133帖 直せ!ビデオデッキ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 消化のええお粥さんでも多賀先輩の胃腸にとっては負担やったんやろか、暫くするとトイレに駆け込んで行った。

 雨は増々きつくなり、屋根を叩く音が部屋を支配してた。この雨でまた停電にならへんか心配や。

 そやけど何もする事がなく、僕はシュラフの上で横になり頭の上で手を組んで天井を眺めてた。


「うーん、あかんなぁ」


 弱々しい事を言いながら多賀先輩は戻ってきて、そのままシュラフに潜り込んだ。まだ当分は移動出来そうにないな。


 ボーッとしてたら、なんとパリーサの事を思い出してた。昨日の夜にはトルファンに着いて、今日はもう家で暮らしてるはずや。もしくは仕事に行ってるかもしれんな。

 もしここにパリーサが居ってくれてたら楽しいやろなと思たけど叶うはずもない。あの透き通った青い目の笑顔が、頭の中に浮かんでは消えていった。


 ほんまにする事が無くて、暇すぎて気が狂いそうやった。なんかせんと落ち着かへん。せめて雨が止んでくれたらと思てたけど、止む気配すらなかった。


 荷物の整理をしてパッキングをし直したけど、ものの20分で終わってしまう。

 仕方なしに、ガイドブック「異国の歩き方」のパキスタン編をなんとなく眺めた。地図を見ながら「何処行こか。ここへ行ったら面白そう」なんて考えてたら気が紛れる。ガイドブックによると、カラコルムハイウェイの途中に温泉が湧き出してるらしい。源泉の温度は90度を越えてて、お茶や料理に使えそう。できれば行ってみたい。

 今思い出したけど、カシュガルを出てからシャワーを浴びてへんわ。もう何日目……。まだ4日や。それなら大丈夫か。


 気温は低くいし乾燥してるさかいに全く気にならんかったけど、久々に熱いシャワーを浴びてみたいな。できたら湯舟にも浸かってみたい。


 更にページをめくって読み進める。


 ふむふむ。意外と為になるな、ガイドブック。


 本来そういうもんやけど、パキスタン編はまだ真剣に読んでへんかった。

 だんだん夢中になってきて、行きたい所、見たい所のイメージが出来上がってきた。あとは生の情報がどんだけ手に入るかや。


 あまりにも夢中になり過ぎて窓の外が明るくなってたのに気付いてへんかった。雨はすっかり止み、青空も見えてた。パキスタンの雨は意外とあっさりしてる。



 時刻は12時を回ったところ。多賀先輩に昼飯を食いに行くか聞いてみたけど「ええわ」と言うてた。

 お粥だけの朝食で腹ペコやった僕はホテルを出て、真っ直ぐ草雁父上のレストランに向う。雨上がりで道は泥の川の様になってる。僕は軽登山靴やし気にならんかったけど、地元の人はサンダル履きで水に浸りながら歩いてた。それに道端に停まってる中国から来たトラックの数が増えてた。



 昼時やのにレストランの客は僕だけやった。


「映画は1時からやるよ」


 と父上が言うたんで、それまでに昼飯を済ませとこと思てフンザスープとナンとチャイを頼んだ。1日に一回はフンザスープを食べんと気が済まへん身体になってしもてる。


 待ってる間、TVを付けてみた。やっぱり電波は来てないみたいで、砂嵐しか映らん。ああ、アンテナ線も繋がってなかったわ。


「そのTVは日本製だぞ」


 と父上は言うけど、こんなメーカーは見たことない。後ろを覗いてみると「Made in Korea」って書いてあった。まぁ、内緒にしとこ。

 ビデオデッキの方はお馴染みのメーカーの日本製で、型は古いけど傷もなく綺麗や。


 料理が来たんで席に戻って食べてると、一人また一人とお客さんがやって来る。僕が食べ終わる頃になるとレストランは人で一杯になってた。父上はおもむろにTVとビデオデッキに電源を入れ、ビデオテープを入れて再生のボタンを押した。独特のインド音楽が鳴り響き、オープニングは例のダンスから始まった。


 登場人物の紹介や説明のテロップが入ってたけど僕には読めへん。ほんで女優さんが出てくると、お客からはどっと歓声が沸き上がった。

 紹介ダンスが終わると場面は急に農村の風景に代わり、青年とヒロインの出会いのシーンが始まった。貧しい農家のめっちゃ可愛いヒロインとこれまた貧しい農家のイケメン青年が仲睦まじく野原を散歩しだした。

