163帖 暑さでうだうだしてたら
『今は昔、広く
7月1日の月曜日。
今朝も日の出前のお祈りの放送で目が覚めたけど、誰もまだ起きて来えへんしそのまま2度寝する。
僕が2度目に起きた頃にはみんな喋ってた。喋ってるて言うてもベッドに横になったままで、ただうだうだと日本での思い出を語り会ってるだけやった。隣の多賀先輩はガイドブックを見ながら要所要所で会話に加わってるだけ。僕は身体を起こして山中くんと南郷くんを見てみたけど、ただボーッと天井を見ながら喋ってる。そやし僕もまたベッドに横になった。
太陽はもう既に高くなってるはず。それやのに、このうだうだ感が拭い去れんのは明らかに気温のせいや。まだ午前中やのに室内でも気温が36度を超えてた。
何もする気が起こらんのは、みんな同じ。二人部屋の欧米人も窓とドアを全開にして寝てる。そのドアから一応風は流れてくるけど、それ自体が室内の温度を上げてるような気がする。思い出話が一段落すると静寂が訪れた。
あまりにも長い静寂で、僕は気になって声を出してみた。
「起きてます?」
「ああ、起きてるでー」
「起きてまーす」
そういう割に声に張りが無い。
「あーあ、何かしますかー?」
「なんかってー」
「トランプとか……」
「うーん」
「それもなぁ」
どうもトランプは却下のようや。また静かになってしもた。
寝ててもしゃあないし、僕は思いきって言うてみた。
「どっか行きますぅ」
「どこへ行くんですか?」
「多賀先輩、なんかええとこないですか」
「ええ、ペシャワールでか?」
「はい」
「うーーん……。博物館とか?」
「博物館かぁ」
「それだったら今日行かなくても……、いつでも行けますよねー」
「もっとええ所はないんですか?」
「うんっ、ええとこか……」
「いいとこ見つけて下さい」
多賀先輩はガイドブックをペラペラめくってた。
「ええ……と。遺跡があるで。逆にそれしか無いは」
「遺跡かぁ。暑いですよね。暑いのに行きます?」
「行ってもええねんけどなぁ……、今日はやめよ」
消極的な僕。
「ですよねー。今日はさー、ゆっくりしましょうよ」
「そやけど、ボーッとしてても暑いわなー」
「そしたら、クーラーの効いてるレストランで飯でも食べますか?」
ちょっとだけ前向きな提案をしたのは南郷くんやった。今のところ、一番元気やね。
「行きますかぁ」
ちょっと誘ってみたけど……。
「うーん」
「はぁー」
各々の先輩方は動く気は無いようやった。アカンはこの人ら……。
そやけど暑いのは暑い。この旅一番の「暑さ」更新や。
そやし僕はちょっとでも涼しくなるやろうと思ってシャワーを浴びることにした。中国製の石鹸とタオルを持って目の前のシャワールームに入る。いつもはぬるいお湯しか出えへんのに、今日に限ってはめっちゃ熱いお湯が出てきた。この気温でお湯まで熱なっとる。それでもお湯を浴びてシャワールームから出ると、皮膚から蒸発する水分の気化熱でいくらか涼しく感じた。
「そうや、打ち水しよかぁ」
「何ですか、それ」
「水撒くねん。乾燥してるし水が蒸発するやろ。その気化熱で温度が下がるちゅう仕組みや」
「いいですね。やりましょ」
僕の話に乗ってくれたんはやっぱり南郷くんやった。僕と南郷くんは洗面所の洗面器に水を入れて部屋中の床に撒いてみた。ところがこの高い気温と低い湿度のせいで、撒いた水は次から次へと乾いていった。撒いても撒いてもすぐ乾く恐るべき気候。それにあんまり效果はなさそうやった。
それでも何とかしたかった南郷くんは、ぼくが諦めた後も何回も水を汲んでは丁寧に撒いてた。その甲斐あってか、なんとなく涼しくなったような気がしてた。
「おお、ええやんけ」
と多賀先輩も、水撒きを始めた。
そのうち自分の頭もシャツも濡らして、
「シャツ濡らすと、めっちゃ気持ちええわ」
