155帖 国際電話

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「Hello」


 えっ、英語や!


「は、ハロー」

「あれ! 憲さん?」

「あっ美穂? 僕」

「わー、久し振りー。元気にしてるー?」

「うん、元気やで」

「病気してなーい?」

「えっ、うん。北京で風邪引いた」

「そうなん。もう大丈夫なぁん」

「うん、大丈夫」

「多賀さんは?」

「元気やで」

「そっかぁ。ほんで今どこなーん? パキスタンって交換の人が言うてたけど」

「パキスタンのペシャワールってとこ」

「ほんまにー」

「あっ、無事に日本へ帰れた?」

「うん、ちゃんと帰れたよん」

「そっか。良かった」

「どうしたん」

「えっ」

「国際電話やろー、高いんとちゃうの?」

「うん。そやけど……、ほら、今日、美穂の誕生日やんかぁ」

「あっ!」

「誕生日、おめでとう!」

「それで電話してくれたん」

「うん」

「ありがとう。嬉しいー」

「それくらいしか出来んけど……」

「ううん、めっちゃ嬉しいわー。まさか電話してきてくれるなんて思てへんかったし……」

「どうしてんの?」

「えー、私。うーん、ちゃんと仕事してるよー」

「そっか」

「そうそう、この前の日曜日も憲さんの下宿に行って来たよ」

「ええっ」

「窓開けてー、風通してー、お掃除してきたからね」

「あっ、ありがとう」

「それと隣の喫茶店にも行ってきたんよー。マスターとおばさんが憲さんの事、心配してたよ」

「そっかぁ、葉書でも書くわ」

「うん、私にも書いてね」

「ああ……、ごめん。全然書いてへんかったなぁ」

「もー、手紙書くって言うてたやーん」

「ごめん、ごめん。毎日毎日……、そう、いろいろあったから……」

「そうなん。暇な時でええしー、送ってねー」

「うん、分かった」

「絶対よー」

「うん。あっ、そろそろ切るわ」

「あっ、はい。それじゃ気を付けてねー」

「うん」

「怪我とか病気せんようにねっ!」

「ありがとう。また電話するわ。手紙も書くしなぁ」

「楽しみに待ってますぅ」

「うん」

「ほんでちゃんと帰ってきてよー」

「うん、分かってる。ほな、またね」

「ありがとう、バイバーイ!」


 受話器を置くと、全身から力が抜けてしもた。

 一ヶ月半振りに美穂の声を聞けて嬉しかったけど、なんかめっちゃ緊張してしもて言いたい事はあんまり言えんかったわ。やっぱ手紙書かなあかんなぁ……。


 手数料込みで89ルピーを払らい、レシートを受け取ってPCOを出る。何となく嬉しくて顔はニヤけ、足取りは軽かった。

 陽は既に傾き、遠く西の山に沈もうとしてた。


 あの山の向こうはアフガニスタンやろか……。


 そう思うと、ほんまに遠くに来たんやなと実感してた。



 つづく

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