126帖 はじめてーの、チャイ!

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 チャイは、白い紅茶カップになみなみと注がれて出てきた。見たところ、薄茶色の普通のミルクティーや。熱そうなんで、そっと口に入れてみた。


 甘い!


 紅茶の香りはええんやけど、甘い。しかも濃厚。紅茶が好きで日本でも紅茶専門店に何度も行ったことがあるんやけど、こんな濃厚なミルクティーは初めてや。

 ミルクは牛乳やないな。たぶん羊の放牧が盛んやから、羊乳で作ったロイヤルミルクティーって感じ。

 メニューに紅茶はこれしか載ってへんさかい、パキスタンでチャイと言うたらこんな感じのミルクティーしか無いんやろ。


 ほんでも、美味い!


 インド亜大陸と言えば、イギリス支配の影響で紅茶の栽培が世界一やと学校の授業で習ろたけど、


「流石、本場の紅茶は美味いなー」


 と多賀先輩も気に入ってるみたいや。

 初めは「甘い」と思てたけど、濃厚なミルクとの相性がええんか、なんか病みつきになりそうや。


「もう一杯ください」


 おかわりを頼んでしもた。草雁父上は、「うまいだろう!」と得意な顔をして、おかわりを注いでくれた。

 甘ったるいのに、何故かどんどん飲める。しかも2杯で1ルピー。日本で飲んだら1杯700円ぐらいしそうやのに、こんなに美味しいのんが200分の1の金額で飲めるパキスタンが少し好きになってきた。


 草雁兄さんや父上もチャイを飲み、4人で世間話をする。そこへ近所のおっちゃん2人も加わり、話は更に盛り上がった。

 特に日本の事を良う聞かれる。因みに日本で知ってるとこは何処か聞いてみると、


「Kyoto、Hirosima、Nagasaki」


 と返ってきた。京都が出てくるんは納得できるけど、東京や大阪やのうて広島・長崎が出てくるとはちょっと意外やったわ。やっぱりアメリカが落とした原爆のインパクトがあるみたい。


「京都は古都でええとこやで。僕は京都に住んでるや」

「おお、お前は京都に住んでるのか。俺の友人も京都に住んでるぞ」


 知り合いが京都に出稼ぎに行ってるらしい。僕が京都在住なんが嬉しかったみたいで、「そうか、そうか」と握手を求められた。ほんでこのおっちゃんは僕らにチャイを奢ってくれた。カップが空になると、草雁父上に言うてどんどんチャイが注がれる。

 結局1時間半ぐらいで5杯のチャイを飲んでしもた。それでもまだ飲めそうやったけど、お腹がチャプチャプになってきてる。


 そろそろホテルにチェックインしたいと思い、店を出ることに。チャイのお礼を言うて父上に代金を払おうとしたら、このおっちゃんが飯代まで払ろてくれた。


「ほんまにおおきにです」


 お礼を言うて頭を下げると、そのおっちゃんも立ち上がり、胸の前で合掌して「サンキュー」とお辞儀をしてた。

 日本人はこうやってお礼をするんやみたいに思われてるんやろか。どっかの国と混同してるみたいやったけど、逆におじさんに合わせて僕らも合掌してお辞儀をする。

 そんな僕らの姿を見て、


「やっぱ本当の日本人のお礼の仕方は美しい」


 みたいにおじさんは感心してた。こんなお礼の仕方は初めてやったけど、受けが良さそうやったし、これからも使こてみよと思た。



 草雁兄さんの案内でホテルに行く。商店街の後ろの少し高台になってるとこにホテルはあった。


Sostススト Riversideリバーサイド Innイン


 白い洋風の外装で、小洒落た感じのホテル。中に入って草雁兄さんに紹介してもろた後、チェックインの手続きをした。


「また店に行きますね。今日はおおきにでした」


 と草雁兄さんにお礼をすると、兄さんは合掌をして頭を下げたんで僕らも慌てて合掌とお辞儀をした。もう忘れてたわ。ははは。


 僕らは一番奥のツインルームに連れて行かれた。トイレとシャワーは共同で、


「シャワーは水だけだよ」


 とホテルの従業員に言われた。まぁ1泊やし、シャワーなしでもええわと思てた。


 部屋はベッドが2つあるだけで他には何にもない。やっぱり乗り継ぎの為に泊まるだけの、中国で言うとこの交通旅社ジャオトンリュジェァ(簡易宿泊施設)みたいなもんやと思た。

 毛布も粗末なもんしか置いてへん。「まぁ70円やし、しゃーない」と思いリュックから寝袋シュラフを出して横になった。


「ふー。これからどうします」

「そやなー。今、何時や」

「えーっと、時差ってなんぼでしたっけ」

「そんなもん知るかいな」


 ちゅうことで、僕は受付まで行って従業員のおっちゃんに何時か聞く。


「今は、午後の2時だ」


 へー、3時間の時差か。日本とは4時間の差。僕の時計はまだ北京時間やったわ。もう夕方やと思てたさかい、なんか得した気分やった。


 部屋に戻る途中、扉の外から小さい女の子の歓声が聞こえてきた。その扉を開けてそっと覗いてみると、そこはホテル付属のテラスやった。バスで一緒やったオーストリアの家族が椅子に座ってトランプをして燥いでる。


 眺めも良さそうやったんで直ぐに部屋に戻り、多賀先輩を誘て僕らもテラスに出てみた。

 ホテルの外装と同じく白で統一されたテラス。テーブルも椅子も白一色でヨーロッパ風?

 僕らは椅子に座り、白く尖った山頂ピークを眺めた。


「なんかええ感じやん」

「ですよねー」

「風景はヨーロッパみたいやんなぁ」

「行ったことないですけど、ここはツェルマットや言うても遜色ないんとちゃいます?」

「ほしたらあれがマッターホンルけぇ」

「ちゅうことですね」

「ほんまやなー。なんかスイスのホテルに居るみたいやな」

「ですよね」


 あんたスイスに行ったことないやろと思いながらも、僕は黙って山を眺めた。中国・新疆ジンジャンとは全く違う雰囲気を堪能する。


 一ヶ月に及ぶ中国の旅の疲れを癒やすが如く、山をただボーッと眺めてた。



 つづく

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