ギルキット→ラワールピンディ
149帖 カラコルムハイウェイに潜む2つの危険
『今は昔、広く
6月24日、月曜日の昼過ぎ。
大中くんと篠原くんと一緒に僕らはマディーナカフェで朝昼兼用の食事をしてた。その時二人が口を揃えて言うてた事が印象に残ってる。
「この後、僕らはラワールピンディにバスで向かうねん」
「そうですか、気を付けて行ってくださいよー」
「えっ! なんで?」
「その途中のある区間で山賊に襲われるらしいですよ」
「そんなアホな」
「チラースから先で出るらしいです」
「この現代やで、山賊なんか居るんか?」
「いや、年に何度が襲撃されて金品を奪われたり、時には命さえも奪われるらしいです」
「ほんまかぁ」
「いやぁ、本当らしいですよ。ソルジャーが同乗して警備してくれるけど、撃ち合いになって亡くなられた方もいるとか」
冗談を言うてるわと思いながら、また何処かで再会出来ること願ってお別れをし、僕らはバスターミナルに向った。
チケット売場に並ぶと、10分程で僕らの番が回ってくる。
「ラワールピンディまでのバスはありますか?」
「6時のバスならあるよ」
「ラワールピンディには、何時に着きますか?」
「明日の4時だ」
「4時というのは、16時のことですか?」
「そうだ」
「ええ! 多賀先輩、ほぼ1日かかりますよ」
「意外と遠いんやな。まぁしゃーないわな」
「じゃ、6時のバスでお願いします」
料金は90ルピーやったけど、もう卒業してるのに学生証を見せたら半額の45ルピーにしてくれた。日本から持ってきた学生証が役に立ったわ。
それでもパキスタンで初めての高額な「買いもん」にちょっと溜めらってしもた。
中国の長距離バスみたいに何処かで泊まるのか聞いてみると、夜通し走るらしい。これは体力が要る移動になりそう。そう思て、まだまだ時間はあるし少し仮眠をとろうとターミナルの建物の陰に腰を下ろした。
多賀先輩は荷物を僕に預け、例の如く街に消えていった。
ターミナルでバスを眺めてた。普通のバスなら眺めても面白ろないけど、パキスタンのバスには特徴がある。元は普通のバスやと思うけど、軽トラと同じ様に前も後ろも側面も屋根も綺麗に装飾してある。日本の長距離トラックなど足元にも及ばへんほど、これでもかこれでもかと飾り付けてある。従って元々の車体の塗装は見えへん。
それはバス会社の意向なんか、運転手の趣味なのか、それともそういう文化なんか分からんけど、とにかくハデハデで見てて飽きへんかった。
僕は2つのリュックを並べ、それに寝そべって見てたらいつの間にか眠ってしもた。
「ほれ、これ食べろ」
多賀先輩に起こされたんは5時半過ぎやった。
「中国人の店、見つけたんや」
と肉まんと揚げパンの様なものを渡された。
「懐かしいやろ。毎食カレーやったからな」
「ほんまですね。ありがとうございます」
久々の肉まんはめっちゃ美味しく感じた。辛くない食事は久しぶりや。
ちょうど食べ終わる頃にラワールピンディ行きのバスが入ってきた。もちろん、飾りつけ満載のキンピカバス。
中へ入ると、日本でいうところの路線バスを少し改造して座席を増やした様な造り。これから長いバス旅が始まるかと思うとバス酔いが心配になって、僕は運転手の真後ろの席を確保した。どんどん乗客が集まり座席が埋まると、運転手と助手が乗り込んでバスは動き出した。乗客の中で外国人は僕らだけで他は皆黒い南部パキスタンの人たちやった。ただ、左の一番前の席だけは空いてた。
ギルギットの街の外れまでくるとゲートがあり、ライフルを持った警察官らしきおっちゃんが乗り込んできて、ちょっとした検問が始まった。車内を見渡すと、僕らのとこへ近寄ってきた。
