117帖 オアシスに降る砂の雨
『今は昔、広く
今日は夕焼けも見えず暗らなるんが早かったし、ホテルに着く頃には真っ暗になってた。明日の天気が心配やなと、ホテルの前で西の空を見上げてると、
「北野くん!」
僕を呼ぶ声が聞こえた。目を凝らしてみると、通りを横断してこっちやって来たんは山屋の長岡さんやった。また一緒に晩飯に行こうという事になって、パリーサが荷物を部屋に置いてくるまでホテル前で話してた。
「なんか、明日の天気ヤバそうですね」
「そうじゃのぉ。西の空は曇っとるな」
「雨降ったら中止っすかね」
「雨じゃったら行ってもしょうがないしなぁ」
「明日がカシュガル最後の日なんですけどねぇ……」
明日、雨が降らんかった時の打ち合わせをしてたらパリーサが戻ってきたんで、3人で飯屋に向かう。
歩きながらパリーサがメモ用紙を見せてきた。それには中国語で書いてあったしパリーサに読んで貰ろた。
それは多賀先輩からの伝言で、どうやら明日の朝8時にこっちに着くらしい。そやし長岡さんにもそれを伝えて、明日の集合時間を8時半にして貰ろた。もちろん
今日の晩飯は長岡さんのたっての希望でバザール前の本格的ウイグル料理屋に行くことに。
見てくれはちょっと高級感がある店やったけど、値段はそないに高く無い。いつもの様にパリーサセレクトで注文し、僕らは山の話しを肴に
2時間くらい居ったんやろか、最後の方は何を喋ってたか殆ど憶えてへん。多分泣きながら愚痴ってたんとちゃうやろか。涙が止まらんかったんはなんとなく憶えてた。
一旦記憶が無くなり、僕はパリーサに起こされてフラフラになりながら帰った。
「パリーサ、ありがとう。ごめんな」
理由は憶えてへんけど、頻りにそう言うてたんはなんとなく憶えてる。
パリーサの肩に掴まって歩き、なんとか部屋に戻りソファーに座ったとこまでは覚えてるけど、その後の記憶は無かった。
はっとして目が覚める。ちょっと頭が重かったけど、目はパッチリと開いた。隣のパリーサはまだ寝てる。僕はパンツ一丁で布団の中に居った。
窓の方を見ると外はまだ暗かったけど、時計は7時を回ってた。
6月12日、水曜日。今日はみんなで
着替えてから、パリーサを起こす。
「おーい、パリーサ。そろそろ出発の準備してや」
「おはよう。シィェンタイ」
パリーサもぐっすり寝たみたいで顔はすっきりしてた。
「パリーサが僕をベッドに運んでくれたんか?」
「そうよ。とっても重たかっわ」
「ありがとう。助かったわ」
「いいのよ。シィェンタイ、私も嬉しかったから……」
「へっ! 何が?」
「何がって。もう、シィェンタイは……」
「いやいや、何があったんや。僕は憶えて無いんよ」
「ああ、やっぱりそうなのね。それなら……、仕方が無いわ」
とパリーサは少し意味ありげな笑みを浮かべ、顔を洗ろて身だしなみを整え始めた。僕は必死に思い出そうとしたけど、ソファーに座ってからの記憶が全く無い。
何したんやろうと、いろんなケースを考えながら喀拉库勒湖に持っていく荷物の準備をする。思い出せん事で僕はどんどん落ち込んでいった。溜息を漏らしながら、もう一度荷物のチェックをしたけど、気持ちは上の空やった。
そう言えば、昨日の飯代はどうしたんやろ? 僕の記憶の中では払ろた憶えは無かったし、もしかしたら長岡さんが払ろてくれたんやろか。それやったら後で返さんとあかんな。ほんなら……。
中国に来てからは何時でも何処でも「お茶」やったし、一回もコーヒーを飲む機会がなかったさかい、迷惑を掛けたお詫びに日本製のコーヒーを長岡さんに飲んで貰おと考えた。取って置きに取って置いた簡易ドリップコーヒーのパッケージと携帯コンロ、コッヘルをリュックから出して荷物に加えた。
ほんでもう一回荷物のチェックをする。カメラ、レンズ、フィルム、レジャーシートにタオルに水タンク。ちょっと減った「おやつ」にコーヒーセット。これでええな。
僕が荷物の準備をしてる間にパリーサは外出の準備を終え、窓際に立って外を眺めてた。
「シィェンタイ。今日は無理かも」
「何がや?」
「ほら、外を見て」
僕も窓際に行き、カーテンを開ける。目が覚めた時も窓の外は暗かったし、おかしいなとは思てたけど……。
なんと今日の天気は砂嵐やった。
空から雨の如く砂が降ってる。いつもやったら遠くの砂漠や頂きに雪のある山々が見えてたのに今朝は全く見えへん。それどころかカシュガルの街並みも下の道路も微かに見えるだけ。それぐらい砂が降ってた。
こんな天気はパリーサも見たことが無いて言うてる。トルファンで遭遇した
『砂の雨』
そういう表現はおかしいけど、この不思議な現象が僕にはそう思えた。砂漠には砂の雨が降るんやと。
つづく
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