【パキスタン】
ススト
125帖 ピリ辛フンザスープ
『今は昔、広く
イミグレーションから少し歩くと、ハイウェイの両脇に掘っ建て小屋の商店が幾つか並んでるんが見えてきた。ちょっとしたバザールって感じ。
左に青果店があり、こんな山奥でも色とりどりの野菜や果物が売られてる。びっくりしたんは日本のスイカと同じ柄のスイカが売ってる事。
「これはスイカか?」
「そうだ、スイカだ。美味いぞ」
やっぱりスイカや。極々当たり前の質問に、当たり前に応えてくれた。ただ形がラグビーボールの様に楕円の形をしてる。そう言えば富山県の黒部地方で見たことある。同じ様な品種なんやろか。
「一つ買わないか? 安くしてやるぞ」
「今は、ええわ」
「そう言わずに買いなさい」
日本から食塩を持ってきてたしホンマは買うて食べても良かったけど、今は普通に飯が食べたい。少々しつこいセールスに嫌気が差して、
「また来るわ」
と言い、他の店に移動した。
そん時に気付いた事やけど、店主のおっちゃんは、今まで
鼻の下には同じ様に髭を生やしてるけど、まず色が白い。目は茶色で透き通り鼻が高く、どこかヨーロッパの雰囲気が漂ってる。ほんでどの人も頭に羊毛で編んだ平べったい帽子を被ってる。
正しい知識は無いけど、中央アジア系って感じがしてた。確か、この辺の北部パキスタンは南部と民族が違ごてたかな? どちらかと言うとウイグルに近いけど、ウイグルのそれともまた違がう雰囲気やった。
そんな事を気にしながら店を見て回ってると、お菓子や雑貨などを売ってる店の兄さんが声を掛けてきた。
「こんにちは! 何処から来たんですか?」
優しいトーンの声で、よく見ると日本の俳優の草雁正雄にめっちゃ似てた。そう言えば、あの人は日本人と何処かの国のハーフやった様な……。僕らはこの人の事を「草雁兄さん」と呼ぶことにした。
「日本から来ました」
「おお、ヤパンですか」
「はい」
青果屋のおっちゃんと違ごてどことなく親しみ易かった。
「中国から来ましたか?」
「中国のカシュガルからです」
「そうですか、それは、それは。ようこそパキスタンへ」
と握手をしてきた。
この草雁兄さん、何処か控えめで笑顔が自然で優しそう。嘘など付きそうに無かった。そやし商売抜きで、いろいろ話をしてくる。
多賀先輩が草雁兄さんと何やら話してる間に、僕は店の商品を物色してた。たった二畳ほどの木造の小屋に、いろんな商品が2つとか3つとか並べて置いてある。在庫数は少なそうや。
雑貨は殆ど中国製品で、そろそろ残量が心配になってきたトレペ(トイレットペーパー)を買おうかと思てた。ティッシュやキッチンペーパー代わりになるし、旅では重宝する。
横を見ると、フルーツの絵が描いてあるパックのジュースが積んである。なんとなく美味しそうやと思た。
ガムやチョコレート、ビスケットなどの菓子類はパキスタン製で、ウルドゥー文字やと思うんやけど、ウイグルの文字にも似たペルシャ文字の様な字で製品名が書かれてる。
チョコレート……、久しく食べてへんなぁ。中国製のチョコレートはザラザラして砂糖の味だけしかせんかったんを思い出してた。
トレペとチョコレート、それからパックのジュースを買おうと思てたら、草雁兄さんは急に店を閉め始めた。
「昼飯を食べに行きましょう」
「ええ?」
「この人がな、レストランに連れてってくれるらしいは」
商売する気はあるんやろか? でもええ人やなと思て外へ出る。兄さんは窓と入り口を施錠し、僕の荷物を持ってくれて先立って歩いて行く。
バザールというか商店街と言うか、数件の店を横目に歩いて行くとバス会社のオフィスがあった。オフィスて言うても、草雁兄さんの店と同じ様な木造の小屋や。「
商店街の一番外れのこれまた同じ様な木造の小屋に案内された。看板も何も無い店。僕らだけではレストランとは気が付かへんかったわ。中に居たおじさんは、草雁兄さんに少し似てると思た。
「ここは、私の父の店です。どうぞ、入って下さい」
「こんちはー」
「アッサームアライクン」
「どうぞ、座って下さい」
草雁兄さんは、写真入りのメニューを持ってきてくれた。まだバス酔いは少し残ってたけど、その写真を見ると食欲が湧いてきた。赤いトマトベースのスープに、パスタの様な麺が入ってるものを注文した。ウイグルのラグメンにちょっと似てる。多賀先輩も同じもんを頼む。
草雁父上が調理をしてる間、兄さんはいろいろ聞いてきた。
「これから何処へ行くのですか?」
「えー、フンザと言うか、カリマバードへ行きたいと思てます」
