157帖 許可証

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「お前たちはここで何をしてるんた?」


 警官の低く威圧的な声が響いた。


「僕たちは見学に来ました」


 警官に対応してくれたんは山中くん。頼りになるで。


「許可証を見せろ」

「えっ」

「許可証だ」

「そんなもの要るのか?」

「許可証がなければ、彼らと接触は出来ない」

「僕らは許可証を持ってません」

「それは、困ったな。お前たちはどこから来たんだ」

「日本です」

「パスポートを見せろ」


 各々パスポートを出して、一人ずつ提示した。もう一人の警官がそれを見てボードに挟んだ紙にメモして行った。パスポートは写し終えると直ぐに返して貰えた。

 警官はそのメモを持ってパトカーに戻り、無線で連絡してる。


「これってやばいんかな」

「俺ら捕まるんけ?」

「いやー、分かりませんねー」


 無線連絡が終わったのか警官はまた僕らの方へやって来る。


「お前たちは直ぐにここを立ち去れ」

「えっ」

「ここに居てはいけない」

「はい、分かりました」

「どうやってここへ来たんだ?」

「バスで来ました」

「もう二度とここへ来てはならんぞ」

「はい」


 そういうと警官はパトカーに戻って行く。


「どうなんや」

「いや、直ぐに立ち去れって言われました」

「お咎め無しか?」

「そうみたいですね」

「立ち去れって言うてたけど、バスっていつ来るん?」

「いやー、分かりませんねー」

「どうしたんですか」


 と案内をしてくれた少年がやってきた。


「いやな、許可が無いから直ぐにここを立ち去れって言われてん」

「おお、なんてことだ」

「バスっていつ来るか分かるか」

「ちょっと聞いてきます」


 と少年はキャンプの中へ戻って行く。

 ちょうどその時、南の方からギンギラバスかやって来た。そのバスを警官が止めて、運転手と話をしてる。そして僕らは手招きされた。


「このバスでペシャワールまで行ける。早く乗れ!」


 僕らはそのバスに強制的に乗せられた。


「もう来るんじゃないぞ」

「はい、分かりました」


 バスのドアが閉まり、バスは動きだした。


「強制送還みたいやなぁ。あはは」


 とお気楽な多賀先輩。


 僕はあの少年の事が気になってた。窓からキャンプを見てたけど、少年の姿は現れへんかった。せめて「さいなら」はしたかったのに。

 僕は心の中で、「必ず夢を叶えろよ」と唱えながら見えなくなるまでキャンプを見つめてた。



 1時間程でペシャワールの駅前のバスターミナルに着く。


「ああ、疲れたなー」

「それより暑いですわ」

「今、何度や?」

「げっ、37度ですわ」

「体温と一緒やんけ」


 街の中は無風の為、余計にモワっとしてた。


「直射日光を浴びてるから、もっと暑く感じますね」

「昼御飯でも食べましょうか」

「そやな、とにかく日陰に入りたいわ」


 寒さに強いけど暑さに弱い多賀先輩はヘトヘトな表情をしてる。僕らはホテルに戻る途中にあるレストランに入ることにした。レストランはクーラーがついてたけど、微かに涼しい程度やった。

 各自カレーを注文をしてから今日の事を振り返った。


「そやけど、やばかったなぁ」

「まぁねー」

「でも捕まらんでよかったがな」

「ですよねー」

「そうしたら明日はもうちょっと慎重に事を運ばないと不味いですね」


 山中くんが言うてた「明日は」って言うのは、明日にDarraダッラ Adamアダム Khelケールと言う村へ行く事。その村は武器を密造してて、お金さえ払えば銃を撃つことが出来る。そこへ行って実弾を撃ってみようと言う計画が持ち上がってた。


「また勝手に行ったら捕まるんちゃう」

「そうですね。あそこはTribalトライバル Areasエリアですから、許可は要るでしょうね」

「なんやそのトライバルエリアって?」

「政府直轄の部族地域って感じですね。独立国みたいなものです。パキスタンの中に有りながら、パキスタンの法律が及ばないところです」

「そやし銃とか密造してる訳やな」

「そうですね。アヘンとかも作ってるそうですよ」

「作った武器はアフガニスタンの内戦に利用されてるって聞いた事があります」

「今日の難民キャンプと関係してくる訳か」

「だから、今日も警察に捕まりかけたんでしょうね」

「なるほど」


 多賀先輩、ほんまに分かってます?


「そんなとこ行ったら、殺されたりせえへんかなぁ」

「いやー分からないですね」

「まじでやばいんちゃうん」

「えへへ、そこが面白いところですよ」

「山中くんは結構無茶やな」

「まぁそうなんですけどね。でも、銃を撃つなんて経験はなかなか出来ないでしょ」

「ハワイとかグアムとか行ったら撃てるらしいで」

「だけどお金が掛かりますよねー」

「そやけど、どうやって許可取るんや」

「多分、警察に行ったら貰えると思うんですが」

「ほんなら、飯食ったら行ってみよか」

「そうですね」


 飯を食った後、僕らは4人でホテルの近くの警察署に行く。警察署では代表で山中くんが交渉してくれた。


「分かりました。明日行くなら、明日来いって言われました。許可はその日限定と言うことです」

「なるほど。ほんなら明日の朝に来て申請して、その足でダッラに行けるちゅうことやな」

「はい」

「どこからバスに乗るんや?」

「なんとそれも教えてくれました。オフレコってことで」

「あはは、なかなか気さくな警察やな」


 僕らは警察署を後にしてホテルに戻る。



 その夜、僕はドキドキしながら寝てた。明日行くダッラ、無事に生きて帰って来られるかどうか心配やった。もしかしたら銃で脅されて金を巻き上げられへんやろかと。殺されてもバレへんやろし、だれも助けてくれへんやろなとも思てた。

 それともう一つ、楽しみもあった。僕は中学の時にミリタリーとかモデルガンにハマってたから、いっぺん実弾を撃ってみたいと言う願望があった。それが明日のダッラで叶うかと思うと、逆にワクワクしてきた。


 そう言えば、「実弾撃ちたいさかい、防衛大学校に入んねん」と言うてた高校の時の友人でガンマニアの大東くんは自衛隊の幹部に成れたんやろか。高校の時の事を思い出して「懐かしいなぁ」と思てたらいつの間にか寝てしもてた。



 つづく

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