「パスポートを見せて」
パスポートを見ながら、質問された。
「観光か?」
「はい」
「どこへ行くんだ」
「ラワールピンディです」
「ドラッグは持ってないか」
たぶん、麻薬とかやと思たし
「もってない」
と応えると別に荷物を調べることもせず、
「いい旅を」
と言うてバスを降りた。チェックは僕ら外国人だけやった。
その後バスは平坦な道を快調に走り、平地を抜けるとギルギット川の西岸を川に沿って進む。
真っ直ぐな道を走るのが暇なのか、運転手が僕に話しかけてきた。まぁその内容は予想通り、いつもの同じ質問。僕もいつも通り答えといた。
陽が落ちる頃、ギルギットから2時間ほどでギルギット川とインダス川の合流点にある
お祈りが終わった乗客を乗せるとバスは再び動き出す。
完全に陽も落ちて外は全く明かりのない漆黒の闇やった。バスのヘッドライトで照らしてる分しか視界はない。もし、これが昼間やったら
ジャグロットを出て暫く行くと大きな吊り橋を渡り、バスはインダス川の東岸を走る。時々バスは減速し、車体を左右に大きく揺らしながら悪路を通過する。道が荒れてるみたいや。崖崩れで岩が落ちてる所とか先日の雨で道路が崩れた所なんかもあって、僕はヒヤヒヤして見てた。その度にゆっくり走るさかいにバスは時間通りには進めてないようで、運転手のおっちゃんは文句を言うてた。
日付が変わり、6月25日火曜日の0時半過ぎ。バスは
「大中くんや篠原くんが話してた山賊対策の警備ってこの事か!」
なんか定年間近のおじいちゃんソルジャーやったけど、居んよりはましや。ある種異様な緊張感が漂ってきた。
「いざと言う時はよろしくお願いしまっせ」
と思たけど山賊に会わへん事を祈るばかりやった。
チラースを出てからも道は荒れてる。所々、崖崩れで1車線になってたり道に水が流れてたりして、バスは少し進んでは減速の繰り返しで快調には走れん。
辺りは真っ暗やし山賊が何処かに潜んでてもおかし無い状況や。こういう減速してノロノロ運転してる時が狙い目ちゃうんかと思うと、更にドキドキしてきた。
空が白み始め、山賊とは遭遇せずに夜明けを迎えられた。
そやけど周りの景色も見え出してくると、また新たな恐怖が僕を襲ってきた。
対向車もちらほら来だしたのに、バスはブラインドコーナーを思いっきり膨れて走る。
それに、足の遅いトラックなんかも右に膨れて平気で追い抜いて行く。
ただでさえ未舗装で狭いカラコルムハイウェイ。もちろんガードレールは無いし、路肩はいつ崩れるか判らん様な状態やのに、追い越す時は道路の右端ギリギリを通り、遥か50メートル程下を流れてる川に石を落としながら走る。
もし落ちたら確実に死ぬやろう。死なんかったとしても、インダス川の濁流に飲み込まれて助かることは無いと思う。僕は運転手のおっちゃんに警告した。
「おっちゃん、右側危ないで」
「大丈夫だ。問題ない」
「そやけど、川に落ちへんか」
「毎年、1年に1台は落ちる」
「やっぱり落ちるんやん。そしたら危ないやん」
「だから……大丈夫だ」
えらく自信のある声や。
「なんで大丈夫なん!」
と聞き返すと運転手は黙ってしもた。やっぱり何の根拠も無いんやと思てたら暫くして、
「ほら、あれを見てみろ」
と窓から下を覗くしぐさをしてきた。僕は窓から下の川面を覗き込んだ。
「ええ!」
川の中の大きな岩の傍にはには、草木がいっぱい引っ掛かってるバスの残骸があった。
「先月、落ちたヤツだ。今年は1台落ちた。だからもう落ちないんだ」
「はぁ……」
落語のオチみたいな話しやった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます