ギルキット

147帖 世界第9位

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 休憩から更に1時間でGilgitギルギットのバスターミナルに着く。パキスタンに来て初めての大きな街。ここも基本的にはオアシスやけど、フンザ川とギルギット川の合流地点で結構広い平地があって、飛行場もある。

 街はたくさんの人々で賑わってて、ロバ車や馬車、軽トラなども結構走ってる。


 この軽トラがちょっと変わってた。日本の長距離トラックみたいに、電飾などで綺麗に飾り付けがされてる。電気で光ってる訳ではないんでただの飾りやと思うけど、それでも賑やかな装飾や。それに何故か「SUZUKI」というエンブレムばっかり。


 そんな軽トラの間をすり抜け、僕らは「Medinaマディーナ Caffカフェ」と言うレストランに入った。中国で会うた日本人がみんな、「ギルギットの宿はマディーナカフェがいい」と言うてたからや。


 レストランは昼を過ぎてた事もあって客は僕らだけやった。まずは腹ごしらえ。僕はチキンカレーを、多賀先輩はビーフカレーを注文した。

 カレーはやっぱり辛かったけど、今まで食べたカレーよりは耐えられた。食べ終わった後、レジでお金を払いながら宿泊について尋ねる。


「ホテルに泊まりたいんやけど」

「OK。分かりました。今から案内します。ついてきて下さい」


 レジの兄ちゃんの後を追って街を歩く。

 北部パキスタンの第一の街だけあっていろんなお店があった。流石、カラコルム登山やトレッキングの基地、アウトドア用品の店もある。

 街を歩いてるのはやっぱり男性が多い。たまに女性も見るけどドゥバッタ(大きな布)を頭から腰にかけて巻いているおばさんばかり。


「若い姉ちゃんはいいひんなぁ。おばはんばっかりやんけ」


 と、ため息混じりの多賀先輩。


 その中でも気が付いた事は、カリマバードなどのフンザに住んでる人に比べて、ギルギットの街の人たちは髪の毛も目も真っ黒。フンザとはまた民族が違うような気がしてた。

 

 10分程歩き、街外れにある住宅街の手前の静かな所にホテルはあった。平屋建て木造のホテルは、ボロいけど清潔そう。

 ロビーのソファーには日本人が2人、座って漫画を読んでた。


「こんにちは」

「あっ、こんちわっす」

「ここのホテルいいですか」

「まぁまぁかな。結構安い方だし、安全ですよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 日本人がそう言うんやったここでええかなと思た。


「これが部屋だ」


 と紹介されたんは4人部屋。欧米人2人と相部屋やけど、今は外出中らしい。


「なんぼですか」

「12ルピーだ。ここでいいか?」

「多賀先輩っ」

「ああ、ええよ」

「じゃーここでお願いします」

「OK、それじゃー手続きをするから、荷物を置いたら鍵を持ってカフェへ来て下さい」


 なんとまたカフェへ戻らなあかんのかい。


「ほんならついでに街を見て周ろか」

「了解です」


 カメラを持って部屋を出ると、ソファーの二人が話し掛けてきた。


「どこか行くんですか」

「手続をしたらぶらついてきますわ」

「そしたら僕らも一緒に行っていいですか?」

「構へんですよね」

「ああ、ええで」


 僕らは4人でマディーナカフェへ向った。


 お互いに自己紹介をしながら歩いた。

 この2人は東京の大学2回生。やっぱり休学してアジアを旅してるらしい。中国の人民帽を被り黒縁のメガネを掛けた丸顔の大中くん、痩せてるけど肉付きの良さそうな篠原くん。二人は同じ大学の同級生で同じクラブに所属してる。


「へー、何のクラブなん?」

「えーっと、知ってますかねー。拳法部です」

「えっ! 知ってる。僕も習ろてたで」

「ほんとですか」

「まさかパキスタンで拳士に会えるとはなぁ」

「何段ですか?」

「僕は初段ですが、篠原はまだ1級なんですよー」

「まぁええやん。僕も初段ですけど、もう8年程道場に行ってませんわ」

「いいじゃないですか黒帯だし」

「そうだ、このギルギットに空手の道場があるんですよ。ここで知り合ったパキスタン人がそこで習ってるから、明日の朝にその道場に来いと誘われてるんですよ。一緒に行きませんか」

「へーそんなんあるんや。多賀先輩。行ってもいいですか?」

「ええんちゃう。俺はぶらぶらしとくし」

「ありがとうございます」


 僕らは意気投合し、宿泊手続きをした後は大中くんと篠原くんの案内で一緒に街を散策した。


「いい所があるのでついて来て下さい」


 と、少し広い空き地に連れて行かれる。そこで南の方を見ると、凄い山が……。


「あっ!」

Nangaナンガ Parbatパルバットですよ」

「おお、ほんまや。すげー」

「えーと高さは、どんだけやったかな……」

「八千百二十五メートル。世界第9位なんや。めっちゃ格好ええがなぁ」

「ほんまやな。あれ八千メートル級の単独峰やから、登るん大変そうやん」

「流石、ワンゲル部ですね」

「こんなとこから見れるんや。これは写真撮っとこ」


 初めて目の当たりにした八千メートル級の山、ナンガパルバット。やっぱり八千越えると風格が違う。それに多賀先輩も言うてた通り単独峰やから、余計に高く見える。別に食べもんでもないのに、僕は涎が出てしもてた。


 その後も街をぶらついて、晩飯も一緒に食べてホテルに戻った。

 このホテルは、格安やのに温水のシャワーがでる。昨日浴びたから別に入らんでもええねんけど、温水と言うことで何となく浴びてしもた。温かいシャワーもやっぱり気持ち良かったわ。



 つづく

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