 そこへ地主の息子っぽい感じの見るからに金持ってまっせいみたいな格好をした男が話が二人の中に割って入ってきた。どうやらそのヒロインを横取りしてるみたいなんやけど、台詞は全く分からへん。


 さあー、これから青年はどうするんかって時に、急に停電になった。今朝の雨のせいかな。

 客は「また停電か」ぐらいの反応でそのまま食事に集中してたけど、上映会の主催者である父上は頭を抱えて天を仰いでた。

 そやけど、2,3分で電気は復活した。青年と地主の息子とのやり取りがあって何とかその場は収まったけど、何か企ててる様な息子の怪しい含み笑いのシーンでまたもや画面が消えた。停電や。


 今度は流石にみんな溜息を漏らしてる。20分ぐらい待ってたら、電気は復旧したけど、画面には何も映らなかった。父上はいろいろ操作してみるけどビデオデッキの反応はない。


 父上は店を出て息子の草雁兄さんを呼びに行った。その間、僕はビデオデッキをいじってみる。再生やイジェクトボタンを押してみると、一瞬モーター音が聞こえるけどそれ以上は作動しんかった。草雁兄さんがやって来て同じ様にやってみたけど、やっぱり動かん。


 そのうち、「今日は駄目だな」みたいな事を言うて帰りだす客も出てきた。このままでは折角の「客寄せパンダ」が無駄になると思たんやろ、父上は僕に相談してきた。


「これは日本製やし、電気技術の大学を卒業してるんだから直せないか」


 うーん。確か粗悪なビデオテープが中でヘッドに絡まったやつを取り除いて復活させた事はあるけど、そういうてもあんまり自信はなかった。それでも一旦ビデオテープを取り出し、もう一回入れ直したら何とかならんやろか。それでも直らんかったら僕にはどうしょうもできん。お手上げや。


「直るかどうか分からんけど、それでもええか?」

「ああ、いいよ。頼む」

「そしたら、プラスのドライバーはあるか」

「なんだそれは」


 僕はネジを指差し、回すジェスチャーをした。


「ああ、それなら僕の店にある。今すぐ取ってくるから」


 兄さんは急いで店を飛び出し、ドライバーを持って戻ってきた。

 それを受け取ると、外カバーのネジを緩め、ちょっと強引やったけど黒いカバーを取り外した。いつの間にか僕の周りには人集りができて、初めて見るであろうビデオデッキの中をみんなで覗いてた。まぁ僕も2回目やけどね。

 構造を解析し、「フックを上げて白いギアを回せばテープは出てくる」と予想した。


「では、やりますよー」


 僕の両手にみんなの視線が注がれてる。「これは失敗できひんぞ」と覚悟を決めて操作してみる。

 ヘッドが動きテープがケースに収納されると、ゆっくりとケースが動き出し、無事取り出せることができた。

 周りから拍手と歓声が、少しやったけど湧き上がった。何より父上のホッとした顔が僕には嬉しかった。


 カバーを元通りにして、テレビに繋ぐ。ビデオテープを中に入れると、ちゃんとローディングされてさっきの続きから映像が流れた。

 今度は、みんなが大きな拍手をしてくれた。父上には両手で握手をされ、僕はちょっと得意になってた。

 みんなは座席に戻り、映画に集中しだした。父上は「これはほんのお礼だ」と、チャイのお代わりを持ってきてくれた。


 映画は、一応最後まで見た。途中、なんの脈絡もなくダンスが入ってくるんで、ストーリーは映像だけでは良う分からんかった。結末は、貧しい若い男女が結ばれない事を嘆き、二人で服毒自殺をして終わる感じ。エンディングは、花びらがいっぱい舞ってたから天国を表現してたんやと思うけど、死んだ二人があの世で結ばれ幸せになったというダンスでおしまい。


 セクシーなシーンも少しあって僕はまぁまぁおもろかったなぁと思てた。そやけど他の客の中には涙を流してる人も居ったし、台詞がちゃんと分かってたら泣ける話やったんや。

 僕は、お代を払ろて帰ろかと思てたら、


「お金はいいぞ。今日は本当に助かったよ」


 と代金は受けっとってくれなかった。僕は丁寧にお礼をして店を後にした。



 つづく

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