148帖 道場
『今は昔、広く
6月23日、日曜日。
ギルギットの街の中心を外れ、ギルギット川に掛かる橋を渡って閑静な住宅街の中を歩いて行くと、その中心に空手の道場はあった。
「頼もう!」
「大中くん、それって道場破りやん」
「ああ、つい気合が入ってしまって」
「言いたくなるよねー」
「普通に入ろや」
「ですよねー」
そーっと扉を開けると、中から気合の入った掛け声が聞こえてきた。
「アッサームアライクン」
大中くんが挨拶すると、知り合いのパキスタン人と師範の様な人が寄ってきた。
「アッサームアライクン」
「もうすぐ、練習が終わるからこちらで見ておいて下さい」
僕らは道場の後ろのベンチに案内され、座って稽古を見学することにした。前の壁には「極」と言う漢字が掲げられてる。練習生は6人。師範の掛け声で、突きと蹴りの練習をしてる。掛け声は日本語やった。
その後、防具を付けて、試合形式の練習が行われた。1分の短い試合やったけどみんな真剣や。動きもそれなりに格好が付いてる。中には初心者も居るみたいで、すぐにやられてた。
「こいつらだったら勝てるね」
「そやろか」
「関節を決めたら対処できないね」
「そうかなぁ」
「空手だから、基本は突きと蹴りですよね」
「なるほどなぁ」
「でも、あの蹴りは威力ありそうだね」
「受けなければ、どうってことないよ。払えばいいさ」
「そやな、蹴りが出る瞬間が分かりやすいし」
「それもそうですね。意外と単純かも」
「それを払って、上段中段で蹴りやな」
「相手が仕掛けて来てくれたら、なんとかなりますね」
「そうやな。先制攻撃は逆に不利かも知れんな」
「ええ、対戦するんですか?」
「そう言う事になるんちゃうかぁ」
「だけど対外試合は禁止されてるじゃない」
「そうかぁ」
「そうやなぁ。試合は出来へんなぁ」
「どうします?」
「あっ! それやったら演武を見せたらどないやろ」
「ああ、それいいですね」
「演武かぁ。憶えてるかなぁ」
稽古が終わると僕らは前に呼ばれ、みんなに紹介される。ほんで師範から直々にお願いをされた。
「空手の本場、日本から来られたんですから、私達と試合をしてもらえないでしょうか」
「あの、大変申し訳ないですが、僕らは対外試合は禁止されてるんですよ」
「そうなんですか。それは困ったなぁ」
「でも型なら見せることが出来ますよ」
「えっ、『カタ』とは何でしょう」
「えっと、『技』の掛け合いですね。模擬試合みたいなものです。二人組とか三人組でやります」
「おお、それはいいですね。是非その『カタ』を見せて下さい」
「分かりました」
道場の中央に連れて行かれて、練習生達が僕らを囲んむ形で見学する。みんな真剣な目で見つめてたし、ちょっと緊張してしもた。
「さて、どうする。何する?」
「そうですね、第一系から順番にやりますか」
「ちょっと待ってや。えっと、左前中段構から左足千鳥に出て、左拳上段直突。右足やや寄足し、右拳中段逆突……」
暫くやってなかった僕は段取りを確認してた。
「ちょっと忘れてるかも知れんわ」
「じゃー僕と篠原が先にやりますから見て思い出して下さい」
「了解」
と言う事で、まず大中くんと篠原くんが演武する。最後の「蹴り」が決まると周りから拍手が沸き起こった。続いて僕と大中くんがり、第二系、第三系と披露していった。
次に、この道場の練習生が型を披露してくれて合同練習会は終わった。
その後は庭に出てチャイを飲みながら雑談会。またいつもと同じ質問をされ、僕はいつもと同じ様に答えた。
庭の木にはタイヤがぶら下げられており、それでどれだけ大きくタイヤが振れるか競う事になってしもた。
「こんなんしたことある?」
「いや、ないですね」
「そうやんなぁ、拳法にはこんな練習ないやんなぁ」
「でも大学では壁蹴りやってますから、なんとかなるでしょう」
「ほな頑張ってや」
「わかりました」
日本人代表で大中くんが蹴ることに。まず大中くんが蹴り、そして知り合いの練習生が蹴る。知り合いが蹴ったタイヤは大中くんのそれより大きく振れて、結果は圧倒的大差で大中くんの負けやった。
「やっぱ無理ですよ。拳法の蹴りでは」
「それも、そうやな」
「だって護身術だからねー」
後で僕も蹴ってみたけど、タイヤは全然動かへんかった。
そうして交流会も終わり、みんなで合掌、挨拶をして道場を後にした。
まさかパキスタンで拳法をやるとは思てへんかったけど、なかなかいい交流になったわ。
つづく
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