158帖 ダーティハリー

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 6月29日、土曜日の9時過ぎ。無事、警察署で許可証を手に入れた。

 許可証と言うても薄っぺらいたった一枚の紙切れや。それを山中くんに保管してもらい、僕らはバスターミナルに向かう。

 なんのことはない。いつもの駅前のバスターミナルからバスは出てる。ただ、白のマイクロバスの中からKohatコハト行きを探さなあかんかっただけや。

 僕らはバラバラになって、コハトもしくはDarraダッラへ行くバスを手分けして探した。


「ありましたよ。こっちです」


 と一番に見つけたんは南郷くんやった。今日は彼が一番張り切ってる。なんと言うても現役のガンマニアやし。


「こっちです。こっち!」


 4人が集まり次第バスに乗り込んだ。だだし、乗客が少ないのでまだ出発はせんらしい。

 窓を開けてもぬるい空気しか入ってこうへんバスの中でただひたすら待ち続けた。気温はもう35度を越えてる。

 一人また一人と乗客が集まりだした。20人乗りのバスは半分位埋まったところで動き出した。


 窓からは相変わらずぬるい風しか入ってこんかったけど、まだ動いてる方がマシや。それでも口を開けてると、直ぐに口の中が乾いて喋れん様になってしまう。なので僕らはジッと口をつむって耐えてた。

 途中まではKachagarhiカチャガリの難民キャンプと同じ道で、キャンプを越えると砂漠の中をバスはひたすら走った。


 ペシャワールを出て2時間ほどで検問所に着き、ゲートの前でバスは停まる。ドアが開き兵士が2人乗り込んできた。


「許可証を持ってるか」


 山中くんが許可証を見せると、僕らはパスポートの提示を求められた。それからサブザックからポケット、財布の中身まで調べられる。

 これでホッとしてたら今度は立たされて、身体検査が始まった。兵士は体中を両手で触りまくる。もちろん、玉が2つ付いてる大切なところも。


「えらい厳重やなぁ」

「ここからTribalトライバル Areasエリアだからでしょう」

「そうなんや」


 身体検査されたんは、僕ら外国人だけやった。あといくつか質問されてたけど、それはすべて山中くんが対応してくれた。


「なんやったん?」

「何をしに行くのかとか、何時に戻ってくるとか聞かれました」

「そうか、おおきに」


 無事、検査も終わりバスはまた走り出した。検問所から30分ぐらいでダッラの街に入った。

 バスはバザールと言うか、商店街みたいな所に差し掛かる。商店街のショーウインドウに飾られてるもんは洋服や電化製品等ではなく、銃やライフル、ロケットランチャー等が飾られてた。


 ほんまに銃の密造村なんや。


 それにしてもあまりにもおおぴら過ぎると思てた。普通の商品を売るように、銃器が当たり前の様に売られてる。それを見て興奮してるんは南郷くん。


「あれはソ連製のAK……。おお、あれはアメリカ製のM……。中国製もある……」


 と、いちいち解説しながらの「独り言」を言うてた。

 暫く行くと、バスは商店街の中心で停まり、そこで僕らは降ろされた。


「やっと来ましたね。やったー!」


 と燥いでるのは南郷くん。彼はバスを降りていきなり目の前の店に入って行ってしもた。

 店の棚には、拳銃、ライフル、機関銃まで綺麗に並べて売って・・・る。携帯型の対戦車ミサイルまで置いてある!


