116帖 小さなおもてなし
『今は昔、広く
僕が黙ってるとなんか変な空気になり、パリーサの顔をまともに見られようになってしもた。
ほんでも時間が経つにつれ、「ここでじっとしてても何にもならん」と思いきってパリーサの方を見る。パリーサは案外平気な顔をして周りの風景を見てた。
「歩こか?」
「ええ、行きましょう」
「そしたら、今度はパリーサの好きなとこへ行ってや。僕はパリーサに付いて行くし」
「じゃー、行くわよ!」
パリーサは勢い良く歩き出した。公園を出て、バスターミナルを横切り、朝食を食べた広場に戻る。そこから通りを更に西に進み、辿り着いたのは
「ここに入って見たかったのよ」
と言うパリーサの表情は17才の少女そのものやった。
店の中は、
たまに商品を指差して、
「この中では、シィェンタイはどれが好き?」
と聞かれる。僕は真剣に考えて、
「これかな」
と答えるけど、「そうなのね」と言う軽い反応しか返ってこうへん。それやったら聞くなよと思たけど、パリーサや女の子ってそんなんが楽しいんかなと思て聞かれるたびに真面目に考えて答える。
流石に下着のコーナーは遠慮したけど、なんとパリーサに無理やり連れて行かれ、どっちの色が好きか聞かれる。周りの汉族のおばさんには「変な日本人が居るわ」みたいに笑われてる。パリーサもニヤニヤしてた。恥ずかしくて困ってる僕を見てパリーサは楽しんでるとちゃうやろか?
百货商场を出ると、他にも数軒の店を見て回る。僕には退屈やったけど、パリーサの目は輝いて楽しそうやった。
結構な時間歩き回った。疲労と空腹感を憶えた僕らは
そこで、「トルファンの店もカシュガルの店もパリーサにしたら一緒やろ」と思て聞いてみた。やっぱりカシュガルの店の方が凄いらしい。
確かに街も大きいし人口も多そうで少し都会にも思えるけど、僕にしたらどっちもどっちって感じ。パリーサにとってはトルファンより都会のカシュガルがええみたい。余りにも楽しいそうに街を巡るさかい、ええ思い出ができて良かったと思た。
もう少し街を見たいと言うんでパリーサの気が済むまで一緒に街を散策する。ついでに明日、
二人とも汗だくになって歩いた。どこで何を見たか既に忘れてしまうぐらい歩き回ったけど、パリーサと一緒に居れた事が楽しかった。
そやけど、そう思った後には必ずパリーサが居らん様になったらどうなるんやろうという不安と寂しさが込み上がってくる。そういう思いがあるさかいに僕は、パリーサをしっかり見つめ一緒に街を巡った事を頭に焼き付けていった。
まだ3時前やったけど、それでもかれこれ4時間以上も歩き続けて疲れてきたし、僕らはホテルに帰る事にする。
住宅街の中を通ってると、ある家の前であの少年と妹が遊んでるのに出くわす。
「おお、こんちはー」
「こんにちは!」
「ちゃんと学校行ったか?」
「行ったで」
「そうか。頑張っとるなぁ。ほんで……、ここはお前の家か?」
「そうやで。ここ、僕の家や。そやし、家においでや。中に入ろう」
「ええっ!」
「なー、ええやろー。おいでや」
「えー」
「こっち、こっち。こっち来て」
としつこく誘い、腕を引っ張ってくる。パリーサの顔を見ると「いいよ。少し遊んでいきましょ」と言うし、しゃぁないし家に入れて貰う。
お父さんとお母さんはいつもの様に夕方まで仕事で居らん。そやからいつも二人で遊びながら妹の面倒を見てるらしい。
僕らは狭い居間兼食堂の机に座らされた。部屋はそこそこ片付いてると言うよりも、元々あんまり物がない質素な感じ。
僕が汗を拭いてると妹はうちわを持ってきて僕とパリーサを交互に扇いでくれる。しばらくすると兄が奥から水を持ってきてくれた。
パリーサの家も決して裕福では無かったけど、この兄妹の電球一個の薄暗い土の家はパリーサの家と見比べてもかなり貧しいと思う。そやから「うちわ」と「水」が、幼い彼らにできる最高の「おもてなし」やと思うと有難くて涙が出そうやった。
「ねえ、さっき買った桃をみんなで食べてもいい?」
「おお、ええよ。そうしよ。ええ考えや!」
いくら「おもてなし」でも生水はちょっとなぁと思てたし、パリーサはよう気が利く。「やっぱこいつはええやっちゃ」とパリーサの良さを再認識する。
「ほしたら、パリーサ。切ってくれるか」
「分かったわ。ありがとう、シィェンタイ」
パリーサが袋から桃を2つ取り出すと、兄と妹は顔を見合わせて喜んでる。パリーサは妹を連れて奥の台所に入って行った。
切ってる間、僕は失礼やけど部屋の中をじっくり見せて貰ろた。「これがカシュガルの一般家庭かぁ」としみじみ眺めてると、棚の上には妹にあげたビー玉が小さい布を敷いて飾ってあった。一個10円のビー玉が宝石のように飾られてるのを見て僕は嬉しくなってしもた。
それならと、部屋の隅に置いてあった何かの黄色い包み紙を兄に言うて貰い、四角に切って折り紙代わりにする。紙を折りだすと、兄は興味深く覗き込んできた。
「何をしてるん?」
「まあええから、ちょっと見とけ」
そこへパリーサと妹がお皿に桃を載せて戻ってきた。その桃を食べながら、何してんのやろうと3人は不思議な目で僕を見てる。
注目の中、完成した「鶴」を得意げに見せると歓声が沸き起こった。妹に渡すと「可愛い!」といった表情で大切そうに眺めてる。兄は、別の紙を持ってきて「僕にも教えて」と言うてきたし、そしたらみんなでやろうと紙を人数分用意して「折り紙教室」を始めた。小学校の4年生の時に6年生を抑えて「折り紙チャンピオン」になった僕の腕の見せ所や。パリーサも初めて折るて言うてた。
順番に折り目を付けて折っていく。パリーサと兄はスムーズに進むけど、妹にはまだちょっと難しそうやった。それをパリーサが優しくサポートしてた。そんな姿も素敵に見えるパリーサ。思わず見とれてると、「次はどうすんのや」と兄が催促してきて我に返ったわ。
兄はまだ小1やけど流石は職人の息子や、飲み込みは早い。1個完成すると、2個目はいとも簡単に作ってみせた。
それじゃってことで、僕が知ってる折り紙を次から次えと教えた。机の上は瞬く間に折り紙の作品で一杯になっていく。
因みに「猿」を作った時は「これは日本語でサルボボって言うんやで」と言うと、「おお、サルボボ!」と嬉しそうに連呼してた。
カシュガルでも「サルボボ」が流行るかな?
部屋に入ってくる日差しも大分傾いてきたんで、僕らは帰ることにした。
兄は、
「一緒に晩御飯を食べようや」
と言うてくれたけど、お母さんはこの事を知らんし、急にそんなことになったら大変やからとパリーサが諭すように断ってくれた。
「そしたら、また来てや」
「分かった。家も知ってるし、また来るよ」
「アセン!」
「アセンってなんや?」
「僕の名前や」
そう言えば今まで名前を知らんかったわ。
「僕は、シィェンタイや」
「私はパリーサよ」
「私、アイ」
「アイちゃんね。ほしたら、またね」
「シィェンタイ、さよなら。また来てや」
「おう!」
僕らはアセンとアイちゃんに別れを告げて家を出る。今度会えるんは来年かな。
それまで憶えててくれてるやろか。
つづく
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