159帖 拳銃と爆撃とハシシ
『今は昔、広く
僕は撃つのを躊躇ってしもた。「ダーティハリー」も「次元大介」も架空の人物や。今、僕が持ってる銃は複製と言えどもホンマモンや。
『もしこれを、今……、横に居る人に向けて撃ったら殺せるんや』
と思た。僕はそれが怖くなって指が震えてきた。
『違うんや。今はあの岩を撃つんや』
そう頭で考えても、これは「人殺し」の道具やと思うと怖くて指が固まってしまう。
横で見てる子どもは「こうやって撃つんや。バンバンバン!」みたいにジェスチャーをやってくれてるけど、僕には撃てへんかった。
お前が狙われたら、死ぬんやぞ。
「なんや北野。早よ撃てや」
そんな僕を見て多賀先輩がチャチャを入れてきた。
「今から、撃ちますよ」
多賀先輩に背中を押され、僕は思いきって「1,2の、3」で引き金を引いた。
パンっ!
みんなの銃に比べたら軽い音で、そんなに反動もなかった。目を瞑ってもたし、弾も何処へ飛んでいったか分からんかたった。
次はしっかり目を開けて……。
カチッ。
あれ、撃てへん。もう一回。
カチッ。
ビビって、しっかり反動が伝わってへんのやろか。次は力を込めて……。
パンっ!
おお、撃てた。やっぱり弾は何処行ったか分からんかったけど、撃てた。今度はしっかり岩を狙って……。
パンっ!
及び腰やったけどなんとか撃てた。弾筋も分かった。崖の下の石が弾き飛んでいった。
あの石が人間やったら……。
やっぱり怖い。
これで人が殺せると思うと僕はもう撃てへんくなって、僕は銃を下ろしてしもた。
「おっちゃん、やっぱ恐ろして撃てへんわ」
と銃を返そうとしたら、それを見てた小学校低学年ぐらいの少年が僕の銃を横取りした。
パンっ! カチャ! パンっ! パンっ!
慣れた手付きでいとも簡単に、真下の地面に向かって撃ち尽くした。
少年は、銃を撃った後ゲラゲラと笑ろてた。銃を撃つことをなんとも思てへんみたいやった。
僕からしてみたら、銃なんてモデルガンぐらいしか周りに無かったし、エアガンでは殺傷能力は無かったさかい簡単に撃ってたけど、ここにあるのはホンマモンの銃で、人が殺せる。それを少年は面白がって撃った。
人が殺せるもんやのに、なんとも思わへんのやろか。この環境が少年をそういう風にしいてしもたんやろか。ここではそれが普通なんやろか……。それとも、これで人が殺せるやなんて思ってへんのやろか。
そんな「世界」が日常である子ども達の事が僕は可哀想に思てしもて、なんか悲しくなった。
他の3人は、撃ち終わってさっぱりした顔をしてる。僕はちょっと落ち込んでたけど、南郷くんは銃を返却した後も興奮冷めやらぬ様子やった。
やることやったし、そろそろ帰ろかということになる。直ぐにバスが来るはずも無いんで、僕らは帰りのバスが来るまで昼食を摂ることにした。
商店街の向かい側には屋台がいくつか並んでる。その一つに入り、僕はピラフの様な「プラウ」とチキンの炒めものをたのんだ。落ち込んで余り食欲は無かったのに、香辛料の香りに刺激されて急にお腹が減ってきた。
料理を待ってる時、飛行機の飛んでる音が、谷間にあるこのダッラの街に響いてきた。みんなで空を見上げて飛行機を探したけど、音はすれど姿は見えなかった。
「あれは、アフガニスタンから飛んで来てるんだ」
と店主が説明してくれた。
「この音だと安全だが、この街にも時々政府軍が爆弾を落としに来るんだ」
「まじか」
「格好ええー」
「やばいなぁ」
「武器を作って、反政府軍に供給してるからか?」
「そうだ。向こうの建物を見てみろ」
店主が指差した方には、朽ちかけた3階建てのビルがあった。
「あれは先月の爆撃で壊れたんだ」
「パキスタン軍は何もせんのか?」
「ここは
店主はのんきに笑ろてたけど、もしかしたらここにも爆弾が落ちる可能性が無きにしもあらずやと思うと恐ろしなってきた。
ここはパキスタンではなく、内戦が続くアフガニスタンの戦場の一部やと思た。
その次の瞬間、遠くで爆弾が爆発する音がこの谷に響いてきた。かなり遠くやと思うけど、実際に爆弾が投下された証拠や。
「もう大丈夫だ。奴らは定期的に飛んできては1発だけ爆弾を落として帰っていくのだ。あれは脅しだ」
いや実際に建物が爆撃されてるやんと思たけど、店主はニコニコしながら料理を出してくれた。
「もしかしたら爆弾で死ぬんと違うんか?」
「大丈夫だ。我々にはアッルラーの加護があるからな」
そう言うけど「相手もイスラム教徒とちゃうんかいっ!」と突っ込みたかったけど、面倒臭くなったら嫌やからそれは言わんかった。
プラウは薄い味付けやったけど、チキンが辛かったんで一緒に食べたらちょうど良かった。チキンはスパイシーでめっちゃ美味い。
食べ終わった後、ラッシー屋でラッシーを飲みながらバスを待ってると、30分程でマイクロバスがやって来た。
帰りのバスの中には、僕ら以外に欧米系のバックパッカー3人乗ってた。そいつらは皆腕に入れ墨をしてて、ちょっとやばそうな奴らやった。それ以外は普通のパキスタン人。
検問所まで戻って来ると、また荷物と身体検査が兵士によって行われた。例によって体中を触りまくられ、その兵士はちょっとそっちの気があるんかと思うぐらいニヤニヤしてたり、今回は匂いまで嗅がれる始末。それでも僕らにはあんまり興味が無いのんか直ぐに終わったけど、欧米人に対しては執拗に検査をやってる。
「あいつら多分、ハシシの買い出しに行ってたのじゃないですかね」
そう呟いてたんは山中くん。
「アフガニスタンの国境付近まで行けば、良質のハシシが安く手に入るそうです。だからあんなに念入りにチェックされてるんですよ」
「山中くん、えらい詳しいな」
「ええ。僕らのホテルでもやってる奴はいますよ。欧米系の奴は殆どやってるんじゃないですかね」
「そうなんや。なんでそんなんやるんやろね?」
「馬鹿ですよ、あいつら」
その山中くんの言葉には、「あいつらのせいでめっちゃ時間がかかってる」て言う文句の意味も含んでたと思う。
欧米人らはシャツやズボンまで脱がされて徹底的に調べられてた。そんなこんなで15分も掛かってしもた。その間、僕らは暑いバスの中でじっと待ってた。
バスが再び走り出した時には、陽は既に傾いてた。そやしペシャワールに着いたんは日没寸前やった。
つづく
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