「あなた、ヤパン?」


 ここでも日本語で話しかけられた。


「そうです。日本から来ました」

「オオー、アッサームアライクン!」

「アッサームアライクン」

「どうですか、一つ買いませんか? 安くしておきます」

「ここではちゃんと『安く』て言うとるなぁ」

「そうですね。はは……」


 Taxilaタキシラの土産物屋の事を思い出して、思わず笑ろてしもた。


「多賀先輩、一つ買いませんか?」

「買うてもええけど、もって帰れるんか」

「そりゃ無理でしょう。捕まりまっせ」

「そやろがぁ」

「おお、これなら心配なーいよ」


 と店員はショウケースから金色のペンを出してきた。


「これは、ペンタイプのガンです。これなら大丈夫」


 僕は手に取って見てみた。なんかスパイが使う様な道具や。


「ここ、外します。そして、ここをプッシュ、ダンー!」

「これはやばいなぁ」

「これはなんぼや?」

「ええっ、買うんですか」

「これは50ドルです。USドルね」

「5000円かぁ、無理やな」

「無理ですよ。そんなん空港で絶対捕まりますって」

「ノーノー。大丈夫。ここにメイドインジャパンと書いてます」


 横にペイントで書いてある文字を指差してた。


「これって、『Made in Japan』と違ごて『Made in Japin』になってますやん」

「ほんまや、絶対あかんやん」

「おっちゃん、綴り、間違ごてるで」

「ノーノー。問題ないね」

「大有りやんけ」

「ごめん、要らんは」

「残念ですー」


 一通り商品・・を見て、店を出た。僕らは次に、通りの向かいにある工房らしき所へ行く。そこは中国の喀什噶爾カーシェーガーェァー(カシュガル)で見た職人街の様な所で、6畳位のガレージがいくつも繋がった長屋風の建物。僕らはそこを見て周る。


 その中では職人が器や鍋を作る様に、普通に銃を作ってる。

 ガレージごとに分業で作ってて、旋盤で削ってるとこや、ボール盤で穴を開けるとこ、バイスに挟んで削るとこ、研磨するとこ、塗装をするとこ、木で銃床を作ってるとこ、組み立てるとこ、仕上げをするとこ等に別れて、本物の銃を元に複製が作られてる。

 ここでは、社会科の授業で習った用語で言うと、「マニュファクチュア(工場制手工業)」で銃が作られてた。


 このガレージには、どこにも特別な工作機械ない。大学の加工実習室の方が設備は整ってる様に見える。敢えて言うなら、中学校の技術室程度の設備で銃が作られてた。


「こんな設備で銃が作れるんやったら、中学校でも作れまっせ」

「ほんまやなー。俺の行ってた工場やったら簡単に作れるわ」

「ですよねー」


 驚きながら見学してたら、完成品が並んでるガレージに辿り着いた。


「お前らはヤパンか?」

「そうだ」

「どうだ、ガンを撃たないか?」

「はい、撃ちます!」


 と一番に名乗り出たんは南郷くん。早速、彼は銃を選びだした。それならと、僕も品定め。多賀先輩も山中くんも後に続いた。


「このマシンガンはどうだ? 1カートリッジ20発で30ドルだ」

「それは高いなぁ」

「これはどうだ。カラシニコフだ。10発で20ドルだ」


 アサルトライフルも良かったけど、折角なので僕は「次元大介」や「ダーティハリー」の様に撃ってみたい。


「リボルバーはあるか」

「あるよ。これだ」


 S&WのM29に比べたらかなりちっちゃかったけど、これが面白そうやった。


「弾はなんぼや?」

「1発1ドルの6発で6ドルだ」

「それでええわ」


 僕はこのリボルバーの銃にした。多賀先輩はフルオートのハンドガン、山中くんはカラシニコフのAK-47を20発。ほんで南郷くんはM16っぽいアサルトライフルで30発を選んでた。もちろん全て複製や。


 僕らは店のおっちゃんと一緒に村の裏へ移動する。川があってその向こうに山がある。その山の崖に向かって撃てと言うてきた。


 まずは南郷くんが、単発で撃ち始めた。射撃音がお腹にズシンと来た。


「おお、いいすねー」


 南郷くんの顔はニヤけてた。涎まで垂らしとるわ。

 その音を聞いて、近所の子ども達が集まってくる。「僕にも撃たせてー」みたいな事を言うてる。なんちゅう子どもやと思てた。


「危ないから、向こうへいっとけ」


 と言うたけど聞かへん。


 南郷くんはそんなのにお構いなしに、3点バーストを楽しんでた。多賀先輩も山中くんも撃ちまくってた。


 それに負けじと僕も崖を目がけて両手で銃を構えた。気分はクリント=イーストウッドやった。

 頭の中では、


『お前さんのドタマなんて一発で吹っ飛ぶぜ。楽にあの世まで行けるんだ。運が良ければな』


 と言うセリフが浮かんでた。


 徐ろに撃鉄を起こし、崖の下にある岩に照準を合わせ、いざ引き金を引こうとした、その時……。


 今まで思てもせんかった事が頭に浮かんできた。



 つづく

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