135帖 メニューと食材選び

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「あー、腹減ったわ」

「おはようございます」


 6月18日火曜日、朝。


「おはよう」

「なんか元気そうですやん」

「ええ……、40時間以上かぁ? 絶食したし、もう大丈夫やろ」


 完全復活した多賀先輩は、ベッドから出て軽く身体を動かしてた。久しぶりに見る元気なお姿。

 早速、僕らはホテルを出て商店街を抜け、草雁父上のレストランに向った。


 今日も天気はよく、清々しい風が吹いてた。

 グルミットの先の土砂崩れも昨日の晩に復旧したらしく、昨日まで道路脇に停まってたトラックはもう無かった。代わりにパキスタンの南からやって来たトラックが中国に向ってどんどん走って行く。商店街も若干昨日より賑わってる様に見える。



 レストランでは父上に歓迎されながら、いつもの朝食を摂った。


「道路は直ったが、お前たちはいつまでここに居るんだ」

「そうやなー。多賀先輩、どうします?」

「まぁ、俺は寝てばっかりやったし、スストをちょっとぶらついてからでもええか?」

「ああ、いいすよ。そしたら河の向こうの山に登って見ませんか」

「前に言うてたやつか。ほんなら後で下見しよか」

「了解です」

「あっ、そうや。俺、まだ映画見てないやん」

「ですね。おもろいですよ。おっちゃん、今日も映画やるんか?」

「ああ、今日もやるぞ。また昼飯の時に来なさい。スペシャルメニューを用意しておいてやるぞ」

「おおきにです」


 結局、スストを発つのは明日以降になりそう。たらふくナンを食べた僕らはレストランを出て、河原の土手に向かう。


「あれですわ」

「おお、あの山か。何とか登れそうやな」

「でしょ」

「うーん、高低差600ぐらいやな」

「ちゅうことはここが標高二千七百メートルやし、あの山は北岳(南アルプス・三千百九十二メートルの日本第二峰)より高いですやん」

「ええがな。それに途中までのアプローチも簡単そうやで。道が付いてるわ」


 多賀先輩はいつの間にかオペラグラスで覗いてた。


「ええもん持ってますやん。僕も見せて下さい」

「ほらよ」


 オペラグラスを受け取って覗いてみた。麓の村の後ろから、この前の僕の見立て通り、東側の斜面を小道が何本も上に伸びてる。放牧する時に使う道かな。そんなに傾斜も無さそうやし、頂上直下まで簡単に行けそう。その上に少し岩場があるけど、これもそんなにきつくないし何とか登れそうや。


「取り敢えず明日の朝、早うにホテルを出てアタックしよか」

「はい」

「そやし、後で食料の買い出ししよか」

「ええ、重装備で行くんですか」

「いや。コッヘルとコンロを持って行って、頂上ピークで昼飯でも食おうや」

「ああ、分かりました」


 と言う事で一旦ホテルに戻る。

 ホテルでは毎度の如く、宿泊の延長をお願いした。


「なに! また泊まるのか」


 半分呆れ返った様に受付のおっちゃんは、「いい加減に他へ行ったらええのに」と言わんばかりの顔やった。


「OK。それじゃーもう8ルピーでいいよ」


 宿泊代金10ルピーのところ、2ルピーおまけしてくれた。


「なんか俺らは怪しまれてるんとちゃうやろか」

「なんでですのん」

「そやかてここは通過するだけの街やろ。そんな国境の街に何泊もしてたらスパイと間違われるんとちゃうか」

「またですか……。そんなことは無いでしょう」

「そやろか。あのおっちゃん、怪しい目で見とったで」

「いや、呆れてるんでしょ。別に儲かるんやからええのに」

「そやろかなぁ」

「まぁ明日、山登るって言うといたし。大丈夫ですって」


 毎度、おもろい発想をする多賀先輩です。そやけど、そんな事を言えるっちゅことはホンマに元気になった証拠やと思て、僕は安心してた。


 僕らは部屋で装備リストと買い出しリストを作成し、買い出しの為に再び商店街へ出た。


 山頂での昼食のメニューは、多賀先輩の提案と言うかゴリ押しと言うか、なんと「炊き込みご飯」や。なんで山でそんなもんを作らなあかんのかと思たけど、山に行ったら普段食べられへんもんを食べるんが我がワンゲルの伝統らしい。


