156帖 何が聞きたいのだ in Kachagarhi
『今は昔、広く
6月28日金曜日、朝9時過ぎ。僕ら日本人4人は街外れの小さなバスストップに立ってた。昨日、元気になった山中くんと後輩の南郷くんがいろいろ伝を頼って調べてきてくれた情報によると、このバスストップからアフガニスタンの難民キャンプを通るバスが出てるとの事。
きつい日差しの中、陰も無い所で1時間ほど待ってると、1台のギンギラバスがやって来る。僕は、暑すぎて立ってるだけでもう既に疲れてきてる。
バスの車掌には、山中くんが尋ねてくれた。
「これは
「そうだ」
「いくらだ?」
「……、3ルピーだ」
そんな会話やった。
「これで行けるそうですよ」
「よっしゃ、乗ろか」
僕らが乗るとバスは直ぐに出て、南に向かって砂漠の中を走る。
砂漠と言うてもまだこの辺は民家や畑も存在してたけど、作物は作られてない。
そのうち窓から見える風景は、ただの砂と岩だけの砂漠になった。
僕は少しビビってた。ほんまに難民キャンプに入れて貰えるのかと言う不安があったからや。いろいろ難民の人には聞きたいことがあったし、日本のテレビで「貧しく飢えに耐えて苦しんでる」と言う報道がほんまなんか知りたかった。もし、そうやとしたら僕に何が出来るんやろと考えてた。
しばらく行くと道路に並行して川が見えてくる。水が流れてるかは見えへんかったけど、川があるというんは分かった。
その川の近くに土で出来た建物がいくつも並んでた。その周りには小さいブロックの様なもんが並べてある。「日干し煉瓦を作ってるんや」と思てたら、バスは停まった。
出発して1時間弱。
「カチャガリだ」
と車掌が言うんで僕らは慌ててバスを降りる。道路の西側には、やはり土でできた建物がいくつも並んでた。
「ここが難民キャンプか」
あまり人は居らんかったんで、僕らは取り敢えず道路を渡り、その小さな村の中に入って行く。
村にちょっと入ると広場があって、中学生ぐらいの少年が歩いてた。その少年は、僕らを見つけると走って寄って来た。
「中国人か?」
平べったい顔は、全部中国人に見えるんかな? まぁ似てるけど。
「僕らは日本人や」
「おお、ヤパン! ようこそカチャガリへ」
「こんにちは」
「僕は英語が話せます。このキャンプを案内しますね」
「ほんまか、それは助かるわ。この子が案内してくれるんやて」
「おお、それはええやんけ。おおきになぁ」
「どこへ行きたいですか?」
僕は教師の資格や講師経験もあるし、取り敢えず学校の先生と話をしてみたいと思た。
「ここには学校はあるんか?」
「ありますよ」
「そしたら、そこの先生を紹介してくれるかな」
「わかりました。いいですよ。その代り……」
「なんや?」
「その……、ボールペンを貰えませんか?」
少年は僕のシャツの胸ポケットのボールペンを指差した。僕はてっきりお金を要求されるかと思て身構えてしもたから、ちょっと申し訳く思う。
「これでええんか?」
「ええ、それが欲しいです。なかなか手に入らないんです。だから勉強ができません」
日本からも支援物資を送ってるてテレビでやってたけど、実際はちゃうんかな。
そう言えば……。
フンザで売ってた「タバコ」の事を思い出した。横流ししてる奴でもおるんやろか?
「ええよ。まだあるし、あげるで」
「おお、ありがとうございます。さー、こっちへ来てください」
ボールペンを渡すと、両手を合わせてお辞儀をして、それを大切に胸ポケットにしまう。ほんで僕らは彼と共に広場の奥へと進んだ。
右の建物は商店なのか、野菜や果物が売ってた。ただ在庫は、ペシャワールのバザールほど豊富やない。雑貨屋も品薄状態やった。広場の左側の土でできた建物群は住宅街かな。共同の洗濯場みたいな所で女性が衣類の洗濯をしてる。
暑いせいなんか広場には誰も居らんかったのに、僕らが歩いて来たら家の陰から子ども達が飛び出して来て、どんどん集まってくる。10人、20人とだんだん子どもの数は増え、僕らは瞬く間に40人程の子ども達に囲まれてしもた。
何語なんか言葉は分からんけど、何か欲してる様子やった。日本人が物資を持ってきてくれたんと勘違いしてる感じかな。
それを案内の少年が、「これは違うんや、あっちへ行け」みたいに蹴散らしてくれてたけど、多賀先輩や山中くん、南郷くんは小さい子達にすでにオモチャにされてるようやった。身なりは貧しかったけど、みんな笑顔でキャッキャ言いながら楽しげに遊びだした。子ども達は3人に任しとこと思て、僕は少年とイスラム様式の立派な「神学校」みたいなとこに向かって歩いて行く。
少年が先に入って、暫くすると僕は手招きされて中へ入った。
中には綺麗な模様の絨毯が敷かれ、その上には校長先生らしき人と教員らしき人が2人、座ってチャイを飲んでた。3人とも顎には立派な髭を蓄えてた。顔付きもパキスタン人とは明らかに違ごてる。
「あなたは、何をしにここへ来たんだ」
なんか機嫌が悪そう。と言うか怒られてるみたいやった。やっぱり来たんがまずかったかな。
「僕は日本で少し学校の先生をしてました。それでお話を聞きたいと思ってここへ来ました」