「おお、何と言うことだ。今日はもうバスがありません」
「なんと」
「ほんまかいなぁ」
「他に行く方法はありますか?」
「もし車が余ってたら、チャーターすればいいのですが、200ルピー以上しますから、オススメしません」
「明日になったら、バスは出てますか?」
「明日は大丈夫です」
「何時ですかね?」
「えっと、お昼前に出ます。ちょっと待って下さい」
草雁兄さんは、店を出て行ってしもた。
入れ替わりに料理が運ばれてきた。
「これは何と言う名前の料理ですか?」
僕は草雁父上に聞いてみたけど、父上はなんでか返答に困ってる様子や。考えた末、
「フンザスープ」
と一言返ってきた。
「へー、フンザスープちゅうねんな。ほな食べよか」
「そうですね。いただきます」
香辛料が入っててスパイシーやったけど、トマトの味が活かされててめっちゃ美味しい。後からやってくるピリッとした辛さが快感や。それに3センチくらいに折られた短いパスタはスプーンで食べるのに丁度良かった。緑の香草が香りを引き立ててる。特に肉とかは入ってへんかったけど、今回の旅のベスト3に入る美味しさや。
「これ、めっちゃうまいやん」
多賀先輩もご満悦の様や。これで値段が5ルピーってお得とちゃうん?
カシュガルを出る前に両替したレートで換算すると、5ルピー×7円で、日本円で35円。めっちゃ安いやん。パキスタンはそんなんで一食喰えるんか。なんか金銭感覚が分からんようになってきた。そやけどホンマに美味いし、時間があったら明日も食べに来ようと思た。
そこへ草雁兄さんが息を切らせながら走って戻ってきた。
わざわざそこまでしてくれなくてもいいのに。ますます草雁兄さんが好きになってしもた。
「バスは明日の10時から……、人が集まり次第出発するそうです」
「10時から?」
どうやら乗り合いバスみたいなもんで、定員になったら出発するそうや。ってことは、集まらんかったらいつまでも出えへんって事かな。なかなか面白いシステムや。
「それから、これはサービスです」
と、馬の顔の様な形で薄いパンみたいもんを僕と多賀先輩に一枚づつ渡してくれた。
「これは、何ですか?」
「ああ、これは無料です」
「と違ごて、名前です」
「おお、これはナンです」
「ほー、これがナンなんですか。パキスタンスタイルはこんな形かぁ」
ウイグルのナンはピザみたいな丸かドーナツ型をしてたけど、パキスタンは薄くて細長い。温かく柔らかで食べやすかった。丁度このフンザスープにぴったり合う!
「美味しいっす。ありがとうございます」
草雁兄さんは嬉しそうに少し照れてた。
食べ終わった後は、兄さんも加わって4人で話し込んだ。
ここスストの見どころは何か聞いてみたけど、ここは観光するところではないと言う返事が返ってきた。何でも、中国へ行く人や中国から来た人が乗り継ぎの為に泊まるぐらいで、ホテルはあるけどスストへ観光だけで来る人は居らんらしい。強いて言うと、山の景色が綺麗やと兄さんは言うてた。
「それで、あなた達は何処に泊まるのですか」
「それが、まだホテルが決まって無くて……」
「それじゃ紹介しますよ」
「ありがとうございます。できるだけ安いホテルがいいっす」
「お願いしますわ」
「OK、探してきます」
そう言うと草雁兄さんはまた店を飛び出して行ってしもた。自分の店の営業は大丈夫なんやろかと心配してしもたわ。
暫くは草雁父上と雑談する。日本で何の仕事してるとか、嫁さんは居るんかとか、こればっかりは何処行っても同じ質問をされる。
暫くすると草雁兄さんはやっぱり息を切らせながら戻ってきて、
「ホテル、ありましたよ」
と嬉しそうに報告してくれた。
「一泊10ルピーです。後で案内しますね」
10ルピーっ! 一泊70円ってか。安いぃぃぃ!
「あ、ありがとうございます」
「これで宿も確保できたなぁ」
「いやー、助かりますね」
元々こんなに安いのんか、それとも草雁兄さんが交渉してくれて安なったんかは分からんけど有り難いこっちゃ。
そやけどますます金銭感覚が分からん様になってきたわ。そう言えば、カシュガルで会うた坂本くんや真野くんは「中国のメシ代は高いなぁ」ってぼやいてたもんな。
世話になりっぱなしでホンマに申し訳ないと思い、僕らは追加で「チャイ」を注文した。メニューの写真では、ミルクティーの様に見えるけど……。
果たして出てくるもんはどんなもんやろか?
つづく
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