115帖 なんもすることが無いさかいに……
『今は昔、広く
6月11日、火曜日。
今朝もパリーサとベッドの上でゆっくりと過ごし、今日は何をするか考えた。僕は明日の
僕はパリーサとボーッとしてるだけでも良かったけど、それやったらパリーサに申し訳ないと思たし、なんか考えるんやけど結局何も浮かばへん。
ほんならって多賀先輩が帰ってるかも知れんさかい、いっぺん6階のドミトリーへ行ってみた。
部屋には3人の欧米系のバックパッカーが新たに泊まってて、パキスタン人の姿はなかった。それに坂本くん達のベッドには新たに二人の日本人が横になってるし、あの3人は出ていってしもたんやと思た。それと、多賀先輩はまだ帰ってない様や。
まだ大学生風の若者二人は挨拶はしてきたものの、まだ旅に慣れてないんか情報交換の術を知らんのか、それ以上は話したがらへん雰囲気やったんで「ほんなら、またね」とだけ言うてドミトリーを出る。
部屋に戻るとパリーサは既に外出の準備を終えてて、僕を待ってる風やった。「ほんなら、取り敢えず」って事でホテルを出て、朝飯を食べる為に昨日行った広場に向かう。
今日も食べようと思てたのに、昨日あったヨーグルト屋さんは既に広場から居らんかった。仕方なく
「食べたら、何処行きたい」
と、パリーサに聞いても、元々カシュガルの情報は持ってないし行きたいところは全部行ってしもたから、
「そうねー。何処がいいかしら……」
と言うだけで答えは出てこんかった。
ほんまに今日一日どないしょうかと悩んだけど、やっぱりゆっくりするのがええかなぁと思て店を出て歩いた。ただ、足は勝手にあの住宅街の水のない池の広場に向かってた。
広場に着いたところで、そこにはあの少年はおろか誰一人居らん。
「あいつ、今日はちゃんと学校へ行ったなぁ」
「そうみたいね」
学校へ行って欲しいし、行ってるんやったらそれでええねんけど、誰も居らんと狭い広場がやけに広う感じてしもてちょっと寂しかった。
そのまんまパリーサを連れて職人街を抜け、バザールに出る。売ってるもんはいつもと一緒やし、相変わらず人も多かったけど目新しさはない。
大分目が慣れてきたんやろか新鮮味に欠けてきた様な気がする。それは僕の勝手やけど、そろそろカシュガルから出ていくべきなんやなぁ感じた。と言う事はパリーサともお別れになるやんなぁと思うとやっぱり寂しくなる。それやったら充実した一日にしたいと考えるんやけど、結局なんも浮かばんかった。
僕らは川の土手に座り遠くを眺めるけど、遥か南の山々は少し霞んで見えにくい。しゃぁないし少ししか水が流れてない川をボーッと眺めてた。ときどき川に掛かかる橋をロバ車やトラックが通るだけで風景に変化はない。それでもパリーサはニコニコして周りを眺めてた。
「パリーサ、楽しいか?」
「ええ、楽しいわよ」
「何が楽しいの」
「そうね。なんとなく楽しいわ。私はシィェンタイと一緒に居るだけで楽しいのよ」
「そうか……」
そう言われると、何かするか何処か行かんと申し訳無い様な気がしてくる。そやけどええアイデアはなんも浮かばん。多賀先輩やったらこういう時は何するんやろうと想像してみたけど、あの人の素晴らしい感性は僕には無かったわ。
少しやけど珍しく空には雲が漂ってた。「砂漠の砂を吸い上げて、あの雲と一緒に偏西風に載って東に流れていくと、日本では黄砂が降るんやろなぁ」と、ほんまにどうでもええことしか頭に浮かばんかった。
「取り敢えず、歩こか」
「うん」
僕らはまだ行ったことのない街の南に向かって歩き出す。僕はボーッと歩くんやったら肩か腕を組みたいと思たしパリーサに言うてみる。
「日本では、彼氏と彼女は腕を組んで歩くんやで」
パリーサが喜んでしがみついてくれると思て肘を出してみたけど何の反応もなく、どちらかというと困った表情をしてだまってしもた。ウイグルではそういう事をしたらあかんのかなと思て諦める。
そのまんま通りを突き当たりまで歩いて行くと大きな池のある公園に入る。カシュガルの様なオアシスにも、こんな池と公園があるんやと少し感動した。そやけど、どことなく中華風で人工的に作ったもんかなと思てしもた。よう見ると水もそんなに綺麗やないし、北京で見た公園に雰囲気が似てる。散歩してるんは年老いた
それでも僕らはベンチに腰掛けて、その池を眺める。なんか中途半端な雰囲気が余計に気分をモヤモヤさせた。
「パリーサ、なんかしたいことはないのん?」
「うーん。そうねー」
「ボーッとばっかりしてたら面白ないやろ」
「そうかなぁ。うん、そうだね……」
パリーサは少し上目遣いに空を眺めながら考え込んでた。僕はその横顔を眺め、改めて綺麗やなと感じてた。深い彫り、青い目、顎から耳元につながるラインと、小さなピアス。全てが美しく完成されたものの様に思えた。パリーサに対する気持ちが変わると、こうまで見え方も変わるんかと不思議に思う。
空を見て考えてたと思たら突然こっちを向き、鋭い目つきで僕を見てきた。急にそんな顔で見てくるから僕は思わずドキッとしてしもた。
それから柔らかい表情になり、今度は俯き加減に少し恥ずかしそうに呟く。
「私達、『couple』だよね」
今まで僕は「couple」を「夫婦」と考えてけど、パリーサは「恋人同士」ぐらいの意味で使こてると思て軽く返す。
「そうやで」
そう言うと、パリーサは更に小さな声でボソボソっと話す。
「ヲーシィァンフェァ……ニーズゥァアイ……」
パリーサが中国語で話す時って大概言いにくいことやから、中国語の意味は分からんけど何を言いたいのんかパリーサの気持ちを想像する。最後に「
「
と言うてみた。
するとパリーサはクスっと笑い「全然分かってないなぁ」みたいな顔をしてた。
「そうじゃなくて……ほら。ドゥォフゥァさんと
とパリーサは真剣な目で言うてきた。バザールの帰り道に林さんとパリーサが声を上げて喋ってた。あの時の話しやろか?
そやけど、あの多賀先輩と林さんが一緒にやって「幸せ」になれる事って言うたら……、やっぱり
僕は心臓が更にバクバクしてきた。いくらする事が無いって言うても、それはちょっとなぁ。
確かにパリーサは魅力的やし、大好きや。一緒にベッドに入ってたら我慢できん様になる時もあるけど、そこまでやる気は無かったと言うか、そんな理由も勇気も無かった訳で……。
そやけど、そんな次元を超越して僕はパリーサと一緒に居る事自体が幸せやと感じてた。恋人として自然なんかも知れんけど、気持ちを形にする必要があるんやろかと思てた。
それとは逆に、パリーサにそんな事を言わせた僕の不甲斐なさを恥ずかしなった。それこそパリーサに申し訳ないと思たけど、今の僕にはすぐに答えを出せへんかった。
パリーサの気持ちを考えながら、流れゆく雲を眺めて僕はスケベな事を妄想してた。
つづく
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