と言い出した。
「そうなんですか。それじゃ僕もやってみよかな」
今度は山中くんもベッドから起き出して、自分の服に打ち水をしてた。
「おお、風が吹くと涼しいですね」
えっ、そうなん。僕もやってみよー。
僕は思いきってTシャツを洗面器の中に入れ、水浸しにして搾ってから着てみた。
「おおー! めっちゃ涼しい。気化熱效果抜群ですわ」
「ほんまか。ほな俺もやろ」
「僕も」
みんなシャツを脱いでやってみた。濡れたシャツで、風が吹き込んでくるドアの前に立つとより一層涼しさを感じることができた。
「おお、いいですね。天然のクーラーですね」
「ああ、気持ちええわ」
しばしの冷感を楽しんだ。「しばし」と言うのは、風に当たってると、初めは物凄くシャツが冷たく感じてお腹が冷えるくらいやったけど、暫くすると完全に乾いてしもてし涼しく無くなってしまう。今度は背中を向けると、やっぱり背中は物凄く涼しいけど、やがてその效果は無くなってしもた。
「まぁ
多賀先輩の発言で冷感体験はシラケてしもた。まぁそれのお陰でみんなちょっと元気になってきたけどね。
「ほしたら、飯でも行きますか?」
「そうやな、そろそろ行こかぁ」
「ですね。飯食べてゆっくりしましょうか今日は」
いよいよ外へ繰り出すぞと言う機運になってきた時に、階段の下から「へっ、へっ」と言う声と、ガチャガチャする音が聞こえてきた。
僕らは、喋るのをやめて階段に注目してた。
「あっ、こんにちは」
「こんにちわぁ」
なんと、自転車を担いで真っ黒に日焼けした人が階段を上がってきた。
「6人部屋ってここですか」
「そうです」
「ええ! 自転車で来はったんですか!」
「はい、これで世界中を周ってます。あっ、ちょっと待ってくださいね。下にまだ荷物があるんですよ」
「じゃー手伝いますわ」
僕らは1階まで降りていき、自転車から外した荷物をもって3階に戻ってきた。
「はー、ありがとうございます。その辺に置いといて下さい。取り敢えずシャワー浴びますね」
「こっちですよ、シャワー」
南郷くんが案内した後、僕らはあの人が出てくるまで待つことにした。
「凄いな。俺も自転車で来たらよかったなぁ」
「ええ、多賀先輩。ロードバイクっちゅうんですか? こんなん持ってるんですか」
「おお、持ってるで。自転車で大学に通ってた事もあったんやで」
「それは知らんかったですわ。でも僕やったらバイクで砂漠を走りたかったなぁ」
「それもええなぁ」
「実は、初めバイクで旅しようと思てたんですけど、お金が掛かりそうでやめました」
「あはは、そやろな。でも自転車やったら金かからんしええやろなぁ」
「いやー格好いいですね。僕も乗ってみたいですよー」
「うん、うん」
そんな話をしてたら、あの人がシャワーから出てきた。
「お疲れさんです」
「ふーっ。疲れましたよ。ああ、疲れたというより暑かったですね。砂漠は40度越えてましたからね」
「そうーですかぁ」
さすがは自転車乗り。太ももはめっちゃ太いし、腕もお腹も筋肉モリモリや。それと膝から先と肘から先と顔がめっちゃ日焼けしてる。多賀先輩より赤黒かった。
「僕、井之口って言います。えーっと……」
井之口洋介さん。東京在住で多賀先輩と同じ28歳。身体は大きく
「ことろで飯食べました?」
「いえね、今から食べに行こうとしてたところなんです」
「そしたら、一緒に行きましょうよ。腹へっちゃって……」
「ほんなら、飯食いながら話を聞かせて貰えませんか。その世界旅行の」
「ああ、いいですよ。じゃあ、行きましょう」
僕は俄然、井之口さんに興味を持ってしまった。
早速5人でホテルを出て、近くのレストランへ向かった。
つづく
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