「本当は、そういう事は困るんだが……」
「まぁ、そこへ座りなさい」
僕が絨毯に靴を脱いで座ると、3人は何か相談をしてるようやった。ドキドキしてると、先生がチャイを入れて僕に出してくれた。今まで飲んできたミルクティーと違ごて、色の濃いストレートティーやった。これはアフガニスタンのスタイルなんかなぁと思てたら、
「どうぞ、飲んでください」
と先生に勧められた。
「ありがとうございます」
口に入れると、確かに濃い味の紅茶やったけど、どこかミントの様な清涼感があって美味しかった。喉が潤うと共に緊張感もほぐれてきた。
「で、あなたは何が聞きたいのだ」
「まずこのキャンプですが、皆さんの生活はどうですか」
「生活は苦しいですよ。仕事がないんだ。ここでは煉瓦造りぐらいしか仕事がない。お金を持ってる人はペシャワールの街で商売をしてるが、それはほんの一部だ」
「なるほど。祖国はアフガニスタンですよね」
「そうだ」
「祖国に帰りたいですか」
「もちろんだ。あたりまえだろう。でも、今は帰れない。戦争をしてるからな」
「でもいつかは帰りますよね」
「それは分からない……。ここに居る子ども達は、ここパキスタンで生まれた。アフガニスタンを知らない子が沢山いる。それに帰れたとしても、住む所や仕事があるわけでは無いからな。難しい問題だ」
「では……、ここは学校ですよね。何を学ぶんですか?」
「ここはイスラムの教えを学ぶところだ。それ以外にも、学校はある。普通に数学や理科や経済や歴史を学ぶ学校だ。それに将来、祖国に戻った時に仕事に困らないように職業訓練の学校もある。それには日本から支援をしてもらってるぞ」
「日本製のソーイングマシンがありますよ」
「そうなんや」
「悪いが、そろそろ帰ってくれないか」
「分かりました。これが最後の質問です。僕に何か出来ることがあるとしたら、何ができますか?」
「うーん。そうだな、あなたは教師をしてたと言ってたな」
「はい、少しですが」
「それなら日本に帰ったら学校の先生になるなりして、私達の事を広く伝えて欲しい。それなら出来るだろう」
「分かりました。それならこの後、キャンプの写真を撮ってもいいですか」
「それは、問題ない」
「ありがとうございました。では、帰ります」
「ああ、ありがとう。良い旅を!」
最後まで怖い顔の校長先生やったけど、別れ際は笑顔で見送ってくれた。ほんの少しやけど、「生の声」を聞けてよかったと思た。僕は少年にも何度もお礼を言うた。
広場では相変わらず子ども達の声が響いてた。山中くんは子ども達と相撲をしてる。南郷くんは鬼ごっこかな、子どもたちに追いかけられて走ってる。多賀先輩は日陰のテーブルのとこで、小さい子を肩車をしたまま折り紙教室をやってた。
男の子も女の子も目を輝かせて遊んでる。でもこの子達は自分の祖国で平和に暮らせへんのやなぁと思うと少し悲しくなってしもた。
「キミは将来何をしたいんや」
隣に立ってる少年に聞いてみた。
「そうですね……、僕は教師か、英語が話せるので外国で働きたいですね」
「そうなんや。夢が叶うとええな」
「はい」
「じゃーもう一本、ペンをあげるわ。これも日本製やぞ」
と僕は新品の鉛筆を彼に渡した。
「ありがとうございます」
「必ず夢を叶えろな」
「はい」
彼の返事は、自信に満ち溢れた。
その後、僕は彼を伴ってキャンプの写真を撮り歩いた。主に子ども達を中心に何枚も撮った。ついでに商店の写真も撮っとこと思て、近寄って行った。そしたら一番端っこの店でかき氷を売ってるではないか。
昔、日本にもあった真っ赤な手動式のかき氷機。氷の衛生状態が心配やったけど、暑くてたまらんかったんで思わず注文してしもた。
真っ白なかき氷に掛かってたんは日本と同じ赤いシロップ。まさかパキスタンの砂漠の中の難民キャンプで、日本と同じかき氷が食べられるとは思わんかった。味は少し薄めやったけど、ほんまもんのかき氷やった。
それに気付いた多賀先輩や山中くん、南郷くんも寄ってきた。
「ええもん食べてるがな」
「ええでしょう。日本とおんなじですよ」
「まじですか。僕も食べよ」
みんなでかき氷を堪能した。走り周って喉が乾いてた南郷くんは、一気に食べて頭痛を起こしてる。
「頭が痛いです。やっぱり日本と同じですよねー」
「あほか、そんなんあたりまえやんけ」
と多賀先輩が突っ込んでた。僕と山中くんはお腹を抱えて南郷くんの事を笑ろてた。
その時やった。パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきて、それが段々と大きくなってきた。「なんかあったんかなぁ」とみんなで道路の方に行ってみる。
パトカーは目の前まで来ると急に減速して停まり、中から3人の警官が降りてきた。一人は肩からライフルを下げてる。僕らの方を睨み、そして歩み寄ってきた。
僕らはお互いに顔を見合わせ、
「なんか不味いことでもしたか?」
「ええっ!」
「やばいんとちゃう」
「まじっすか」
と、慄いてた。
つづく
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