね」


 僕らはリュックを背負ってバスを降りた。僕ら以外にも2人のパキスタン人が降りだけど、その人達はお迎えの馬車で南にある村に向かって消えて行った。


「いったいここは……」

「何ここ?」

「ほんまにここでええんかぁ」


 バスターミナルと言うぐらいやから、デーラ・イスマーイール・ハーンの街中やと思てた。

 確かにバス用のロータリーとベンチと小さな売店はあるけど、それ以外は何も無い。僕ら以外に人も居らん。走り去ったバスはもう既に蜃気楼の中に消えていったし、走って来る車も無い。


 砂漠のど真ん中。風の音以外なにも聞こえない。聞こえるとするならば、太陽のキツイ日差しの音。そんなもん聞こえへんけど、ジリジリと聞こえてきそうやった。


 責任を山中くんに押し付ける気はないけど、みな口々に不安を漏らしてた。


「ほんまにバス来るんかなぁ」

「いやー、ここで間違いないと言うってましたからね」

「ほんでクエッタ行きのバスって何時来るか分からんのやろ」

「ええ」

「最悪明日までここで野宿かぁ」

「まじかぁ」

「どないしょう」

「どうします」

「うんとー、取り敢えず木陰に入ろか」

「全員が木陰に入ってしまったら、もしバスが来た時に見落とされるかも知れませんから、僕はベンチで見ておきますね」


 南郷くんは自ら進んで、灼熱の太陽の下で何時来るか分からんバスを待ち受けてくれた。


「おおきにな、あとで代わるしな」

「そしたら20分おきに交代しよう」

「了解です」


 僕らは売店の横に生えてる木の陰に入った。そんなに大きな木やないし、3人が入るとはみ出てしまうんで分け合って座る。

 ペットボトルの水を一口飲んだけど、ぬるま湯のようになってたわ。


 雲ひとつない青空が憎らしかった。午後4時、気温44度。日暮れまではあと2時間ちょっと。


 ほんまにクエッタに行けるんやろかと、僕らは途方に暮れた。



 つづく

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