120帖 最後の慈しみ
『今は昔、広く
熱いシャワーで砂を流した後、少しだけ窓を開けて涼しい風を浴びる。今夜の風はいつもに増して冷たい。寒くなりそうやのにシャワーから出てきたパリーサは、またシルクの布だけを纏って髪の毛を乾かしてた。
「今夜は寒なるし、トレーナを着た方がええで」
「ううん、これでいいの。トレーナはシィェンタイが明日持ってくでしょ」
トレーナとジャージは、パリーサがちゃんと洗濯して干しといてくれてる。そこは気が利くんやけど……。
「そんなんええんやで。やっぱ寒なるから、風邪引いたらあかんし……」
「いいの。そのかわり……シィェンタイが私を温めてくれる?」
その言葉にハッとして、僕はパリーサに近寄りそっと抱き上げ、ベッドに連れていく。布団を被せ僕も中に入った。
「もし、寒なったらトレーナを着るんやで」
「うん、わかったわ。そうならない様にちゃんと温めてよ」
「分かってる。パリーサも僕を温めてや」
「いっしょに温まろ」
「そやな、最後の夜やし」
「……」
パリーサは黙ってちょっと不機嫌な顔をしてる。
「ごめん。来年、また会えるから」
「来年ねぇ。1年かぁー、長いなぁ」
「……」
確かに1年は長いと思うし、なんも言えんかったわ。
「じゃ今晩は、1年分……愛して」
僕は時計のアラームを6時にセットする。
「よし、これで朝まで大丈夫や」
「大丈夫?」
「大丈夫や。僕もパリーサも明日はバスに乗ってるだけやから……。今夜だけは寝たないねん。それでもええか?」
パリーサは笑顔で頷くと、静かに目を閉じる。僕はパリーサの身体に腕を回し、そっと抱き寄せた。
まだシャワーの予熱でパリーサの身体は火照ってたし、いつも以上に温かく感じるけど、この温もりも今日で終わり。明日からパリーサなしで大丈夫やろかと少し不安にはなってた。
そやし僕は体中でパリーサの温もりを受けとり、体中を擦って気持ちを伝えた。パリーサもそれに答えるように僕の身体にしがみついてきた。
不思議と意識ははっきりしてたけど、僕とパリーサの身体の区別が無くなってくる様に思えた。さほど時間も掛からず身体が溶けて僕らはまた一つに混ざってく。
そうなると言葉に出さんでもパリーサの気持ちが伝しみじみとわってくる。僕のことを想ってくれてるんが良う分かる。うれしかった。
僕もパリーサに対する想いを心の中で唱えてみる。
『ありがとう……、僕のことをこんなに愛してくれて。ありがとう……、やっぱ離れたない。ありがとう……、僕も……パリーサを愛して……』
するとパリーサはハッと目を開け、嬉しそうに微笑んでくれた。僕はそのまま唇を重ね合わせる。意識が遠のき、パリーサの中の奥深くに沈んでいく。パリーサに包まれ、すごく安らかな気持ちになっていった。
カーテンに朝日が映し出されても僕らはお互いの事を想って気持ちを重ね合わせてた。1年分には程遠いかも知れんけど、それこそ寝る間を惜しんでお互いの愛情を交錯してた。
そやけど無情にもアラームは高い音を立てて部屋中に鳴り響く。とうとう別れの時が来てしもた。
「シャワーを浴びるわ」
そう言うパリーサは意外とあっさりしてた。ひとりベッドに取り残されると、酷い焦燥感に駆られるのが分かった。
パリーサが一時でも傍に居んと、なんか辛かった。
じっとしてられん様になり、僕は直ぐにシャワールームに向かってベッドを飛び出した。
中に入るとパリーサは驚いた表情をしてた。そやけど、パリーサは僕の気持ちを察して笑顔で優しく受け入れてくれる。二人で濡れながら最後の時を、別れを惜しむ様に抱擁した。パリーサの身体は震えてた。流れる水で分からんかったけど、パリーサは涙を流してた。僕の胸の中でパリーサの顔がくしゃくしゃになっていくんがわかった。そして声を上げて泣き始めた。それを僕はギュッと抱きしめると、僕も涙が出てきた。声を出さんように泣いた。そやのに僕の身体は震えるまくってる。それをパリーサはしっかりと受け止めてくれた。
やっぱり僕は弱い人間やと思た。
最後の最後まで、僕はパリーサに甘えっぱなしやった。
つづく
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