165帖 アジアハイウェイ1号線

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 7月2日、火曜日の9時前。

 先日、Darraダッラへ行った時と同じ様に警察署に向かう。違うのは井之口さんが増えた事と、昨晩に井之口さんが誘った欧米系の旅行者3人も同行することになった事。8人でチャーターの費用を割り勘すればかなり安く済む。

 警察署では、山中くんと井之口さんが申請をしてくれた。ところが先日みたいにすんなり許可証は発行されんかった。

 僕らのとこへ戻ってきた山中くんは慌ててた。


「えーっと、カイバル峠へ行く車のナンバーが必要らしいですよ」

「ええ? 先にSUZUKIスズキ(乗合タクシー)をチャーターしてこいってことか?」

「そうですよねー」

「おお、なんでもソルジャー1名の同行が必要だから、車を持って来いって言われたよ」

「ほな今すぐに探して来よか?」

「お願いします」


 僕と多賀先輩は、僕らが言う「日パ戦争(石の投合い)」が勃発した先日のバスターミナルに行ってみた。大型のバスは出払って無かったけど、客待ちの賑やかに装飾されたSUZUKIは何台か停まってた。その内の1台の運転手に聞いてみた。


Khyberカイバル passパス(カイバル峠)まで行きたいんやけど、1日チャーター出来ますか?」

「ああ、すまねえ。俺は行けねーなぁ」

「そうですか、すんません」

「ああ、あそこの白い車に聞いてみな。あいつなら行くと思うよ」

「おおきにです」


 一番奥に停まってる比較的地味な装飾のSUZUKIに乗ってる運転手に聞いてみると、その運転手のおっちゃんは喜んでた。


「OK、OK。私、行くよ。行く。行く」

「なんぼですか?」

「えーっと……」


 おっちゃんは考え込んでた。


「このおっちゃん、チャーターされたこと無いんちゃうか」

「なんかそうみたいですね。さっさと言えよ」

「ああ、200ルピーでどうだ?」


 200ルピーか……。一人25ルピーやけど高いか安いか分からんし、僕は聞き取れんかった振りをして聞き直した。


「ええ! 何て?」

「ああ、すまない、すまない。100ルピーだ」

「多賀先輩、100ルピーやて。どうします?」


 一気に半額になってしもたし笑いそうになったけど、そこは厳しい顔の演技をしてた。


「ちょっと高いなぁ」


 多賀先輩も難しそうな顔の演技をしてた。


「おっちゃん、100は高いは……」

「OK、80ルピーね」


 おっちゃんは「これでお願いしますよー」みたいなちょっと困った顔をしてた。


「カイバル峠の往復で80ルピーやね」

「はい、はい」

「全部込み込みで80やな」

「そうです」

「多賀先輩、80でいいですか」

「ええんちゃう」


 そう言うた時、多賀先輩は半分笑ろてた。


「じゃー、よろしくお願いします」

「おお、ありがとう。さー、行きましょう」


 早速、僕らは後ろに乗って警察署に向かう。警察の入り口では、井之口さんと中山くんはソルジャーと一緒に喋ってた。


「チャーターできましたで」

「ありがとうございます。いくらでした?」

「1日で80でした」

「おおー、めちゃくちゃ安いですよ」

「そうなん」

「最低でも150は取られますよ」

「このおっちゃん、チャーターが初めてみたいやねん」

「なるほどねー」


 山中くんは書類に必要事項を記入して警察署に入って行く。ものの2,3分で許可証を貰って戻ってきた。

 助手席にライフルを持ったソルジャーが乗り、僕ら8人は向かい合う様に荷台に座った。僕の向かいに座ってた多賀先輩と膝がぶつかりそうなぐらい狭かったし、ちょっと過積載っぽくて車体は思いっ切り沈んでた。

 それでも日本製のSUZUKIは、元気よく走り出す。



 街を出ると乾燥地帯を真っ直ぐ走る。僕らが乗る荷台には蒲鉾型の屋根が有り、直射日光は遮られれてたけど壁は隙間だらけで風が入り込む。気温は32度を越えてるのに、その風のせいでそんなに暑くは感じひんかった。逆に風切音で話すのには不自由をした。


 同行の欧米人は一人がドイツ人であと二人はイギリス人やった。簡単に挨拶をして、握手をする。ドイツを自転車で走ってきた井之口さんは、ドイツ人とドイツの話で盛り上がってた。


 1時間程走ると、中世ヨーロッパ風の城門みたいなゲートに着く。ここは「カイバル・ゲート」と言うらしく、どうやらここから先がTribalトライバル Areasエリアみたいで、僕らは車から降りて簡単なチェックが行われた。

 ゲートの北側には、大きなお城がある。そのお城の写真を撮ってると、


「あれは、Jamrudジャムルード Fortフォートだよ」


 とソルジャーが教えてくれた。僕はお城を背景にソルジャーと一緒に記念写真を撮って貰ろた。


 そこから10分程で山に入り、九十九折りの坂道を登って行く。今まで快調に走ってたSUZUKIは、エンジンが唸ってる割に余り進んでへんかった。途中大型のトラックにすんなりと抜かれてしもた。

 すると井之口さんがみんなに大きな声で話しかけてきた。


「知ってるかぁー。今走ってるこの道が『アジアハイウェイ』の1号線なんだよ」

「なんですのん? そのアジアハイウェイって」

「字の如く、アジア各国を横断する道路だよ。僕は起点のトルコからこの道を自転車で走りたかったんだよねー」

「そうなんや」

「内戦さえなければアフガニスタンを走ってここに出てくるはずだったのに……」

「ああ、なるほどねー。残念ですね」

「それで、アジアハイウェイの終点は何処なんですか?」

「それはな……、パキスタン、バングラデシュ、ビルマ、タイ、カンボジア、ベトナム、中国、北朝鮮、韓国を通って、なんと海の向こうの東京が終点なんだよ」

「ええ、日本の東京?」


 多賀先輩、「東京」は日本にしかありませんよ。


「そう。僕はこの先、アジアハイウェイを自転車で走るんだよ」

「なるほど。で、入れるかどうか分からんビルマと、北朝鮮はパスなんですね」

「そそ、そういうこと」

「へー、でも凄いなー。でっかい冒険ですよねー」

「いやいや、体力あったら誰でもできるよ」

「そうかなぁ、僕には無理やなー」

「そんなことないよ。山登ってるんだから」

「あ、そうや! 井之口さんが世界周ってきて、今までで一番綺麗やったとこは何処ですか?」


 僕は、昨日からずっとこれを聞いてみたと思てた。


「一番綺麗やったとこかぁ……。そうやなぁ……」


 僕らは皆んな井之口さんの方を向いて、何処が出てくるか期待して注目してた。



 つづく

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