132帖 お粥とお茶漬け
『今は昔、広く
6月16日、日曜日。
窓から朝日が差し込んできて目が覚める。朝日と言うても、時刻はもう9時を回ってた。別に何もすることはないしシュラフの中でゴロゴロしてたら、急に裸電球が点いた。今まで停電は復旧してへんかったんや。
電気を消しに行ったついでに多賀先輩を覗いてみると、シュラフはもぬけの殻や。どこ行ったんかと思て廊下に出て、テラスに向かう。テラスにも多賀先輩は居らんかった。
外は結構寒いし、風も強い。東の空は晴れてたけど、まだ西から北にかけては分厚い雲が漂ってた。当然、ジュルジュールピークは雲の中。今にも雨が降りそうで寒いし部屋に戻ると、多賀先輩が居った。
「どこ行ってたんや」
「いや、多賀先輩を探してましたがな」
「俺はトイレに居ったけど」
「ほんなら入れ違いやったんかな。で、体調はどうですか?」
「うん、また調子悪るなってるわ」
多賀先輩に似合わへん弱気な口調や。
「ほんならホテル、もう一泊延長しますか」
「そうやなぁ」
「どないですのん」
「なんかお腹がすっきりせんのや。胸やけもするは」
「同じもん食べてるのにおかしいですね。お腹は空いてへんのですか」
「いや、腹は減ってんねんけどな」
「ほんなら何か食べます? 買うてきますで」
「うん……、お粥さんが食べたいなぁ」
「お粥さんか……。確か、商店街で米売ってましたね。ちょっくら行ってきますわ」
「すまんのう」
腹に力が入らんのやろ、声も弱々しかった。
僕はウインドブレーカーを着てホテルを出ると、商店街に向ってカラコルムハイウェイを歩いた。
いつもやったら時々バスやトラックが走ってるのに今日は通行がない。その代り、道路脇に南を向いてトラックが何台か停まってる。中国から来て、これからパキスタンを目指す車や。運転手は、暇そうに車から降りてお喋りをしてる。その横を通り抜けて商店街に行ってみたけど、開いてる店は少なかった。幸いにも米を売ってる店はやってたけど、長粒種の米しか売ってへん。ここらではそれが普通やねんな。客は僕しか居らへんかったし、店のおっちゃんは暇そうやった。
「これはなんぼや?」
「米は100グラムで1ルピーだ」
なるほど、良心的や。それにしてもスストの商店街ではまだぼったくられたことは無い。この辺に住んでる人はみんなええ人ばっかりかな。
なんぼ買おかなと考えてたら、店のおっちゃんが話しかけてきたし、しばし雑談。
いつもの様に、何処から来たとか、仕事は何してるとか、またもや宗教はなんやとか聞いてきた。勿論、「
そんなにイスラム教はええんか? そんなに勧めるんはなんでや。勧誘して信者が増えたら何か貰えるシステムでもあるんかと思てしもたわ。
多賀先輩も待ってるやろし、そろそろ買うて戻ろかなと思て、およそ2合の300グラムを注文すると、日本でも昔、市場で見たことある天秤で米を量ってた。値段は、50パイサおまけしてくれて2ルピーと50パイサやった。そんなんで儲かるんかいなと思たけど、ありがたくお釣りの50パイサ硬貨を受け取った。1ルピーが100パイサやから、日本円で20円もせえへん。やっぱりパキスタンの物価は低いわ。僕らにとっては助かるけどね。
部屋に戻り、コッヘルと携帯コンロを出して調理の準備をする。大コッヘルに米を入れ、洗面所で洗う。昨日の雨のせいやろか、暗かったけど水が少し濁ってるんは分かった。
水をよく切り、それにミネラルウォーターを多めに入れて弱火で炊く。
暫くすると、米が炊ける独特の匂いがしてきた。匂いは日本の米と同じやったけど、大コッヘルの蓋を取って中を見ると粒はまだハッキリとしてる。
更に炊いたけど、あんまり変わらへん。ふやけただけで、粘り気は殆ど無い。片栗粉でも入れたい気分や。
それでもお粥さんの匂いがしてたし、もうええやろと思て小コッヘルに入れ、日本から持ってきた「あじしお」を振り掛けて多賀先輩に渡した。
「おお! お粥さんやんけ」
「米が米だけに味の保証は無いですけど、お腹にはええと思いますよ」
「いやー、十分やで。ほな、いただきます」
「どうぞ」
多賀先輩は、フーフーと冷ましながら十得ナイフのスプーンで口に入れた。
「うーん、うんまいな。これはいけるで」
「そうですか」
僕も食べてみる。やっぱりちょっと粉っぽくって粘り気が物足りんかったけど、塩味が効いてて食べられんことはない。
「そうや」
「どないしたんや」
僕は日本で買うてきた「干し梅」があったんを思い出した。梅干しを更に干して少し甘い味付けがしてある駄菓子、かな。それでも雰囲気は出るやろと思てリュックから出し、多賀先輩のコッヘルの中に入れた。
「おお、ええもん持ってきてるなぁ」
「ええでしょ」
「これはいけるで」
多賀先輩は嬉しそうにゆっくりと噛みしめて食べてくれた。量が多かったんもあったけど、最後の方は少し飽きてしもた。
「そうや、ちょっと待ってくださいよ」
「今度はなんや」
「へへー」
僕はまたリュックを探り、小袋の中から「お茶漬け海苔」を一袋取り出し、多賀先輩のコッヘルと僕のコッヘルに半分ずつ入れた。
「よう混ぜて食べてください」
「なかなかやるやないか」
「そりゃそうですわ。山行の時の定番ですやん」
「それやったら、お湯沸かして足してくれや」
「いいすね」
僕はまた携帯コンロに火を付け、お湯を沸かす。
湧いたお湯を注いで、ふやけたお茶漬けの完成や。久しぶりの味覚に僕らは日本を懐かしんで堪能した。
食べ終わる頃には、また雨が降り出してきた。コッヘルを洗い、トレペで拭いて片付けてる頃には本降りになって、折角腹ごしらえしたのにこれでは何処へも行けへん。
しょうが無いし、取り敢えずロビーの受付に行って、宿泊の延長を頼んだ。
「また泊まるのか!」
受付のおっちゃんは、またもや驚いてた。
「まぁしょうが無い。今日は通行止めだからな」
「えっ! 通行止め?」
「そうだ。昨日の雨のせいでグルミットの南で崖崩れをしてる。明日まで足止めだ」
そうやったんや。そやしトラックは停まったままやったんや。
「雨が振ったら、いつも通行止めになるんか」
「そうではない。たまたま昨日の雨量が多かっただけだ」
「そしたら、雨降ったらホテルは儲かるんとちゃうんか?」
「ははは、そうだな。それより、お前たちはいつまでスストに居るんだ」
「ああ、それは僕にも分からんわ」
「そうなのか」
「でもおっちゃんは儲かるやろ」
「おお、そうだな」
「それじゃ」
って部屋に戻ろうとしたら、おっちゃんに呼び止められた。
なんやろと思て待ってたら、
「これはサービスだ」
と、チャイが入ったポットと2つのカップを渡してくれた。
「おおきに」
頭を下げて、部屋に戻る。
スストはほんまにええ人が多いなと思いながら部屋に入ると、多賀先輩はシュラフの上でぐったりしてた。
つづく
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