【パキスタン】

ペシャワール

168帖 深夜の銃撃戦

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「井之口さん! 多賀さんと北野さん、帰って来ましたよ」


 国境の扉の向こうで叫んでたんは山中くんやった。


「もう帰って来ないかと思いましたよ」

「ごめん、ごめん。アフガニスタンで昼飯たべてたんや」

「そうなんですか。ゲリラに加わったのかと思いましたよ」

「ええっ!」

「いやね、アフガニスタンに行ったまま何ヶ月も帰って来ない日本人が居るという噂もありますから……」

「ほんまにー」

「そうなんや」

「そやけど僕ら実際に一緒に戦わへんかって誘われたんよ」

「まじっすか。やばかったっすね」

「危ない所でした」

「よくご無事で」

「まぁね」

「そしたら帰りましょうか」

「うん、そやね」


 僕らはまたSUZUKIに乗り、ペシャワールに向かって走り出した。



 山を降りてくると急激に気温が上がりだす。空気は乾燥してて車が走ってる時はええけど、市街地に入り信号で停まると最悪に暑かった。息するだけで口の中が乾いていきそうや。


 ホテルの前で車を降り、ソルジャーと運転手に別れを告げた。井之口さんは、走れんかったアジアハイウェイを堪能できて嬉しそうやったし、僕らも3カ国目のアフガニスタンに入れて満足してた。


 ホテルに戻ってきた僕らは交代でシャワーを浴び、各自ベッドでうだうだする。

 明日の早朝に井之口さんはペシャワールを出るんで早目の晩ごはんを食べに行って、この日はみんな早々に寝ることにした。


 ベッドに入った僕は、昼の移動の疲れから直ぐに寝付いてしもたけど、夜中にふと目が覚めてしもた。周りのみんなはいびきをかきなから寝てる。


 パーン、パーン。


 なんか物騒な音と人の叫び声が聞こえてきた。耳を澄ませてるとまた「パーン」と言う音が聞こえてくる。


 鉄砲の音?


 なんでこんな夜中に、しかも街中で鉄砲の音かするんやろうと不思議に思た僕は、一人ベッドを抜け出し屋上に上がってみた。


 屋上の扉を開けると目の前にベッドが置いてあり、道路に面した壁に従業員のおっちゃんが居て、横には古い形式やけどライフルが立て掛けてあった。おっちゃんは頭だけ出して通りを覗いてる。


「どうしたんですか」

criminalクリミナルがいる」


 クリミナル? ああ、犯罪者のことか。するとまた「パン、パン」と音がした。おっちゃんは思わず頭を隠してた。遅いけど僕もおっちゃんと同じ様に頭を引っ込める。心臓がバクバクしてきた。


「警察と撃ち合ってるんだ」


 僕もはる恐る壁から頭を出して下を覗いてみる。まるで映画の様な事がほんまにこの下で起こってると思うと、不謹慎やけどちょっとワクワクしてた。


 ホテルから100メートル位南に行ったとこに人影が見える。空気が澄んでて、月明かりでもはっきりと見える。

 あの辺は、確か銀行か郵便局があったと思う。次の瞬間、ピカピカと光ったかと思うと、遅れて銃声が聞こえてきた。通りを挟んで、車の陰から撃ち合ってる様や。ほんまもんの銃撃戦や。

 初めての銃撃戦を見て僕はし興奮してきた。水平射撃は、ほんまに人を狙ってる。それを考えただけで怖くなってきた。


 すると街のあちこちからパトカーの音が聞こえてくる。応援のパトカーか。その音は段々近付いて来て、1台また1台と続々と集まってきた。

 散発的に銃声も聞こえる。僕は犯人が何人居るか見ようと思て少し身を乗り出した。


「危ない! 撃たれるぞ」


 とおっちゃんは僕を制した。それには僕もビビってしもた。そうか、狙撃班と間違えられて撃たれるかも知れん。危ないとこやった。


 到着したパトカーから警官が出てきて、銃を構える音がしてきた。結構な警官が集まってきた割に、見物人や野次馬は一人もいない。まぁそんなん見てたら流れ弾に当たるかも知れんわな。


「これから、どうなるんですか?」


 僕はおっちゃんに聞いてみた。


「もう大丈夫だ。問題ない」


 するとまた銃声が聞こえてきた。思わず頭を引っ込めた。何発撃ったか判らへん位の相当な数の銃声。その後にけたたましい声が一斉に聞こえて、覗き込むと沢山の黒い人影が車に押し寄せていった。


「ふーう」


 おっちゃんは笑顔を見せてきた。どうやら犯人は捕まったみたいや。それを見届けたおっちゃんはライフルを持ってベッドに横になる。


「おっちゃんは、ここで何してるんや」

「わしは、ここで見張りをしてるんだ」

「見張り?」

「そう。悪い奴が屋上から侵入しないか毎晩ここで寝てるんだよ」

「そうなんや。ありがとうございます」


 と言うものの、侵入してくる奴が居るってことか……。


「いや、いいんだ。これが私の仕事だ。それにここは涼しいんだ」

「なるほどねー。そやけど、こんな事はしょちゅうあるんですか?」

「暑くなってくると、たまにあるね」


 と、おっちゃんは冗談ぽく言うてた。そやけどホテルの屋上で銃を持って警備せなあかんやなんて、夜のペシャワールはめっちゃ物騒やと思た。


 まだドキドキしてる僕は、おっちゃんのベッドの隣の床に横になり、夜空を眺めた。月明かりもあるけど、それでも星は綺麗に見えてる。4等星ぐらいまでは余裕で見えてる様な気がした。それに確かに部屋で寝るより涼しい。屋上のコンクリートの床が心なしか暖かく感じる。

 星を見てたら心が落ち着いてきて、そのまま僕は眠ってしもた。



 つづく

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