 確かに、貧乏学生が多かったから、せめて山では贅沢しようと、焼き肉、すき焼き、ステーキ等の肉料理が多かった。ただ、テントの中での焼き肉は最悪やったな。煙とうてもテントの外はマイナス10度の極寒で、換気をすると寒いし、閉め切ると目は痛いし息苦しいで、苦労しながら食べた記憶がある。それから1年以上そのテントは焼き肉の匂いが染み付いて、テントを張る度に「焼き肉食いたいなあ」とみんな呟いてた。

 別の機会には乾燥米を使こたパエーリャを作ったけど、これも美味かったな。逆に凝りだして、コッヘルでパンを焼いたどアホな後輩も居った。ちゃんと膨らまんかったし、小麦粉の塊を食べた記憶が甦ってきた。結局は楽しい思い出やったけど。


 まぁ今回はそんな事は無い。具材は予め切っといて、山頂で米に混ぜて炊けば終わり。簡単、簡単。

 その代りに今回の課題は、その為の具材の調達。商店街を隅から隅まで見回して厳選する。

 食材は、人参、玉ねぎ、ダルと言う丸い豆、乾燥したトウモロコシ、椎茸の代わりの何か分からんキノコにジャガイモ。出汁にはコンソメのブロックを選び、米も3合ど買うた。こんな山奥の商店街で買えるもんはこれが限界。

 買うた食材を眺めて思た。炊き込みご飯というよりは、ピラフに近いもんが出来そうや。ただ、残念やったんは肉が手に入らんかったこと。羊肉はあったけど、見た目がちょっとグロかったんで「それはなぁー」という事で無しになった。


 買い出しが終わった後、また草雁父上のレストランに行き、フンザスープとチャイで軽く昼飯を食べる。スペシャルメニューはまだ出来てないから「夕方に来てくれ」って事やった。

 ほんで僕らは3つ目の映画を沢山の客と一緒に鑑賞した。恋愛もんやって言うてたけど、内容はコメディーっぽかった。

 インドでは有名なコメディアンなんやろ、主人公のひょうきんなおっちゃんがドタバタ劇を繰り返し、なんとか最後はお目当ての美女と結ばれると言うお話。やっぱり途中で集団ダンスが何回も入って訳は分からんかった。そやけど観客はみんな笑い声を上げて楽しんでた。


 帰りに草雁兄さんの店に寄る。そこで多賀先輩が見つけたコンビーフの缶詰を買うた。僕は何となく反対したんやけど、


「これ入れたら絶対に美味いって」


 と言う多賀先輩に押し切られた感じで食材に加えた。それと行動食にビスケットとチョコレートを買うて店を出た。

 その後、多賀先輩は


「ちょっとトレーニングに行ってくるわ」


 と、体力の回復の為にスストの村を散策に行った。僕はホテルに戻り、山頂で素早く調理出来るように、食材を洗い、皮を剥いたり小さく刻んでビニール袋にパッキングする。リュックの中は、登山に必要でないもんは出して、コッヘル等の調理器具と携帯コンロ、ザイル(ロープ)等を入れ直した。


 明日、登山をすると言うことはもう一泊する必要があると思て、受付に行き明後日までの宿泊を頼んだ。


「そうか、明後日にはここをでるんだな」


 と確認されたけど、


「多分ね」


 と答えといた。


 夕方、少し暗くなってきてから多賀先輩は戻ってきた。


「完璧や。もう大丈夫。明日は行けるで!」


 2時間程歩いて来た多賀先輩は、ストレッチをしながら身体を確かめてた。


 晩飯は草雁父上のレストランに行き、楽しみにしてたスペシャルメニューを頂く。スペシャルメニューは、肉をじっくり煮込んだカレーや。肉は勿論、羊肉。じっくり煮込まれた骨付きの羊肉は柔らかく、しかもしっかり煮込まれたモツとかも入っててめっちゃ美味しかった。

 久しぶりの肉に、多賀先輩は骨までしゃぶりながら堪能してた。


 ただ、辛さにはまだ慣れてへんかったし、食べるんは大変やった。



 つづく

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