【アフガニスタン】

トールハム

167帖 昼食だけのアフガン旅行

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 アフガニスタンとパキスタンの国境は金網のフェンスで仕切られてるだけ。

 パキスタン側は金網から少し離れた所にソルジャーの詰所とイミグレーションがあるけど、アフガニスタン側は金網の傍に企業の門にある様な小さな詰所があるだけやった。


 あの大きな扉の向こうはアフガニスタンや!


 僕はその扉に近付いた。もしかして、フェンスに近づくと射殺されへんやろかと映画のシーンみたいな事を考えてたけど、そんな銃を持って立ってる人は何処にも居らんかった。

 しかも国境を出入りする扉は30センチほど無造作に開いたままや。僕はそーっとその扉に近付いて、その隙間から「アフガニスタン」を覗いてみた。

 少し入った所に「Welcome to Islamic Republic of Afghanistan」と言う看板が見えた。

 その文字を読んでたら、向こうからトラックがやって来た。詰所からおっちゃんが出てきて、大きな扉を開ける。トラックは一旦停止したものの、なんの検査もなくすっとパキスタン側に入る。そのトラックの荷台には沢山の人が乗ってたのに、パキスタンでは停まりもせずそのまま峠に向かって走り去った。

 何というアバウトな国境管理やと思てたら、扉を締めてるアフガニスタンのおっちゃんに手招きされ、近寄って行くとそのおっちゃんに話しかけられた。


「あなたはヤパンか?」

「そうです」

「アフガニスタンに入りたいのか?」


 一瞬悩んだけど思いきって、


「はい、入りたいです」


 と僕は言うてしもた。


「OK。どうぞ」


 へっ?


「入ってもいいの?」

「問題ない」

「またパキスタンに戻れる?」

「大丈夫だ」

「あ、ありがとうござます」

「あそこのレストランで昼食を食べるといい」

「分かりました。行ってきます」


 僕は恐る恐る、アフガニスタンの領土に足を踏み入れる。


 やったー! 3カ国目や!


 一歩づつアフガニスタンの大地を確かめる様に踏みしめながら歩いた。まぁ、パキスタンもアフガニスタンも同じ砂漠の砂やけどね。

 そんな僕を見つけた多賀先輩が声を掛けてきた。


「おーい、北野ぉー。アフガニスタンに行くんけー」

「ええ、今入りました」

「おっしゃー、俺も行くー」


 多賀先輩は国境の扉を自分で開け、すんなり入ってきた。


「おもろいやんけー。よー入れたなぁ」

「なんか何のチェックもないですね」

「もしかして、勝手に入らしといて後ろから射殺されへんやろな」

「ええっ!」


 僕は振り返って国境の詰所を見た。そんな雰囲気は無かったけど、もしかしたら何処からか狙撃されるかも知れんと思うと、怖くなってきた。


「撃たれるかどうか、いっぺん走ってみよか」

「そんなん、やめて下さい。ほんまに映画みたいに殺されてしまうかも知れませんで」

「そうやな。それはやめとこ」


 ほんまにもう、冗談にも程があるやろ。


 それでも大分歩いてきて、僕らは国境から300メートルぐらいの所のレストランに入る。小汚い掘立て小屋みたいなレストランやったけど、5人程のアフガニスタン人が食事をしてる。

 僕らを見つけた白髪のおじいさんが声を掛けてきた。


「アッサームアライクン」

「アッサームアライクン!」

「お前たちは何処から来たんだ」

「日本からです」

「おお、ヤパンかぁ。ようこそアフガニスタンへ。さー、ここへ座りなさい」


 手招きされて僕らはおじいさんの向かい側に座る。ほんでいつもと同じ様な質問をされたんで、いつもと同じ様に答えた。


「何か食べるかい?」

「はい、おじいさんが食べてるのは何ですか」

「これはパラウとクビデだよ。お前たちも食べるか?」

「はい、食べたいです」


 その料理は、炊き込みご飯の様なパラウの上に羊肉のつくねの様なクビデが乗ってて、横にトマトと玉葱が添えてあった。おじいさんは店員に注文をして、くしゃくしゃになった紙幣を出してお金まで払ってくれた。


「お金出しますよ」

「いいんだ。問題ない」


 僕と多賀先輩は合掌して頭を下げた。

 程なくして料理が運ばれてきた。薄味のパラウにクビデが非常に合って美味しかった。


「美味しいです」


 と、おじいさんに言うと、笑みを浮かべて嬉しそうにしてた。食べ終わるとおじいさんは、また話しかけてきた。


「わしらは今戦争をしてるんだが、お前たちも一緒に戦わないか?」


 唐突な質問でびっくりしたけど、内戦をやってるんは知ってたからそれに参加せえへんかという事やと分かった。


「危なく無いんですか」


 と多賀先輩が質問してた。そりゃ危ないやろ。


「大丈夫だ。我々には神がついてるからな」


 えっ! 敵もイスラム教徒やから、向こうにも同じ神がついてるんとちゃうんかな?


「でも銃で撃たれたら、死にますよね」

「我々の戦いはジハードだから、大丈夫だ」


 大丈夫て……。多賀先輩の顔を見ると、「ちょっと行ってみよかなぁ」みたいな表情をしてる。


「やばいですよ。帰って来れんかったどうするんですか」

「うーん……」

「死ぬかも知れませんよ」

「そうかぁ」


 ええ! あんた行く気かいな。


「大丈夫。我々は神に守られてる」


 おじいさんは多賀先輩を誘ってる様や。もし多賀先輩が行くって言うたら、僕はどうしたらええんか迷ってしもた。

 すると店の前に1台のワゴン車が停まって、人が降りてきた。


「おお、あれは前線で戦ってた兵士だぞ」


 とおじいさんが教えてくれた。初めに降りできた兵士、と言うか普通のおっちゃんやったけど頭に包帯を巻いてて少し血が滲んでる。

 次に降りてきたおっちゃんは三角巾で腕を釣ってし、更に肩を借りて降りてきた若者は左足の膝から下が無かった……。


「おじいさん! あの人達は怪我してるけど、神に守られてたんとちゃうの?」

「いや、彼らは神に守られたから生きてるんだ」

「ええー、でも痛そう」

「大丈夫。彼らは神の教えに従って戦ったから幸せなんだ」

「そうか? あの人は足ないで」

「それでも、幸せなんだよ」


 嘘やろう!


 怪我をした人達は次々とワゴン車から降りてレストランに入ってくる。みんなの顔は苦痛で歪んでた。

 多賀先輩の顔を見ると、かなりビビってる様子。もうこれで諦めるやろ。


「北野、そろそろ帰ろかぁ」

「はい、帰りましょう。もうそろそろ出発の時間ですしね」


 僕はホッとした。おじいさんに昼飯のお礼をして、僕らはレストランを後にした。


「ほんまにもうー。多賀先輩は戦い行くかと思てヒヤヒヤしてましたんやで」

「いやー、一ヶ月ぐらいやったら行ってもええかなと思てたんや」

「やっぱり。そやけど、戦争でっせ。敵を殺さな殺されますねんで」

「そうやなぁ」

「僕はよう行きませんわ」

「そやな、人殺しやなぁ」

「そうですわ!」


 単純なことやけど、それが一番恐ろしい。僕に戦いを止める力があったら止めたいけどそれは無理や。あの怪我をした人達を思い出して、何故か僕は悔しい思いをしてた。


 なんで殺し合いするんやろ。いろんな理由があるにせよ、やっぱり人を殺したらあかんやんなぁ。


 そう思いながらトボトボと国境に向かって歩いて行った。



 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る