166帖 カイバル峠

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「一番綺麗なとこかぁ。そうだな、やっぱり『パタゴニア』かなぁ」

「パタゴニア!?」

「それって……、何処や」

「確か、南米? やったんちゃうかな」

「そうだね、アルゼンチンとチリに跨った地域で、南米大陸の南端。めっちゃくちゃ綺麗やったねー」

「そこってもしかして、氷河が水に崩れ落ちるとことちゃいます?」

「そうそう、それも見てきたよ。ペリト・モレノ氷河ね。その氷河がまためちゃくちゃ綺麗な色をしてたなぁ。それに手付かずの自然も豊かで、『地球上で最後の楽園』って感じだったなぁ」

「へー、ええっすね。僕も行ってみたいですわ。あの氷河、見てみたいなぁ」


 僕は以前、テレビで「パタゴニア」の特集をやってたんを思い出してた。


「いいよー。死ぬまでに絶対一回は行っておくべきだね」

「そうなんやー。『最後の楽園』かぁ……」

「うん、本当に凄い所だよ」

「やっぱり行くべきですよね」

「絶対に行ったほうがいいよ」

「南米かぁ」

「でもなぁ、自転車乗りには『地獄』だったのよー」

「なんでですのん?」

「あはは。別名「嵐の大地」と言われてて、めっちゃくちゃキツイ風が常時西から吹いてて、自転車が全然進まなかったんだ」

「わー、それはキツそう!」

「偏西風や!」

「でも、帰りは楽だったよ」

「追い風かぁ」

「うん。ペダルを漕がなくても、何キロも走ったからね」

「へー」



 車はどんどん高度を上げて行き、最高地点の千七十二メートルのKhyberカイバル passパス(カイバル峠)看板を通過した。


 あれ?


 と思たけど、峠には看板以外に何も無かった。振り返ると山々の間から、ペシャワールの平原が見えてる。

 標高のせいやろか、風も少し涼しくなってきたような気がする。

 ほんで車は、山の上の小さな街に着いた。


「もうすぐ国境だが、ここで少し休憩しよう。バザールがあるが、見に行くか」

「ちょっと行ってきます」


 運転手のおっちゃんの提案で国境手前の街Landiランディ Kotalコータルの観光になった。

 食堂もバザールも人で賑わってる。よく見ると顔立ちがペシャワールのパキスタン人と少し違う。国境に近いからかも知れんけど、何となく難民キャンプにいたアフガニスタン人に近いように感じてた。パシュトゥーン人やったかな。パキスタン人よりもペルシャっぽい印象や。

 そんな事を考えながら歩いていると、家電製品を売ってる店のおっちゃんに声を掛けられた。


「お前はヤパンかぁ」

「そうや」

「これ買わないか。日本製だぞ」


 こんな辺境の地でも日本製品を売ってるのんかぁ?


 何でこんなとこまで来て日本人が日本製品を買わなあかんねんと思たけど、面白そうやし覗いてみる。

 そのおっちゃんは腕時計を見せてきた。確かに、日本のメーカー名が書かれてるけど、どことなく胡散臭い。


「この時計はほんまに日本製かぁ?」

「そうだ」

「いくらや?」

「200ルピーね」


 200ルピーやったら日本円で千四百円ぐらい。日本で買うたら千円もせんぐらいのデジタル時計。今僕がつけてるのがそうや。

 僕は自分の腕時計と比べてみた。僕のよりもちゃちいのですぐ壊れそう。


「お前のその時計は日本製か?」

「そうや。日本で買うてきたヤツや」

「それを売らないか。100ルピー、いや150ルピーで買うぞ」


 元は取れそうやった。


「いや、遠慮しとくわ」

「なぜだ。それを売ってこれを買わないか」


 見せてきたのは、スイスのメーカーの時計やった。


「それはいくらだ」

「500ルピーだ」


 日本で買うたら2,3万はしそうな時計やし、これは巧妙な偽物やと思た。拳銃や機関銃も真似して作ってしまうぐらいやし、きっとどっかに偽物を作る街があるんやろう。


「お金無いし要らんわ」

「そんなことない。日本人、みなお金持ってる」

「僕は持ってないで」

「おお……」


 やっと諦めてくれたみたい。他にもいろいろと家電製品もあるけど、どれも怪しいなぁと思って見てたら、後ろから井之口さんが声を掛けてきた。


「ここは密輸品を売ってるバザールらしいよ」

「ええ、そうなんですか」

「うん。外国製品やアフガン難民に送られた支援物資なんかもいっぱい売ってるね」

「なるほど。Tribalトライバル Areasエリアやし、なんでも有りなんですね」

「ほんとに面白いとこやね、パキスタンは。あははは」


 僕は、面白いと言うより不思議な国や街と思てる。探れば探るほど日本では考えられん事が見つかって、それが日常生活に溶け込んでるとこが不思議に思う。だからおもろいねんけどね。ああ、やっぱり面白いってことか……。



 そこから車で5分ほど坂道を降った。そこは展望台みたいに道路の脇に広いスペースがあって、そこで車を停めてくれた。


「ビューポイントだ」


 車から降りてみる。眼下に見えるのは、つづら折りに下ってる道の先にオアシスの村があり、更にその先には広大な砂漠がどこまでも続いてる。

 僕は車から降りてきたソルジャーに聞いてみた。


「向こうはアフガニスタンですか?」

「そうだ。手前のオアシスが国境だ」

「ほほー」

「あの村で昼飯だな」


 とうとう来たで!


 古のアーリア人にアレキサンダー大王の軍隊、それに玄奘(三蔵法師)もインドに向かうのに通った道やと思うと気持ちが高揚してくる。

 アフガニスタンに特別来たかった訳ではないけど、内戦をしてるさかい普通の人は旅行できへん国が今目の前にあるだけでワクワクしてくる。なんとか入らしてくれへんやろかと期待しながら、国境の村を眺めてた。


 車に乗る前にみんなで記念写真を撮って貰ろた。それから個人写真。国境のオアシスを背景に、僕は足を大きく開いて写真を撮って貰ろた。そうすると、短い足が少しでも長くみえると言う多賀先輩のアドバイスがあったから。真偽の程は日本に帰って現像してからのお楽しみやけどね。


 そこから更に5分程下ると国境の村Torkhamトールハムに着く。ここで1時間ほど昼食休憩をすることにした。



 つづく

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