145帖 氷水シャワー
『今は昔、広く
部屋に戻ってきた僕らは汗と砂埃にまみれてた。服や肌についてる砂は汗が乾いたら払えば落ちるけど、髪の毛は汗と砂でコテコテの状態。そやけど空気は乾燥してるし不思議と不快感は無かった。
それでも意を決してシャワーを浴びることにする。石鹸と携帯シャンプーを持ってトイレ兼シャワールームの小屋へ行く。
「一週間以上、風呂に入ってませんでしたね」
「もうそんななるか」
服を脱いで、シャワーのハンドルを回すと一瞬透明な水が出てきたけど、直ぐに薄い灰色の水に変わった。手ですくってみると、やっぱりあの用水路の水と同じ灰色に濁ってて、しかもかなり冷たい。
「これって氷河が溶けた水やんな」
「そうですね。めっちゃ冷たいですやん」
「心臓がびっくりせんように足からやな」
「ですね」
足から順番に水を掛けるが、氷水のシャワーは腰までいったら一旦休憩せんと冷たさで我慢できんようになる。
「あかん、先に石鹸付けますわ」
「おお、それがええな」
石鹸を濡らし、体中に擦り付ける。そのあと、少しずつ氷水を浴びた。
「ここの人らって、みんな氷水を浴びてるんやろか」
「そやけど、上の高いホテルは、『ホットシャワーあります』って書いてましたで」
「金だしたら温かいシャワーを浴びれるんや」
「そやけどあのホテル、一泊100ルピーでっせ」
「よし、我慢して水、浴びよか」
多賀先輩は一気に肩から水を浴びたけど、「ひぇー」と言うては休憩してた。
僕も少しずつ石鹸を落とすけど、腕にはサブイボ(鳥肌)がでてた。
次はいよいよ頭。水で少し頭を濡らし、シャンプーを付けて髪の毛を掻き回す。そやけど泡は全然立たへん。それで一旦流そうと思てシャワーの中に頭を突っ込んだ。初めは気持ち良かったけど、直ぐに耐えきれん様になってまう。
「あかん、冷たすぎる」
シャンプーを流しきれん。しょうがないし、そのままシャンプーを追加した。今度は、泡が立ってくれた。
久々のシャンプーで、頭は気持ちよかった。そやけど、次に待ち受けてるんは氷水との闘い。
先に頭を流してた多賀先輩は、泡が付いたままシャワーから離れ、膝に手をついて休憩してる。
「くーーーー。やばいぞ、氷水のシャンプーは」
「まじすか。僕もやってみます」
泡がいっぱい付いた頭をシャワーの中に入れて泡を流し落とす。気合で全部の泡を流したろと思た。
我慢して泡を流してたけど、次の瞬間、頭に激痛が走った。
「ぎゃーーっ」
「どないしたんや」
「ううう、頭が……痛いい」
こめかみから頭を締め付けられる様な激しい痛みが僕を襲った。
「そないに痛いんか」
「あのー、かき氷を一気に食べた時に起こる頭痛を更に万力で締め付けたみたいですわ。くーー!」
かき氷なら十数秒で収まる痛みも、1分程収まらんかった。
「多賀先輩、やばいですよ、これ。ちょっとずつせんと激痛喰らいますよ」
「ほんまやな」
僕は、頭の泡流しに再度挑戦する。頭が痛くなりそうな気配を感じると止めて休憩する。その繰り返しで、通常のシャンプーより長い時間を要した。二人でぎゃーぎゃー言いながらシャワーを浴びてた。
最後にもう一度、体中にシャワーを浴びてタオルで拭き部屋に戻る。
部屋が温かく感じて、何となく身体がポカポカしてきた。
「痛かったけど、今はなんか気持ちええですわ」
「そやな、あれちゃう? 滝行みたいな効果とちゃうか」
「滝行やった事あるんですか?」
「いや、沢登りの時に滝壺でちょっとやっただけや」
やっぱり。
「そやけど、川の水よりめっちゃ冷たいでっせ」
「そやな、何度ぐらいやろ」
「氷の解けた水やしなぁ」
「1,2度ぐらいちゃう」
「そうっすかねー。そやけど、浴びてる時は辛かったけど、今はええ感じですわ。頭も頭皮マッサージしたみたいに、めっちゃスッキリしてますわ」
冷水の冷却効果で筋肉の疲れも全然ましや。(※効果には個人差があります)
心身共にリフレッシュ出来た僕は、めっちゃええ気分でベッドに横になる。体中の毛細血管の隅々までしっかりと血液が流れてる様な気がして、体の疲れがどんどん吸い取られて行くような気がした。(※あくまで個人の感想です)
それにあのシャワーは、灰色に濁った水やのに皮膚に粉が付いてる訳でもないし、髪の毛もさらさらや。身体を拭いた白いタオルにも灰色のもんはなんにも付いてへんかった。不思議や。
僕は、冷水、もとい氷水シャワーが癖になりそうや。ちょっと根性要るけどね。
ベッドでゆっくり過ごし、あのウルタルの頂きを思い出してたら、昼寝をしてしもた。
6時前に雨の音で目が覚めた。多賀先輩は珍しくパキスタンのガイドブックを読んでる。僕は窓から外を見てみた。
「そろそろ、晩飯に行きます?」
「そうやな、腹減ってきたし飯いこか」
別館と本館の間の道は、川のように灰色の水が流れてた。それを飛ぶ様に渡り、食堂に入る。
薄暗い食堂には、無口はおっちゃんが僕らを待ち伏せしてたかの様に一人で立ってた。一瞬ビビったけど、「こんにちは」と挨拶して席に着く。
今日の客は僕ら二人だけみたい。徐ろに紙のメニューを渡してきたおっちゃんに、カレーとライスとフライドポテトを注文した。もちろんカレーはベジタブル。
多賀先輩は持ってきたガイドブックを眺めてた。
「明日は、どうします?」
「それなんやけどな、いっぺんラワールピンディに行ってみいひんか」
「えっ、もうここを出るってことですか」
もう少しここでゆっくりすると思てたから僕はびっくりしてしもた。
「そや、ラワールピンディまで3日ぐらい掛かりそうなんやけど……」
なんか考えがあるんか、多賀先輩の意思は固そうやった。
つづく
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